2009年12月20日 (日)

鉄瓶・強くて美しい!。

Rimg12104_2 所謂、『ニッポンのカタチ』などの豪華本に、必ずといってよいほど登場するのが、この鉄瓶です。

主に岩手県と山形県で作られていますが、山形県の鉄は岩手県よりも粒子が細かく、結果、造形的にも美しく、又、お茶の味も微妙な差が生じ、茶釜など茶道を中心とした分野では人気が独占状態です。方や、岩手県は量産を中心とした日用品から雑器に至るまで、幅広く商いしているのが大まかな概要でしょうか。夫々のあるべき姿の方向性の違いが、今も連綿と続き、全国の釜師の皆さんも、上手くこの二県の素材を使い分けしているのが、現状のようです。

さて、この山形の鉄瓶は力強い造形と機能的な各部分のあしらいが、独特のコントラストを生み、その様子からも活力のある生活があった時代を彷彿とさせてくれます。

不思議なもので、鉄瓶でいれたお茶は、こうも違うのか!、と驚くほどであります。鉄の成分とお茶の成分との微妙な相性がから生まれるものとはいえ、これほどの味わいに差がでてしまうと、二度と陶磁器でお茶をいれることなど、論外・・・、となってしまいます。急須でも同じことが云え、普通の雑貨屋あたりで売っている鉄の急須でも、味の違いは明瞭です。唯一、鉄に近い味わいとなるのは、やはり鉄分の多い、万古焼きか備前のような素焼きの焼き物しかないのです。

毎日お付き合いするお茶ですから、こういうものには、飛びっきりの優れたものを使うのが、当たり前になってもらいたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月19日 (土)

震える寒さの木造校舎

Rimg11407 私は、小学校時代のほとんどを、この写真のような木造校舎で過ごしました。今では、全くと云って良いほど、なくなってしまいましたが、今でも冬の寒さと夏の暑さを記憶しています。

今より樹木も多く、ビルなども少なかったので、夏場は今のようなヒートアイランド現象は起きず、暑さにうだることはありませんでしたが、秩父颪(ちちぶおろし)と呼ばれる北風の吹く冬の寒さだけは相当なものでした。当時は、吉祥寺駅から徒歩で通うしきたりでしたから、走って暖かい教室に飛び込み、だるまストーブの真っ赤に焼けた姿を見ると、冷え切ったからだを皆でお尻から暖めるのでした。危険防止をかねて、各自j持ってきた弁当箱を温めるための金属網でできた棚がストーブの三方を囲んであり、温まってくると弁当のにおいがオーケストラのように、夫々のおかずの違いを伴って教室内に充満してくるのです。

また、名簿順で運悪くストーブの傍になった生徒は、輻射熱で顔を真っ赤にして授業を受けるのですが、その暑さは尋常でなく、苦しみに近い劣悪位置でありました。一時は、ゴム底の上履きをストーブに付け、焦げた臭いを愉しむというマニアックなことが流行りましたが、靴底のゴムの跡が、ストーブの鋳物肌に鮮明について、担任の清水先生から、しっかりとお灸をすえられました。

一学級三組あった教室はこのような木製サッシを通して、覗き見ることができたので、他所のクラスより授業が早めに終ると、木の床を四つんばいになって、となりの教室を探偵気分で探りに行くのですが、そういったときに限り先生と目が合ってしまうのでした。江戸川乱歩の少年探偵団が本やラジオを通して人気があったので、毎日、何かの理由を考えながら、自分たちも探偵ごっこに一喜一憂していました。http://sound.jp/gingerpop/history/hero_30.htm

http://www.youtube.com/watch?v=3Q0jbb8bHO8

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月18日 (金)

難しい雲であります!

309_2 水彩画を始めて、最初に挫折の壁というものがあるのならば、それは間違いなく、雲の表現でしょう。特に屋外で水彩絵具をだして、刻々変化する雲の動きを捉えるには、ひたすら、数をこなす以外、何もなく、辛抱に辛抱を重ねた者が、ある悟りというか、コツのようなものを会得するのであります。

雲の奥に差し込む光にも、そのお国柄というのがあるようで、このイギリス・湖水地方のような重い空気に包まれた場所は私好みではありませんが、それでも、ハリス・ツイードのジャケットを着て、ツーシーターのライトウェイト・オープンカーなど操って丘陵を走って、辿り着いた気分になります。

 さて、その国の風景画はその国の画材で、というのが昔は大原則でしたが、それはその国の鉱物から採集された原料が多く占めていた時代のお話であります。今や、合成の顔料が多く占め、人体に悪影響を及ぼすと思われる原料も使えないご時勢ですから、どこの国のものか関係なくなり、色の世界も標準化の傾向に歯止めが利かないようであります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月17日 (木)

ステッカーは経年変化が美しい!。

Rimg23706 初めての海外旅行としてヨーロッパに出かけた1967年頃は、今のように軽装で出かけることなど考えられず、何でもかんでも持っていく事が常識でしたが、重量制限もあって、減らす荷物の選定に戸惑ったものでした。

当時は、サムソナイトのラゲージが丈夫さとスマートなデザインで人気を独り占めしていたような感がありましたが、イギリスやベルギーの空港で観るラゲージには見たことも無いものばかりで、根っからの鞄・バッグ・ラゲージ好きな私には嬉しい体験でした。

一流ホテルでなくとも学生相手のペンションなども独自のステッカーがカウンターのバスケットの中に入っていて、それも何種類ものデザインがあって、たのしいイラストやオーソドックスなデザインがその国や地域の文化を表しているようでもありました。

