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2007年6月27日 (水)

江戸城・石垣

プロダクトデザインを専攻していた1968年頃、Img_7523 近江の国・滋賀郡穴太(あのう・今の滋賀県大津市)には優秀な石工集団『穴太衆』が住み、安土城・名古屋城・江戸城などの石垣の築造に活躍した、という話を何かの文献を通して知ったのですが、先日いつも自転車で抜ける桜田門・一の門脇の石垣にもそのオーラが残っているな・・・と思い、スナップいたしました。

現在の江戸城の石垣は、何処が昔のもので何処が手直しをしたものか、全く分からずじまいでしたが、どうやら穴太衆の石積技術には花崗岩の相性のよさそうなものを見つけては合わせ、積み上げるという古代の感覚が残っているそうで、西欧のような石灰岩で可能な限りカットしてフラットにする文化と違う(荒俣宏)ようであります。ここから見る限りその説は間違いないようですし、その曲線は刀のようでもあり、なにしろ美しいこの一角を通り抜ける度に、気になっていたスポットなのです。このような斜面に適当とも思える感覚で石がはみ出ている様相を西欧の石工が「石が宙吊りになっている」と感嘆したそうです。たしかに石を平面に埋けることしか範疇にない彼らにとってはこの感性は理解できる範囲ではなかったのでしょう。

城の石垣や寺・茶室の石庭にせよ、非ユークリッド幾何学的な不規則な並べ方に共通しているものは優柔不断な人間界・自然界・霊界を知り尽くした、このニッポンのカルチャーの典型といえるのではないでしょうか。

(文脈引用・芸術新潮 1991年8月号 創刊500号記念大特集・世界に応える日本文化の特質)

穴太積みと言われる石垣に関してhttp://siro.parfait.ne.jp/oumi_castle/anou/anoutumi.html

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