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2007年9月21日 (金)

町に溢れていました!

写真:沼田元気編著「ぼくの叔父さんの喫茶店百科大図鑑」より

101_36昭和30年代から町に喫茶店が溢れ出して、それと一緒に面白い看板が道路や建物に目立つようになりました。今から思えばずいぶんと稚拙な意匠のものばかりですが、このすぐあとにトリス・コカコーラなどの飲料メーカーの広告入りの看板が目立ってきて面白くなくなってしまいました。私が小学生から中学生の間には映画を観に父に連れて行ってもらった日比谷・渋谷の繁華街にもこのような看板が目立っていました。看板屋の職人技の看板もあれば、きっとお客の中のアーティストが頼まれてデザインしたと思われるものもあったり・・・と、それでも集合すれば昭和の匂いがするから不思議なものであります。今日のように、業者が注文を請けて無機的にパソコンでデザインできてしまう時代ではありませんし、きっと方眼用紙かなにかできちんと練り上げながら試行錯誤しつつ生まれた気配さえあります。それぞれの店の性格と店主の好みまでもが看板をとおして町に溢れていた頃の繁華街は、今のような殺伐さもなく平和でゆっくりと時間が流れていたように思います。

この、1970302 有楽町・スバル街の写真はもう高度成長期の成熟期ですからコカコーラのロゴも目立ちますが、それでも今からすると、懐かしい時代のように映ります。この写真の真ん中にみえる「ママ」はモダンジャズを聴かせるお店として有名だったところで、大学時代一度入ったことがありますが、昼間にもかかわらず深夜のような黴臭い・紫煙になびく雰囲気に馴染めず、この体験があったものですからその後JAZZに対して毛嫌いするきっかけとなってしまいました。「ママ」以外にも「OLEO」などジャズの名店が点在していたようで、この地域を青春の思い出とされている方は今や60歳代の半ば以上となられているのでしょう。また、大月書店などの左翼系出版社もあったのですから、往時の熱気はいかほどのものであったのか、想像もつきません。この界隈も今や、すっかりと健全化して、無菌のような消費街となってしまいました。写真:加藤嶺夫)

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