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2007年6月15日 (金)

これが東叡社のランドナー!

1964 東京オリンピックが開催された1964年、私の自転車に明け暮れていた高校生の7月の夏姿であります。

この前年、ワンダーフォーゲル部の同好会であったサイクリング同好会も、一週間に及ぶ合宿のパフォーマンスの結果、なんとか監督の尽力で部に昇格したので、その後は週末ともなると東京郊外のサイクリングが定例化しました。この写真は五日市・奥多摩方面でのツーリングをしているときの様子で、秋川渓谷付近で一休みしているところです。

高校時代は、ほぼ毎日、雨の日以外は久我山から吉祥寺の高校まで自転車通学をしていて、帰りは水道道路沿いの東京サイクリングセンターに寄り道するといったお楽しみ付きの自転車三昧でしたから、自然と自転車に関する知識と技術が身についていきました。

1964219641 19643 19645 19644  3ヶ月あとに始まったオリンピックでは、当然、自転車ロードレース会場である高尾会場に朝早く先輩と出かけました。一般的にはまだ知られていない競技でしたから、せいぜい地元の人が駆りだされて応援する程度でしたが、初めて目にするフランス・イタリアチームの華やかなユニフォームと、コックピットの国際色豊かな雰囲気に圧倒されました。そして選手の通過したと同時に受ける、風の物凄い圧力にも感激したものです。

東京サイクリングセンターには、先輩も含め一家言をお持ちの方ばかりが日々集まってましたから、情報密度・精度ともに極めて高いものがあって、そこに創業者・板倉修さん、日本にフランス・イギリスの自転車とその楽しみ方を根付かせ、自転車のもつ人体への効能を医学・科学の両面から立証した鳥山新一先生が同席しているものなら、其処はもう店から学校へと急転直下、変貌してしまうのです。手取り足取り、基礎から実学を通して教えてもらった数々のノウハウは今も健在でありますし、「毎日、自転車を完璧に磨きながら、構造と部品同士の関係と、プロポーションをひたすら見つめることが大事なのだ!」などということも、この頃、鳥山新一氏に叩き込まれたコツであり、哲学でありました。

偶然出てきたこの写真をみても、サドルはBROOKSですし、フロント・バッグは厚手の幌布製で、たいへんタフなつくりのものでした。BROOKSのサドルにいたっては、日本人のお尻の形状に合わないので木槌で後ろの鉄製アームを叩き、曲面を更に曲げるという裏技も教わりました。こういう優れたものを備えるように薦められたのも板倉修氏のお陰でしたが、当時はたいそう高価でしたから父を説得するのが大難関でした。結局、このサドルはその後20年以上私に付き合ってくれました。

この写真を撮ってくれた、当時写真部の佐々山厚さんは、現在高崎を中心に半端ではない自転車三昧の生活をされ、最近ではネパールのMTBレース参加・アメリカ大陸横断など、海外の自転車ツーリングを楽しまれています。( http://www.geocities.jp/aysasayama/ )

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コメント

1964! いつまでも輝く年です。しかし自転車にこんな世界があることも、オリンピック種目にあることも知らない高校生でした。

投稿: Ike | 2012年6月20日 (水) 午前 07時14分

1964年は生涯の友ですね。高尾まで自走でたどり着いた頃はヘトヘトでしたが、レース場の雰囲気が素晴らしく興奮しました!alpshima

投稿: Ikeさん。 | 2012年8月29日 (水) 午前 07時14分

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