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2007年10月31日 (水)

ピエトロ展・ギャラリーサカ

Rimg3399_2 Rimg329810月25日から28日まで、赤坂・東京ミッドタウンの隣、ギャラリーサカ(旧・坂倉準三メモリアルギャラリー)にてピエトロこと菊池仁志さんの個展が開かれました。今年の8月に軽井沢・日動ギャラリーで35年ぶりにお会いして以来、公私ともに楽しいお付き合いをさせていただいていますが、今回はなんと、この私が会場の構成・演出のお手伝いをさせていただきました。

何しろ『楽しい人生を過ごすノウハウに関してはこの人の右にでるものはなし』という菊池さんですから、お話をいただいたものの、搬入・準備の当日まで頭を白紙の状態に保ち、会場の素晴らしい環境と空気感、そして菊池さんの生活感を見据えて、カジュアルなライフスタイルを前面に出した構成としました。

このような会場構成の仕事は実に5年ぶりですが、今回は菊池さんの『FREE TIMEの楽しさ』が全てのベースだけに、ちょっとした感覚の違いも許されず、正直言って、なかなかきつい仕事でありました。

Rimg3258Rimg3338  今回の個展はガラス絵がテーマで、菊池さんが自ら発見した技法によって透明感が素晴らしい作品に囲まれ、これまでのオーソドックスな水彩画に加えて、会場は爽やかなスポーツの空気が流れていました。

さて、この会場となったサカギャラリーは、以前、坂倉準三メモリアルギャラリーとして公開されていましたが、周りの環境の急激な変化に伴い近々再開発のため壊され、この一角は二年後には生まれ変わった環境となるようです。

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2007年10月30日 (火)

クールな安井曽太郎

3_5 安井曽太郎(1888~1955)が亡くなる数日前まで絵筆を取った最後の作品で、自宅のある湯河原から望む城山を描いた一枚です。完成には至ってないのでしょうが、それがかえって「最後の作品」を印象づけています。梅原龍三郎と東京藝術大学時代からライバルと称されていましたが、梅原が豪奢で絢爛な絵画世界を自ら開拓していったのに対し、安井は最後まで師であったセザンヌの影響が見えてしまうところが本人も自覚していたに違いありません。

ずいぶん昔に、安井のアカデミー・ジュリアン留学時代に描かれた卒倒するばかりの素晴らしいデッサンを見る機会がありましたが、20歳前、既に素描力に対する姿勢と知識は当時誰もが到達出来ない境地に達していたことを知るにつれ、早熟であったが為の悩みも多かったに違いないことを確信しました。最後までアカデミズムの枠を超えることなく潔癖な性格そのものを画面に投影した安井の作品は日本の風土に根ざした様式美の完成であり、2_11 梅原の自由闊達な画面展開とは別物でありますが、この二人が異なった軌跡を歩んだからこそ、近代日本の絵画史の展開にふくらみが出る訳でもあります。

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2007年10月29日 (月)

パワフルな梅原龍三郎

2_12 梅原龍三郎(1888~1986)が1959年に描いた浅間山の威勢の良い風景画です。軽井沢の山荘から描いた紅葉の傑作で、70歳の頃とは思えないエネルギーに溢れています。空気が澄み渡り、寒さも増してくる秋の気配など関係なく、絵画性の高い日本人独自の境地に到達した美しさがあります。鮮やかな錦の中、点描の方向性が風の躍動を捉え、黒で描かれた樹木が画面を引き締めています。

中川一政をして「梅原の絵は王様の絵だ!」と言わしめ、芥川龍之介にいたっては「この人は一体何を食べているのだろう」と言わせたほど日本人離れした豪奢な豊かさをもった梅原龍三郎の絵画を、1_11哲学的見地から訝しく感じる方も居られるようですが、元気を戴く絵画としては他の追従を許しませんから、ちょっと疲れたときなどは、薬代わりにもなる有難い作家なのです。

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2007年10月28日 (日)

パリの街角!

Cke 木枯らしの吹く頃ともなれば、散策・徘徊の頻度も減ってしまいますが、それでも午後の散策を楽しみながら途中、一休みできるのに恰好なスポットがあれば、寒くても外に出たくなってしまいます。

最近は小さな町でもコンビニエンス・ストアやチェーン店のカフェなどが在る事も多く、以前ほどお茶をするのにも困りませんが、何処に行っても同じような味・同じような接客が目に付きはじめました。

ずっと昔の学園町には必ずと云ってよいほど、名所としての喫茶店があったのですが、日本人のあたらしもの好きの影響か、すっかり最近では見ることも少なくなってしましました。そこには名人の親爺が居て、学生の親代わりのよろず相談にも乗ってくれたりしたものですが、今ではそのようなコミュニティーとしての役目もなくなって、ひたすら孤独を味わう客のためにスペースを提供しているに過ぎません。

たまに、神田方面に出かける楽しみは、勿論お目当ての本を探す以外に『さぼーる』『ラドリオ』といったその土地の歴史を充分吸い込み嗅ぎとった痕跡の残る喫茶店で、至福のときを過ごす楽しみがあるからです。

