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2007年4月19日 (木)

1956年・私の日記より

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小学校の帰りは寄り道をしてはいけないと、言われてましたが、久我山駅を下車すると、もうそこは、私の天下のようなものでした。

家の傍の竹薮は、ほんの25年前まで在りましたが、農家のマンション建設ブームの煽りを受けて、あっという間に消えてしまいました。この竹薮は、たいそう立派な敷地面積があって、中にはきっとその昔、川でもながれていたのでしょうか・・・、その名残のような地形も遺っていましたから、休みの日などは、近所の友達と、戦争ごっこなどをして、遊んでいました。長い間に堆積した竹や他の樹木の葉を踏むと、その独特のクッション感が絶妙なリズムを奏でるようで、子供ながらにも、この自然環境の楽しさを謳歌していました。

春ともなれば、筍が顔を出し、あっという間に自分の背丈を越えていくそのスピードの速さにも、びっくりしたものです。筍刈りなどする人もいなく、人のものに触れてはいけないという美しい文化は、この時代には残されていました。0102_3 最近は宅急便で京都の筍でさえ、いとも簡単に手に入る時代ですが、春の竹薮から薫ってくる筍の甘い香りは、其処に居る者でなければ、感じることの出来ない、季節の贈り物なのです。

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