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2007年4月11日 (水)

TINTINの面白さ!

Tintin1001_4Img_5319  Img_5315 世界中で今も、特に大人を中心に人気の高い『TINTIN』シリーズですが、私が始めてこの本を手にしたのは20代の半ば頃でした。    私は子供の頃から父の書斎にもぐりこんでは悪戯ばかりしていた悪ガキでしたから、落ち着きもなく、母がしょっちゅう担任の先生に呼び出されていたようです。そんな私を見かねて、両親も何か興味を持たせようと試行錯誤していたようですが、小学校4年生になり、突然、野球に目覚めるまで、随分と私のことで頭を悩ませていたそうです。それというのも、両親とも若い頃、いわゆるモボ・モガの類に属した高等遊民でしたから、子供のきちんとした教育にはいささか疎いところがあったようですが、今となってはそのちょっとずれた感覚のお陰で、私も少しは世間のお役に立っているのだ!などと思う、この頃であります。

話がズレまくりましたが、このTANTANの作者、HERGEは多くの絵や文献を遺していて、その多くが立派な本の中に収録されています。その中から抜粋した自動車の絵ですが見事なスピード感を表現しています。18歳の頃の作品と思われますが、その卓越したデッサン力と、描写力には脱帽です。又、TINTI Nのキャラクター・グッズは他のそれよりもきちんとしたアート・ディレクションが為されていて、大人の鑑賞にも堪える商品が少なくありません。最近買い求めたこのフィギュアも完成度の高いものですし、トータルな色調の美しさも馬鹿になりません。それでも20年以上前、私が始めて見たTINTINのグッズはフランスのHERGE財団のような組織が意匠管理・監修をしていたもようで、今はそのテーストの面影は残念ながら、ほんの僅かな商品を除いて皆無な状況となっています。

エルジェ(本名:ジョルジュ・レミ)1907-1983
ブリュッセル生まれ。少年時代はボーイ・スカウトに傾倒し、その頃よりドローイングを開始するが1923年より本格的に「ベルギー・ボーイスカウト」誌に作品を発表しはじめる。1928年に新聞の若者向けウィークリー増刊号「プチ20世紀」のチーフ・エディターとなり1929年には自作の「タンタン、ソビエトへ」が同紙に掲載。またたく間に人々の人気を博した。それ以後、タンタンとスノーウィをコンゴ、アメリカ、中国、はたまた月まで送り続け、世界中を駆け巡る23話のタンタン冒険シリーズを我々に残している。ヨーロッパ・コミックの父と称される彼の作品は、今日においても様々なアーティストに影響を与え続けている

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