すっかり、日本の商業地域が画一化・標準化されていくなかで、これからは町のランド・マークとして永年、町の情報基地であった由緒正しき喫茶店をだいじにいたしましょう。

さて、このパリのカフェなどもいい感じであります。おそらく日本と違って相変わらずタバコの煙が充満していそうですし、フランスの伝統であるカフェ文化もいまだに廃っていないようですから、ドアを開ければ其処はもう、今やアナクロな哲学論の渦となっているかも知れません。

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2007年10月26日 (金)

音楽授業

Img_6375 小学校時代の音楽の授業は、今から考えればずいぶんクラシック音楽に偏った授業ばかりでした。

中には、家庭環境にクラシック音楽が浸透している生徒も居ましたが、殆どがその世界に馴れておらず、私なども曲を聴きながら譜面起こしするのが恐怖に近いほど苦手でありました。音楽教室は木造の正にクラシックと呼べる佇まいでしたから、いつも教室に入る時は背筋をしゃんとして、半ば緊張を伴って入ったものでした。当時最新鋭の木製の大きなスピーカーから聴こえてくるベートーベンやショパンの音楽も、木製のサッシが微妙に振動するガタガタという音で、台無しでありました。

その頃(今から50年程前)のアメリカの音楽授業は、まさかこんな楽しい音楽を掛けていたとは思えませんが、学校をテーマにしたPOPSがこんなにあったとは・・・、左のラベルを見てもカントリー、ロックンロールの宝庫SUN RECORD ( http://www.sunstudio.com/index.aspx?bhcp=1 )・PARKWAY RECORDと、『お好きな方々』が涙しそうなレコード会社が顔を見せています。

さて、音楽の授業が終わると毎日楽しみな下校になり、野球をしてから帰るのが日課でしたが、この頃既にアメリカの野球カードなどが出回っていて、その印刷インクから香ってくる独特の甘い香りに、 『遥か遠いアメリカ』を感じていました。

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2007年10月25日 (木)

英国的眺望!2

609_2 パノラマ的大景観をこの国で望むことはほぼ難しいほど、どこの観光地に行っても商業環境の劣悪な視覚公害というべきお粗末さが目立ちます。

今から始まったわけでもありませんが、とくに東京近隣の県においては全ての路面がラーメン街道化・チープグルメ化したといっても言い過ぎでは無いほど、飲食店の乱立が気になります。車中心の観光客が押し寄せる観光地は、高速道路が出来るのと比例して滞在型需要に陰りが生まれ、当然その地域の観光振興や文化までもが廃れようとしていますから、逆に富裕層を狙ったとんでもない価格帯の『あなただけツアー』のような企画が受けたりもするわけです。

さて、この写真はじつに英国的大人の風景であります。この継承された景観によって育った人間の嗜みや趣きは生き方を含め全人格にも大きく影響するわけですから、自然環境を維持するということは、単に環境ひとことでは言い切れない人間の健全な精神育成にも大きく関わっているといえるでしょう。

今や幕末・明治初期の写真を通してしか、その原風景が分からないというお粗末な観光立国でありますから、せめて手付かずの北海道の一部をはじめ、原始景観は可能な限りむやみに手を着けないことこそが、未来への贈り物であることを自覚する時代に入ったようでもあります。

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2007年10月23日 (火)

ドック・ワトソン1976

1976doc_merlewatson11 ブルーグラス音楽界の名カメラマンにして生き字引の小森谷信治さんから、突然いただいた写真です。

1976年、盲目のギタリストにしてアメリカ中東部から南東部にかけての伝統音楽を次代に伝承しようと伝道師のような役目も担っていたドック・ワトソン http://www.youtube.com/watch?v=3q9ea05XGbs が息子マール・ワトソン等を連れて東京・文京公会堂で公演したときの模様です。あえてどことは申し上げませんが私も何故かステージ上に上がっています。うる覚えですが最後の曲が『Will The Circle Be Unbroken』ではなかったかと思いますが、一緒に歌ったのであります。ステージ奥のタイトルなども手作り感たっぷりですし、何方が招聘されてか記憶が定かでありませんが、温かいステージ模様が蘇ってきます。

日本の学生にも大人気だったドックの人柄は穏やかで、守旧派層で固められたアメリカのカントリー・ブルーグラスの枠を超えて時代の中心になりつつあったリベラルな新保守層にも支持され、当時はダントツのインテリジェント・スターでありました。その後もブルーグラスというよりもドック・ワトソンスタイルといいた方が相応しい音楽を提供してくれましたし、その超絶なギター・テクニックを目の前で見られたことが、今でもこの音楽を楽しんでいる要因であります。

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2007年10月22日 (月)

和菓子の美!

Rimg2798 和菓子には、日本の歳時記や二十四節気に基づく季節感の意匠を通して、夫々の店の誇りをかけ毎年その美しい姿を見せてくれますから、街歩きをしていても和菓子店をみつけると、それがたとえ道路を隔てていてもわざわざ迂回して見に行ってしまいます。

この時期はもう、お約束の定番・紅葉を主題とした意匠が百花繚乱でありますから、この小宇宙を通した彩りを愉しむだけでもNIPPONを遊べること、充分です。

最近の榮太郎本舗 http://www.eitaro.com/ の生菓子も以前にもましてぐっと趣向を凝らすようになり、かなりセンスアップされていますが、まだこれもあれも加えたいという作為も見え、『ささま』・『赤坂・塩野』レベルの研ぎ澄まされた引き算の美には到達していませんが、職人さんの手業にはなかなかの腕のよさを見てとれます。いずれ、バージョンアップした引き算の造形美が期待できそうです。

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2007年10月20日 (土)

鎌倉三昧!

