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2007年11月18日 (日)

1956年・ラグビー

1956802 1956年に世界一のラグビーチーム・オールブラックスが日本で親善試合をしましたが、当時仲の良かった友達のご両親と秩父宮ラグビー場に試合を見に行き、生まれて初めて本場の迫力を味わうこととなりました。

何しろ、体格の違いは歴然としているうえに、走るスピード・タックルの厳しさなど、まだまともにラグビーのルールさえ知らなかった私でさえもその怖くなるような迫力に、当時人気絶頂だったプロレスのような印象を受けたものです。

それでも、機敏な日本チームが相手の隙間を掻い潜って得点を入れた時には場内の大歓声の大きさにしばし唖然としていました。何しろ生まれて初めてのスポーツ観戦でしたから、この年、我家に来たテレビで観るラグビーとは迫力もぶつかりあう音も格段の違いがありました。

このラグビー観戦が導火線となり、父に強請って、週末を野球・プロレス・相撲と、生の迫力を体験したく、出かけるようになりました。

また、この年、私の通っていた小学校の先輩である高校の野球部が、どういう星の巡り会わせか奇跡的に勝ち抜いて、早稲田実業の王貞治率いる当時の高校生最強チームと甲子園出場を賭けた東京地区決勝戦が、神宮球場で行なうこととなりましたが、予想通りとはいえ惜しくも夢は消えたのでした。応援歌など無い学校でしたから、何かにつけ校歌しか歌うものがなく、早稲田実業の軽快な応援歌を羨ましく聴いていました。

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