« 芝高輪南町・島津家下屋敷 | トップページ | ジオ・ポンティの展示物! »

2007年1月21日 (日)

エミール・アレのフランス・スキー術

Ea2 Ea スキーの世界からすっかり遠ざかってしまいましたが、たまにこんな写真を見てはニンマリとしています。今のスキーはその長さも短いようですし、加速感などはどうなんだろう・・・などと思います。

 さて、この写真のお方こそフランス・スキーの開祖、エミール・アレさんの滑る姿であります。1937年に教則本として出版された「フランス・スキー術」の中からピックアップしたものですが、ずいぶんと優雅なフォームです。私が本格的にスキーを始めた頃は1964年あたりでしたから、その頃、国内はオーストリア・スキーの全盛期で、不思議なアンギュレーションのフォームと三角のとんがり帽子が大流行していて、そのユーモラスな格好が笑えるほどの面白さでありました。その後、グルノーブル・冬季オリンピックでキリーが登場して又、フランス・スキーが脚光を浴びて、先駆者だったエミール・アレさんの再評価が為されました。スキー板もロシニョール・ミッシェールR17を代表するフランスのブランドがオーストリアのクナイスル・ブリザードに替わって王座につき、その後しばらくはフランス・スキーの黄金時代が続きました。この時代、私などは2メートルを優に超える長さの板がトレンドで欲しくてしようがありませんでしたが、当時、スキー板はたいへん高価で、ちょっとの短期バイトでは到底買うことさえ出来ない金額でありました。

  話はかわりますが、フレンチ・メソッドの無駄が無く・自然体の姿勢から展開するパラレル・スキーはそのおとなしいフォームの故、一般的な人気は無かったようですが、私たちが逗留していた志賀高原・石の湯パラレル・スキー学校の先生たちが、デモンストレーションで行うその美しさには、いつも唖然としていました。丸池・熊の湯といった大勢の人の集まる混雑したゲレンデでは優雅なフランス・スキーは不釣合いでしたが、朝の深雪・処女雪の中で泳ぐように滑る快感こそが、フレンチメソッドの真骨頂でありました。

05_1辻まことさんも日本の中では早くからのフランス・スキーの信奉者でありましたから、ご覧のような石の湯ゲレンデの花道と呼ばれる急斜面を滑降する辻さんらしい自然体の滑りっぷりが、見ている方も力まず気持ちよいのでありました。

|

« 芝高輪南町・島津家下屋敷 | トップページ | ジオ・ポンティの展示物! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/4039555

この記事へのトラックバック一覧です: エミール・アレのフランス・スキー術:

« 芝高輪南町・島津家下屋敷 | トップページ | ジオ・ポンティの展示物! »