Rimg2879 Rimg2896 Rimg2905 Rimg2908Rimg2909 いつまでも、在ると思うな親と展覧会!』などという人がいて、なかなか的を得た表現だなあ・・・などと感心したことがありますが、今回は正にこの格言通りになりそうでした。

大好きな建築家・アントニン&ノエミ・レイモンド夫妻の展覧会が神奈川県立近代美術館・鎌倉館 http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/ で日曜日まで開かれているのですが、この展覧会には何としても行かねばと思っていましたから、ダイアリーにきちんとそれも赤の大文字で書き込みしてたのですが、すっかり忘れていて気が付けば今週という羽目になってました。今日(金曜日)、開館時間に間に合う様、駒沢の家を9時過ぎに出て、第三京浜・横横道路を経由して鎌倉まで、途中、覆面パトカーにも気を配りつつ、ハイスピードで45分程で到着しました。

この時期は修学旅行・団体旅行の皆さんで混雑する鎌倉ですが、今日はラッキーな空いている日でありました。空気も冷たく、きりりと身のしまる気分は、鎌倉の秋ならではのもので、私の大好きな時節です。

さて、最近のロハス的建築の先駆者のように言われるレーモンドさんの人気は、どうやら普通の皆さんにも雑誌を通して浸透しているのか、館内はなかなかの混み様でありました。ライトの弟子時代の図面・水彩着色の外観図なども多く展示され、さらに私の通っていた吉祥寺の学校の五日市街道を隔てて在った『赤星邸』の図面・写真もあり、子供ながら「ずいぶん周りとかけ離れた凄い建物があるなあ・・・」と思っていたものですから、懐かしいタイムトリップとなりました。

Img_3124 Img_3166_2 Img_3726_2 ただ残念なことに白河高原カントリークラブに関して全く何の情報も展示されず、これはひょっとすると関係者に情報として伝わっていないのでは?などと勘繰ってしまいました。

坂倉準三氏の設計によるこの美術館はモダニズムとニッポンの折り合いが正当性と斬新性をバランスよく混在させ、今でもそのエッセンスは新鮮ですし、私はとりわけ、一階の入口付近にある水飲み場が、最高と思っています。

Rimg2923 観終わって、そそくさと長谷・極楽寺ルートで入合橋に出て、稲村ガ崎『アマルフィー』で久しぶりのパノラマを目の前にしたランチと、独り洒落てみました。

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2007年10月19日 (金)

神保町らしい店・通り

Rimg2821_2Rimg2816_2 神田・神保町の名店『さぼうる』で美味しい珈琲をいただいて、店主・鈴木文雄さんに創業の頃の泣き笑いありの苦労話を聞いていると、あっという間に二時間を超えていました。この夏の異常な暑さで店の前の植栽が全て立ち枯れてしまい、ようやく植替えも終って安堵していたのか、鈴木さんはたいそうなご機嫌ぶりでした。この店はご存知の方も多かろうと存じますが、野趣に溢れた都会の山小屋を愛するお客さんに愛され続け、何故か時代に翻弄されることなく、50年ほどをこの構えで商ってきましたが、最近は女性雑誌に掲載される頻度も高く、連日、朝から閉店まで人の出入りが途切れることがありません。

さて、この狭く暗い細道にある『さぼうる』と同じ並びの角にあるのが、このジャズを聴かせるカフェ『BIGBOY』です。私世代には神田といえば、本屋以外ですと音楽関連のカワセ・ハーモニー・ずっと後になってdisk UNIONが挙げられますが、此処最近はネットで購入することが多く、モノ中心のこれらの店にも殆ど立ち寄らなくなってしまいましたから、こんなアナログ典型の時間を遊べること保証付の店ですと、思わずにっこりしてしまいます。

Photo Rimg2820 このジャズ・カフェですが、嬉しいことにアナログの、それもとびっきり厳選された名盤を集めていますから、小父さん世代には涙モノ・・・という雰囲気です。開店からさほど広くない店内は「お好きな方々」で盛況のようで、どうやらこの近辺の店主らしき皆さんのようですから、この狭い小道の界隈には人間のスケール感に心地よい、不思議な空気が流れています。

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2007年10月17日 (水)

水彩で秋の気分を!

