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2007年6月30日 (土)

湯町窯の深皿

Img_6113_1 湯町窯は、島根県 出雲玉湯町、玉造温泉街の程近くにあります。

玉湯町では江戸中期から布志名焼という焼き物が焼かれています。 現在はガレナ釉を使った洋食器で有名ですが、もとは茶器で知られた焼き物でした。(現在、布志名焼の窯元はわずか4軒で、yuyujinで扱っている舩木健児・伸児の舩木窯もその1つ)
湯町窯の開窯は大正11年。 洋食器をつくりはじめたのは先代の福間貴士が昭和初期に民芸運動に参加してからになります。 柳宗悦や河井寛次郎、浜田庄司、バーナード・リーチらの民芸運動によってもたらされた技術と物創りの姿勢は湯町窯の特色と言えます。 地元産出の粘土や釉薬を使い、美しい黄色のガレナ釉 と落ち着いた海鼠釉に特徴があり、 粘土と水を混合した泥漿釉で化粧掛を施したスリップウエアの食器は全国的にも有名です。
現在は三代目の福間秀士を中心に制作が行われています。

このお皿は、50年ほど前から使っている器ですが、民芸運動の指導者でもあったバーナード・リーチ氏の指導によって日本で生まれた、鮮やかなイエロー・オーカー色が朝の食卓を元気づけてくれました。子供の頃住んでいた久我山の庭には小さな畑があり、ちょっとした野菜を栽培してましたので、この皿に胡瓜や、トマトが盛られると、それだけで、一日を元気に過ごせる気分となりました。

父も母も、一時期、民芸調の家具・器に凝っていた時期があって、家具は松本民芸家具、器や小物は銀座や荻窪の民芸店で購入し、家中が重々しくなってしまいました。私は民芸調のもっている重厚感が余り好きではありませんでしたが、この湯町窯の深皿と、今は全て割ってしまったエッグ・ベーカーだけは、食卓が楽しくなるので、大のお気に入りでした。白州正子さんが営んでいた銀座の「たくみ」にもよく出入りしていた母が、気に入って、其処で買い求めたものです。

Asi1 18世紀のスリップウエアのオリジナルは何となく雑器の様相を呈していますが、日本で昇華したコピー商品は遥かに上等な品格があります。

どんな料理にも合わせやすく、今でも、現役として使われてますが、奇跡的に傷や欠片がひとつもないことが、自慢です。

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