細い取っ手が手に食い込み痛いほどのサムソナイトのラゲージの表面は、頑丈な樹脂製でしたがエンボス加工が施されていたこともあって、洒落たステッカーを貼ってもすぐ剥離してしまい、旅の記念をコラージュすることも出来ず残念でしたが、何とかたくさんのステッカーを持ち帰ることが出来、その後、貼れるものには何でも・・・、といった感じで、車からスキーに至るまで貼りつけていました。

渋谷・LOFTのウインドーを観ていて、懐旧の情景を思い出しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月16日 (水)

弦巻の特級折衷。

Rimg24708 自転車で乗りなれた界隈でもまだまだ見落としていたり・・・と、知らない場所も数多くあるものです。

その上、偶然出くわす知らない世界が現代では考えられないスケールをもっていたりすると、佳き時代のおおらかさを回想し、思わずじっくりと観てしまうのですが、その様子は堂々としてませんと、怪しげな風に写りますからご用心を・・・。。

さて、弦巻四丁目にあるこの欝蒼とした「お屋敷」と呼ぶに相応しい邸宅のエントランスは、余裕たっぷりのスケールで道路に対し斜め動線が美しいのですが、何より唸ってしまったのがこの鉄扉の意匠です。まるでマラソンを終えた後の息づかいを表した心電図のようであります。この鉄扉の退色したテールベルト色のフラットな感覚と、朽ちたような大屋石の石垣との組合せがみごとですが、やはり昭和モダン、それも1950年代風といったパターンがあるからこそ、ややもすればクラシック過ぎるエントラス全体の収まりに新鮮な風を送ってくれています。

さらに、外から覗くだけでしたが、この邸宅はエントランスの印象とうって変わった、フィリップジョンソン風、白亜のキュービックでありました。折衷感覚の例としても、極めて特級であります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月15日 (火)

HOP-ALONG CASSIDYは根強い。

Rimg24580 Rimg24557 Om157611 Qx67141 最近の20世紀デザインを編集した本の中では出色なコンセプトを盾に、これまでは採り上げられなかったジャンルのモノが愉しめる、MASS PRODUCTION には、アメリカのガジェットが次々と登場し、その時代の消費生活や風俗が蘇るようであります。

その中に採り上げられたALADDINE社のランチボックスは1950年代のものですが、私の記憶では1960年代中頃、出来立ての銀座SONY PLAZZAには、アルミで出来た蒲鉾型のボックスにタータンチェックの魔法瓶の入った商品が並び、その洒落た雰囲気にぐっと来て、女性よりむしろ男性の方が飛びついたのでした。

さて、この本に掲載されたランチボックスのキャラクター、HOP-ALONG CASSIDYが気になって、インターネットで調べるとなかなかの長寿キャラのようで、コレクターもいまだに健在のようです。http://www.picsearch.com/pictures/tv%20series/by%20genre/western/hopalong%20cassidy.html

http://www.youtube.com/watch?v=F37VQnMhssg&feature=related

1935年から人気のあった西部劇ヒーローだったそうですから、日本の嵐勘十郎みたいなものですね・・・。検索しだすと止まらず、とうとう昔のラジオ放送が聞こえるサイトを見つけました。私世代よりずーっと上の皆様には、この時節柄、胸に万感の想いが蘇るのでは・・・http://www.oldradioworld.com/musicoldtimeradioshows.php。 カテゴリーのWesternをクリックするとGene Autryなども登場してきます。お好きなアーティストをクリック後、Show Titleをクリックすると、真空管ラジオの温かさがデジタルを通して聞こえてきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月14日 (月)

1970年代 伊勢丹の先進性

197013 時代が昨日よりも今日、今日よりも明日に光明のあることを疑わず、誰しもがゆとりと遊びのある生活に憧れだした1970年代前半の伊勢丹のキャンペーン広告『こんにちは土曜日君』です。ライトパブリシティの土屋耕一さんによる名作としても名高い傑作文案ですが、ここに行き着くまでは伊勢丹社内でも方向付けに四苦八苦していました。

1960年代から大衆生活の底上げとして衣料品を中心に進んできた伊勢丹ですから、まだ生活を総合的に捉えて衣食住分野すべてをファッションという切口で商品政策を考える余裕などなかったのですが、この『こんにちは土曜日君』という一言で衣食住すべての分野において週末を楽しむ生活提案を徹底化し始め、商品開発から商品展開・シーズン販売ノウハウにいたるまで、このキャンペーンを境に『ファッションは生活のすべてに潜んでいる』という金科玉条が社内を駆け巡るのでありました。そして、数年後、伊勢丹独自のマーチャンダイジングマップの誕生により、客層・世代・生活環境・嗜好の分析・検証コードを駆使して、この後、他店とは格段に違う商品政策ノウハウが連綿として蓄積していきました。その商品政策コードはバイヤーシートというシーズン別のバイイング・チェックリストに反映され、学生時代ラグビーやテニスにはめっぽう強かったバイヤーの輩も、伊勢丹人になって初めて知る社会勉強に、乗りと勢いで生きてきたことを自戒し、涙するのでした。何しろ、そのバイヤーシートには「他所で売れているから仕入れたい」、などというお気楽発想は通用せず、「何故お前はそれを仕入れたいのか・・・」、という考え方が要求されたのです。さらに、仕入れたい商品の寿命はどのくらいなのか・・・などという先読みも必要でありましたから・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«理解しようとしても無理。