Rimg2757 Rimg2762 秋の気配がぐっと身近になって、ここ何日かは朝晩、セーターやコートも欲しくなってしまいたいほどです。

ここ3ヶ月ほど自分の机上やサイドボックスの中もしばらく片付けもせず、居候の学生の部屋のような煩雑な状態となっていました。この日は、午前中に部屋の整理を済ませ、ちょっと落ち着いたところで以前から思いついていたことをトライしてみました。アームチェアー・トラベラーならぬ、アームチェアー・ペインターを気取ってみたのです。要はパソコンからの画像を前に、水彩スケッチを愉しんだわけです。

Fio 出来上がりは思った以上でしたが、それよりも、現地に行かずともこんな愉しみ方もあったのだと感じた自分が、厭になってしまいました。お気軽発想の代表例のようなものですから、パソコンの画像を観つつ、其処にいるような錯覚さえ覚えてしまい、努力せずに手に入れることをよしとする、人間の品性にも関わることでは無いか・・・などと感じてしまったのであります。

しかし、これを逆手に取れば、水彩画の練習として、これに勝ることはなさそうで、とくに水彩画の特長である混色の楽しさを味わうにも、うってつけのような気がいたします。しかしあくまでも日々反復練習の手本というレベルでありますが・・・。

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2007年10月15日 (月)

アクリルの光彩!

Img_3461 私はどちらかといえば素材感の明快なモノに惹かれる性格なのですが、子供じみたキッチェな感覚のモノにもひどく吸い込まれてしまいます。大人好みと子供好みが共存しているとでも云えば良いでしょうが、部屋の中は節操のない状態であります。

このアクリルの塊は白金のギャラリーで購入したモノです。アクリルの素材を透過して眼に入ってくる光の色はプリズムほどの輝度を持ってはいませんが、それでも十二分にデスク上に不思議な景色を表してくれます。14年ほどたちましたが、色の退色もなく、又、1kgほどの目方があるせいか安っぽさの微塵も無く、アクリルという素材ながら堂々としています。今は単純に紙の重石の役目を担っていただいているだけですが、傷もそれほどついておらず、この明るいデスクトップ・オーナメントはまだまだ現役であります。

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2007年10月13日 (土)

ALDENという、つわもの

Alden_chukka_boot02 スニーカーの快適さに慣れてしまうと、なかなか、普通の靴を履くことから遠ざかってしまい、靴箱に入りっぱなしの靴がかなりの数、手入れもせずに放置されています。捨ててしまうほどの度胸もなく、いつまでもこの状態というわけにもいかず、最近、整理を兼ねて、靴箱から引きずり出しました。

仕事がら、オーソドックスな一文字タイプから、ローファーまで一通りは揃っていて、夫々が、TPOで出番があるわけですから、婦人用の靴と違って流行が過ぎればお払い箱というわけにもいかず、この辺りが男の靴のもっている独特の趣きなのでしょう。

1970年代中頃にミウラ&サンズで購入したRed Wingのアイリッシュ・セッターブーツをはじめ、Bassのコイン・ローファー、Edward Greenの一文字タイプなど自分なりに厳選したものばかりですから、この日は相当な時間を掛けて磨きこみました。

この絵のALDENのチェッカーブーツは、私の靴の中で、最も高額なもので、7年程前に、メンズファッション界のご意見番・斉藤久夫さんに薦められて購入したものです。いかにもアメリカの質実剛健な姿そのままでありますが、ようやく今頃になって足に馴染んできた感があります。商品というよりも製品といったくくりの方が正しいような、その拘りの製造過程、吟味されたコードバン素材には日本にも多くの『お好きな方々』がいらっしゃるようで、流行を超越したALDEN社の企業姿勢には日本の製造メーカーが捨て去ってしまった、誇りと頑固さが浸み込んでいます。

Rimg1403 さて、南青山の奥まった住宅街にあるALDENが充実したこの店には、古典的な靴はもちろんのこと、今の時代に合わせた新しいティストの靴も登場しています。

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2007年10月12日 (金)

1957年・私の日記

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1957年、小学校3年生から4年生になる年の一月の日記です。もうこの頃は漫画と野球に興味が移りだした頃ですから、挿絵にも漫画の影響が出てきたようです。ふきだしでくくってせりふを書くなどということは、していませんが、以前にはなかったテクニックを身に付けた可能性ありありです。この頃漫画ではロボット三等兵・かんらから兵衛などが人気でランドセルにしまって、学校の往き帰り、電車の中で見るのが楽しみとなっていました。私は吉祥寺から久我山までの5分程度の乗車時間でしたが、それでも友達との漫画を通した物知り較べなど毎日が楽しい日々でした。

さて、この日記のタイトルともなっている『ことろ』とはこの頃大流行していた遊びで「鬼が親の一番後ろにいる子供を捕まえる」、つまり「ことる」鬼ごっこの上級版のような遊びです。すっかり、忘れてしまって、具体的な行動のイメージが沸いてきませんが、絵に添えてあるセリフが妙にリアリティーがあるので、この頃にすっと戻ることができます。

『子とろ』の動きが解るサイト http://www.kochinokita-e.ed.jp/warabe/kotokoto.htm

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2007年10月11日 (木)

ケアーンテリアと和田倉門

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日比谷通り・和田倉門信号の脇にあって、以前から気になっていた三角屋根の石作りの空間に、先日犬連れで入ってみました。

いつごろこの空間が出来たのか、定かでないのですが、間違いなく何らかの大義名分の下、作られた曰くありげな風格を今ももち続けています。

中に入ると、ちょっとした椅子のような出っ張りと、これもみごとな石のテーブルが、何故か日本人に馴染みがない設えを以って立ちすくんでいます。この空間の中に入る人はこの日、たいそう陽射しのよい秋晴れでしたがどなたもいなくて、それだけでも如何に、馴染みの薄いスポットであるかが実感できます。

