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2007年1月16日 (火)

横浜・不動坂上から根岸湾の眺望

401_6 Sdt ベアトが幕末に撮影した絶景の一枚です。

当時、この景色は外国人にはペリー提督の命名による「ミシシッピ・ベイ」の名称で呼ばれ、世界無比の眺めと称えられました。地蔵坂上から現在の山元町を抜け、根岸競馬場(現在は根岸森林公園)を巡った遊歩新道はここで一気に海岸線まで下る。坂下には根岸村の家並み、遠景は本牧岬、左より一の谷・二の谷・三の谷。(参考文献:朝日新聞社・甦る幕末)

あのユーミンの歌「海を見ていた午後」にも登場したおかげで、その味、サービスはさほどでは無いのに30年以上も営業しているレストラン「ドルフィン」の先を左に大きく曲がった辺りから撮影された140年ほど前の写真です。広重の東海道五拾三次にもよく見られる茅葺の家並みがなんとも穏やかな印象を与えてくれます。こんな景色など外国人にとっては夢のような世界だったのでしょう。すべての生活環境材料が地に戻る日本人の知恵は今やスローライフ・サスティナビリティー・エコロジーなどの生活志向の教典のようなものですが、後世にも朽ちることの無い材料で囲まれた生活をしていた外国人にとっては、どのように映ったのでしょうか・・・。

いまさら、Google Earthでこの近辺を遊泳してみても変化の推移があまりにも違いすぎて、比較のしようもなさそうです。それにしてもこれだけ山を削ったり、湾を埋めたりすれば天罰の一つや二つ覚悟しなければならないのは当然のようでありますが・・・。

さて、私世代にはドルフィンはひとつの通過儀礼のようなレストランで、ずいぶんとお世話になったご同輩も多かろうかと思いますが、今やまわりはビルだらけとなってしまい、あのヘアピンカーブを曲がる時の開放感など望むべくもありません。40年ほど前にはモナコのような景観がありましたが、今はなんともはや、トホホ・・・の有様です。

ベアト (1834-1904?) BEATO, Felice
 イギリス領コルフ島(イオニア海の島、現在はギリシャ領)出身の写真家。クリミア戦争、インドのセポイの反乱、中国のアロー号戦争など、報道写真家としてアジアを転々とする。文久3年(1863年)頃来日。下関戦争にも従軍し、開国の様子を記録する。ワーグマンと組み横浜にスタジオを開設、写真を販売。その傍ら、日本各地の風景、日本人の風景・習慣を精力的に撮影し、多くの日本人撮影技師を育成。明治10年(1877年)、原板を含めた写真館の一切をスティルフリードに譲渡、明治17年(1884年)離日。

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