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2007年2月14日 (水)

荏原神社の寒緋桜

Img_5781Img_5797_1 Img_5794_1 2月12日はいつになく早く眼が覚め、犬の散歩も終えて、お決まりの葡萄パンと珈琲で軽く済ませて新聞をめくると、品川の荏原神社の寒緋桜が今見ごろであるという記事が眼に入りました。天気も好天が期待できそうな気配でしたから、ハイテクインナーに防風インナーそれと長袖のチームジャージ、下もショーツにフットウォーマーというこの時期としては軽装で自転車で出かけました。この神社は、旧東海道北品川宿の傍、目黒川に沿ってありますから、駒沢通り・山手通りを経由して目黒川沿いに沿って向かいました。10時頃には日差しも強く、風もなしという絶好調の陽気に恵まれ、駒沢公園から20分ほどで到着しました。意外な事に新聞に出ていたものですから、もう少し混んでいるのかと思いきや、ちらほらといった程度でしたから、混雑嫌いの私にとってはラッキーでありました。

着いてみるとごらんの通り!鮮やかな寒緋桜が満開でした。Img_5787 「恵比須様と桜」というコンビのNIPPON STYLEに、この上ないありがたい感じさえして、この地に千年以上も天皇家・武家・町人などから信仰され、今日にいたるまで永く親しまれている理由も分かるというものです。この桜、風にも強く散りにくいそうですから、今月一杯は愉しめるそうです。

神社境内でお祈りを済ませ、ふと上を見ますと、只者ではないこの神社の背景が伝わってくるようで、彫物ひとつとっても、相当な出来具合のものでした。

歴史ある神社の風格と、勇壮なる海中渡御を伝える「荏原神社」

 街歩きの楽しみのひとつに、趣きのある古社寺などを思いがけず見つけるというものがある。新馬場駅から歩くことほんの数分、目黒川に沿うように緑に囲まれてたたずむ荏原神社は、その創建が和銅2年(709)という、神社仏閣の数では都内有数の品川区でも、ひときわ古い歴史と格式をもつ神社だ。
 創建当時は奈良吉野にある丹生川上神社より高おかみの神(龍神)を勧請され、長元2年(1929)には京都八坂神社より疫病退散の守護神・牛頭天王を勧請。
品川の総鎮守として古くは源氏、徳川家、上杉家等の武家の信仰をうけた神社としても知られる。また、東海七福神の”恵比須様の神社“として親しまれ、地元の人ばかりでなく、商売繁盛や海上・漁業の安全を願う参拝者が全国から訪れる。
 さらにこの神社の名をひときわ有名にしているのが、毎年6月初旬(今年は5月31日~6月2日)に行われる御神面神輿海中渡御、「天王祭」だ。3日間のうち最終日に行われるのが、神輿が海を渡るダイナミックな海中渡御。都内では唯一ここだけで行われているという。氏子さんたちが担ぐ神輿には、牛頭天王のご神面とともに鳳凰が稲穂をくわえた姿があり、五穀豊穣・無病息災・天下泰平の願いが込められている。海中渡御が始まったといわれる約250年前には海岸にも近く浅瀬であったが、今は埋め立てられたため神輿は船に乗って対岸にあるお台場海浜公園前の海を練る。形は変わってもその勇壮な姿と祭りの意気は、時代を超えて受け継がれている。(歴史で知る縁起物語より)

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