連れてきたケアーンテリアを、僭越ながら石のテーブルに載せると、そのひんやりとした感覚が気にいったのでしょうが、ご機嫌な表情を見せてくれました。ファインダーを覗いて気付いたのですが、このスポットは犬のサイズにピッタリの空間ですから、犬好きの皆さまにおかれましては、記念写真の穴場としてお奨めいたします。

又、このスポットの周囲は開放感あふれる場所ですから、このような畳二枚にも満たない場所から見渡すと、普段とは違う環境を味わえます。

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2007年10月10日 (水)

バブルの頃のカッターですが・・・。

Img_3940_1Img_3945Img_3946   1985年頃から始まった、あのバブル時代は今から見ればお金が無尽蔵に漂っていた程度にしか云われませんが、実際は大手企業が新切口をもとに元気で次々と新しい店舗や商品を開発し、デザイン・建築界ではその流れに乗った野心たっぷりの取り巻き系の中から、ちょっと軽めの方々が各メディアに登場しては同じ話をあたかも自分の作品のように喋りまくり、対極にある良識のあるちょっと控えめの同業諸氏にとっては、まさに屈辱の日々でありました。そのバブル期を売れっ子芸者のように各企業間を二股・三股かけていた何人かは、いまだにその頃の作品を自分だけの実績として錯覚し続けていて、バブル時代を知らない若い観衆に恥ずかしい風貌と過去の残骸を、今も新鮮であるかのように恥をさらしております。

私もこのバブル期にはデパートの新しいコンセプト・ショップの立案と商品開発に明け暮れ、毎日、家に資料などを持ち帰っても間に合わないほど、そのプレゼンテーションが山積みでありました。 今のプレゼンテーションはほとんど、POWER POINTなどをお使いで画像・映像を駆使しているようですが、この時代はせいぜいスライドが関の山で大部分はB全ボードにイメージ写真・チャートなどの貼り付けが主流でした。

この時代に各デザイン事務所などで活躍したカッターは、Letrasetから発売されていたもので、用途別に3種類の刃が準備されていました。たいへん便利なもので、業界の皆さんもずいぶん使われていたようですが、私はどうしてもその姿が手術用のメスに酷似していますし、扁平すぎる柄の部分が机上においては取りにくく、あまり愛用はしませんでした。ただ、その過激すぎるシャープな姿の代表例としていまだに保存しているだけであります。ほっとできるのは、きちんとデザインされた本体・刃の袋のIndex Graphicが手を抜かずタイポグラフィーも明快で、まさに時代を超えたデザインの教科書的存在でもあり、そこだけが救われる気持ちであります。

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2007年10月 9日 (火)

ポール・ラッシュ記念センター

Img_6913Img_6904Img_6899Img_6907Img_6905_1ポール・ラッシュ記念センターは、第2次世界大戦後の疲弊した日本農村を民主的復興に導いたポール・ラッシュ博士の感動的な理想と実践を継承し、21世紀の日本、そして世界に博士の「他者への奉仕」の理念を、広く紹介する拠点として建設されました。
 この建設構想を提言したのは、ラッシュ博士の遺徳を敬慕する地元八ケ岳の若者たちでした。「ポール先生の理想を継承するのは私たちの使命だ」-若者たちの志に、日米両国の多くの市民が賛同して、募金活動が始まりました。この動きに日本アメリカンフットボール協会も参加して、共感の輪は、大きく広がりました。
 平成8年3月28日、ポール・ラッシュ記念センター、日本アメリカンフットボールの殿堂は、日米市民の友愛の証しとして完成いたしました。センターを訪れる方々は、きっと、時代が変わっても輝きを失わない「夢と希望の力」を発見されることでしょう。(財団法人・キープ協会http://www.keep.or.jp/

今や、観光地としても人気の清泉寮を中心としたエリアは、清里で長きに亘り酪農をはじめとする農業開拓・振興を指導された指導者、ポール・ラッシュ博士の生まれ故郷であるケンタッキーの牧歌的景観にそっくりであると云われ、まさにブルーグラスそのものであり、パノラマが素晴らしく、私も初めて訪れた1964年以来、数十回と来ています。春の穏やかな季節は、山桜をはじめ植物も咲き乱れますし、秋には見渡す限りの紅葉が山を覆い、素晴らしいひと時を約束してくれます。東京から車を飛ばせば2時間程で着きますし、交通の便もよく私世代には人気のスポットでもあります。

10月13・14日に開催されるポール・ラッシュ記念カウンティ・フェアには二万人ちかくの来場者が訪れる関東でも屈指のビッグ・イベントとなり、運がよければ本場のブルーグラス・バンドも登場して、この期間は完全にケンタッキーそのものに変身してしまいます。

この地域の一番北側に指導されたポール・ラッシュ博士の記念センターがあって、まやかしでない、本場ケンタッキーの素朴だが正統な土の薫りする博士の住まいが公開されてますし、日本にアメリカンフットボールを紹介したコーナーにはトラッド好きにはたまらない雰囲気が満ち満ちています。博士の書斎などは、重厚感と素朴さが相まって敬虔な聖公会の理念が伝わってくるようです。

ところで、清泉寮本館の宿泊室も50年ほど経ち老朽化が進み、来年春には新館が出来、嬉しいことに温泉も沸いたそうですから、又、これまで以上、お邪魔することになりそうです。

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2007年10月 8日 (月)

BMW Isetta 300・可愛い車の予感!

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一年を通して、自転車徘徊日和としてもめったにない最高の天気と思える日曜日、爽快な朝からの陽射しの誘惑に耐え切れず、家を飛び出して都心に向かいました。定番ルートの上原から明治神宮公園に向かい、表参道まで絶好の天気の中、やや肌寒い感じでもありましたが、秋の気配も濃厚でキンモクセイの香りも何所からともなく、強く漂ってきます。明治神宮公園では日曜日恒例のバンドの皆さんが設営中であったり、大きなイベントもあるようで、9時過ぎでしたが多くの人が流れています。

いつもは目にも留めない駐車ゾーンの脇をゆっくりとペダリングしていますと、ご覧のような可愛い車に出会いました。お好きな皆さんにはたまらないキャラクターの、BMW Isetta 300 http://www.youtube.com/watch?v=jxr9acIKaZQ&mode=related&search  が、おそらく何代も乗り継ぎながら修理も繰り返しつつ、このような綺麗な状態を保って、周囲のどれも同じ顔に見える大きな車を笑い飛ばすように、威風堂々と鎮座していました。

実物を観たのは初めてでしたが、300CCというロハスな排気量ながら、昨今の小型車にありがちなチープなグレード感は皆無で、その美しいフォルムにびっくりです。おそらく中に入れば予想を遥かに超えた空間がありそうですし、そこからは数ミリ・数センチで人間動作・行動上の無駄を省いて勝負していた技術屋さんの奮闘振りが目に浮びます。

時代の流れは、ひたひたと環境指向となっているものの、自動車という、環境汚染に対しては不条理としか言いようの無い存在の道具のありかたを、各自動車会社は富裕層にばかり揉み手をすることなく、このBMW Isetta 300のような感性で見直す時期に入っているのではないでしょうか。

このわくわくするような感性がどうも日本のプロダクツは不得手ですから、(といって思考力を放棄したメーカーが短絡的に陥る打開策として渋谷のお姉さんに商品開発を委託するなどということもせずに)想像力・工学性・社会性を個人の思考力とチームの総合力を総動員して、世界に発信する環境立国・ニッポンの魁となるプロダクツを創出してもらいたいものです。

このような車と自転車にあふれた街並みは、『地球に優しい町』に違いありませんし、誰しもが願っている方向性のような気がいたしますが・・・。

A designer knows that he has achieved perfection not when there is nothing left to add, but when there is nothing left to take away.
「設計者というものは、付け足すものが何もなくなった時ではなく、取り去るものが何もなくなった時、初めてそれが完成したことを知る。」 
サンテグジュベリ(星の王子様・著者)

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2007年10月 7日 (日)

銀座のプレゼンテーション

Rimg2191 Barneys_ny_0709_11 夫々の店が今の旬を視覚的訴求手段としてのプレゼンテーションを通して競い合っている銀座ですが、最近は以前のような練り上げたプレゼンテーションが少なくなりつつあって、どきっとするようなものにはなかなかお目にかかれません。

最近では大きなウィンドーよりも30センチ四方ほどの極く小さなウィンドーの方が流行りのようで、これですと手間もお金もかからず、その上訴求を絞らざるを得ませんから、凝縮されたメッセージが届き易いのでしょう。

ルイヴィトンのプレゼンテーションはなかなかシンプルながら、男の気持ちをかき立ててくれるツボのようなものがあります。このモデルカーなど、思わず店内に入って、「これを下さい。」などと叫んでしまいたくなるほど、主役の時計・財布以上に欲しくなる表情をしています。この時期、どうやら世界の車との小さなコラボレーションが展開テーマらしく、様々な車とのコーディネーションが発信されていますが、このシトロエンとの構成が秀逸です。こんなに狭い空間でそれなりの雰囲気を出すのは容易ではなく、モノ同士の位置関係が少しでも崩れると、装飾作業中と勘違いされても止むを得ない無残な恰好となってしまいますからご用心・・・。

かたやバーニーズ銀座は経営が変わってからというもの、あまり評判が宜しくなく確かに店内に入ってみても以前のような各ショップの緊張感と整然としたゾーニングが展開にもスタッフの様相にも消えてしまい、単なるモノ売り屋さんに転げ落ちてしまいました。大きなウィンドーをやりくりするにも辛そうで、このプレゼンテーションなども遠くからでしたらまだしも、近くからですと目眩で卒倒しそうでありました。それにしても雑誌とのタイアップと思われる手段に打って出るとは、以前のスタッフでしたら考えもつかなかったでしょう。何ごとも気合と意気込みは、ほどほどがよろしいということなのでしょうか。

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2007年10月 6日 (土)

広重・月の岬(品川八つ山)

084 01広重のお得意な艶景の代表ともいえるモチーフですが、お姐さんを影だけで見立て、障子というニッポン空間文化を象徴的に表現した傑作です。遥かに見える満月と品川沖のパノラマが、今でも羨ましいほどの幕末期の優雅な生活環境を見せてくれます。

月の岬と呼ばれた、この場所は一般的には現在の日本榎通りの尾根と三田四丁目付近が接する辺りが通説のようですが、『絵本江戸土産・四篇』によれば、現在、八つ山橋信号あたり、あるいは関東閣のある場所が正しいようで、当時から見通しのよい名所として有名でしたから月見のスポットとしても江戸でも筆頭であったようです。

品川宿の有名な妓楼の二階から描かれたこの絵には、雁の群れが飛んでいることから中秋の満月の頃でしょうか。品川宿はこの版画の刷られた1857年(安政4年)頃には既に、幕府側と一線をを画する薩摩・長州・土佐の改革派・下級武士が夜な夜な出没していて、今ではその面影は無いものの、当時はお伊勢詣りの衆と共に、勢いのあった宿場でした。

秋の風が気持ちよく通り抜ける、あっけらかんとしたオープンスペースながら、畳の上に散らばった宴の後片付けをしているお姐さんと影の映る御姐さんの仕度状況が、この画面の時間推移を観る者に余韻として表わしてくれています。3

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2007年10月 5日 (金)

小布施の町並み

Rimg2237 Rimg2244 Rimg2287 Rimg2281 Rimg2288 東京理科大学の川向正人教授との昨年来の約束を果たすために、長野県小布施町に、先生の町並み修景活動http://www.machizukuri-lab.com/を窺いに行ってきました。

長野県の北部、少し行けば志賀高原という立地にあるこの町は、『葛飾北斎・栗・花』を三大売物としていて、全国でも珍しいほど積極的な町興しを町長みずから音頭をとっているところです。川向先生の助手・勝亦達夫さんに小布施の町をご案内いただいて、町・人・商品・サービスが一体化して、俗化に陥らずに、自らのガイドを設定しながら、その成果が徐々に全国は勿論のこと、海外の方でも口コミで浸透していることを実感しました。驚いたことに、ある建物では昔の瓦がそのまま備蓄されていて、その重なった姿でさえも絵になってしまいます。この日(水曜日)も平日ながら多くの来町者で賑わっていましたが、当然ながら、物販・飲食関連の店もきちんとイメージが整理され、徘徊するだけでも心地よいひとときが約束されます。

またいたるところで、この地で育まれた建築方法を復活させた家が出来ていて、東京都心の建築物件の意匠に食傷気味であった私には、観るもの、聞くことすべてが新鮮でありました。

Rimg2221 東京ミッドタウンにあってもおかしくないレストランからモダンな和のテーストが胡散臭くないホテルなどまで、都市のお洒落生活を享受している人にも充分応えられるスポットも充実し始め、懐古趣味だけで終らない町・街ですし、周囲4キロ四方のこの町は歩いて一日堪能できる稀有なスポットでありました。車で東京から関越・上信越自動車道を経由して須坂長野東ICで降りれば3時間ほどですから、紅葉時期にはその素晴らしいと言われる錦のパノラマを堪能すべく、近々行きたいと思っています。

この町を代表する名店・小布施堂のサイトを観ても、きちんと町づくりの先導役としての誇りが高く、ご立派です。http://www.obusedo.com/

小布施町のサイト http://www.town.obuse.nagano.jp/index.html

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2007年10月 4日 (木)

FIAT 500に似合う町

Fiat500 ヨーロッパの古い街並みをまるで自転車のように、小気味よく走っている車を初めて見た1967年、この車がFIAT500ということを知りました。今ではそれほどではないのでしょうが、ボローニャ・トリノ・ミラノの各都市を周っても、至るところこの車あり、といった状況でしたし、日本のように駐車禁止に対しても、厳しい取締りがさほど無く、歩道にも平気で乗り上げていたほどですから、殆ど自転車感覚の車であったのかも知れません。

日本ではこの車を愛する倶楽部のようなものがあったように記憶しています。たしか、伊勢丹モータースの某氏が音頭とりで始めた同好の士の集まりだったようですが、今はどうしているのでしょうか・・・。

中世の城塞都市の景観にこれほど似合った車はないのではないか・・・などと思いたくなるほどで、この車ほど環境とプロダクツがぴったりという代物はないでしょう。都市型軽自動車としてSMARTなども出ていますが、ちょっとでしゃばった造形が、私世代には我慢ならないわけであります。FIAT500は現在の自動車の安全基準から照らし合わせても欠陥だらけの車でありますが、このヒューマンスケールには余りある魅力があって、覚悟してでも運転したくなる魔力を秘めています。

さて、今年50年ぶりにRe Birthして話題となったNew FIAT 500 http://www.youtube.com/watch?v=Ne3nP8kiMQE&mode=related&search  http://www.youtube.com/watch?v=gwzNQ2Nv77Y は、先代のイメージを引き継いでいますが、ニッサンマーチの妹のような姿・その走りっぷりを強調し過ぎるCM内容には、私世代には、なんともはや・・・といったところです。

私のような人間には、50年ほど前のFIAT 500 のCM http://www.youtube.com/watch?v=F2es_ITXhh0&mode=related&search が、コンパクトな車の利便性をストレートに訴える分かり易い出来栄えでありますし、今年制作されたFIAT 500 誕生50周年記念のCM http://www.youtube.com/watch?v=fovQlj0oLwI&mode=related&search に至っては、懐かしい画像とともにルイ・アームストロングのヴォーカルが佳き時代の薫りを彷彿させてくれます。

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2007年10月 3日 (水)

安野光雅の英国眺望

209_1 安野光雅さん http://www.town.tsuwano.lg.jp/anbi/anbi.html の水彩画は、日本的淡彩画法の教科書的存在といえるでしょう。独特の哀愁を含んだ表現には、きっと彼の育った津和野の自然環境が大きく影響していたのかも知れません。

イギリスの田園風景を描いた画集を開いてみると、その哀愁がぴったりと対象の風景とマッチしていて、気持ちを和らげてくれます。筆のあしらいが、海外の景色を描いても日本的になるかどうかは分かりませんが、とにかくその淡く柔らかい表現が日本的なのであります。

この景色も哀愁に富んだ秀作で、秋に向かう頃の季節でしょうか、木の葉も心持ち黄みを帯びていますし、画面全体にセピアの濃淡を隠し味にして、暮れ行く前のほんのひと時の安らぎが感じられます。

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2007年10月 2日 (火)

さいかち坂・1899年

1899 Photo_20 ベアト撮影による、皀角(さいかち)坂を、現在のアテネ・フランセ辺りから水道橋・東京ドーム方面を望んだ光景です。1899年の撮影ですが、明治維新(徳川互解)から20年ほど経つと殆ど江戸の風景はいたるところ消え去って、この写真などはイギリスの工業都市と見間違えるばかりの光景です。遠くの長い煙突の見える辺りは明治4年(1871)水戸徳川藩邸から陸軍東京砲兵工廠となって、陸軍歩兵銃器を中心の武器の製造工場でありましたが、大正12年(1923)の関東大震災であっけなく崩れ落ちてしまいました。現在の後楽園遊園地・東京ドームはその跡地に作られました。

実はこの坂、かなりの勾配がありますが、早朝ですと正面に朝日を浴び、その神々しさに御利益がありそうだなどと勝手に思い込めますし、周りの風景がかもちだす、落ち着いた雰囲気が好きで、私の早朝単独走行の定番の坂です。この坂を上って右に曲がるとと文化学院などがありますが、今は工事中であのフランス的な雰囲気の校舎は入口だけ残され、あとはビルになるようであります。それでもマロニエ通りと呼ばれている一角は、IT中心の街にはない、独特の大人の余裕というものが見え隠れいたします。

神田の頂にあるこの近辺は通り抜ける風も涼しく、夏には欠かせない都心の自転車徘徊ルートですし、秋には枯葉の舞い散るちょっとアンニュイな雰囲気が、これまた捨てがたいのであります。

Kanda103 Kanda203 Kanda303 さて、この周辺の江戸・明治・現在の地図を比較して気付いたのですが、名庭園・小石川後楽園のスケール・レイアウトがずいぶんと変化していますし、特に池を回遊する道筋があまりにも違い過ぎて、こんなことになっているとは・・・、仰天でありました。

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2007年10月 1日 (月)

THE ROGANS フォーク・コンサート

Rimg2136 Rimg2147 Rimg2163  9月29日の土曜日午後4時半から、東京都庭園美術館http://www.teien-art-museum.ne.jp/museum/index.html・新館ホールにおいて、THE ROGANS http://members.aol.com/rogansmusic のコンサートが開かれました。この日はあいにくの雨模様でしたが、此処は旧朝香宮邸とあって、緑の多い庭園もしっとりとあの暑かった夏ともお別れのようで、却ってすっきりした気分でありました。

何処でどのようにこのコンサートを聞きつけたか定かではありませんが、300人近いお客さんが、それもいわゆる団塊世代を中心に上は70歳代後半から小学校一年生までと、お見事な世代を超えた交歓会と相成りました。

ローガンズの皆さんはそれぞれがエグゼクティブとして日常の仕事に活躍されていますが、それ以上に音楽、それもフォーク・カントリー・ブルーグラスと青春の一時期にのめり込んだ音楽を今尚、熟成・進化させてくれていますから、単に懐メロ大会で、終らないのです。

コンサートそのものも曲数は23曲、途中の休憩を15分程度とっただけのトータル120分のぶっ通しという、スタミナも充分のコンサートでありました。このボリュームは、普段の弛まぬ練習がなければこなせるものではありません。

さらに、他のコンサートではおざなりになりがちな食事・お酒の類も、きちんとしたサービスを伴い素晴らしく、ワイン・シャンパンに至っては立派な銘柄のものばかりで、ボトルの空になるスピードも半端ではありません。

この日は、自然と同世代・同時代の交流会にも展開し、中には40年以上の再会というご同輩も多く見られ、音楽の好きな皆さんの若々しいことに、改めて納得した次第であります。

私世代には、あの懐かしいステューデント・フェスティバルの時代をリバースさせてくれた一日となりました。

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