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2007年11月22日 (木)

1956年・私の日記より

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51年前の冬の朝の模様です。小学校3年生の冬ですが、木造校舎で教室のストーブは真っ赤に鋳鉄が焼けてその周りだけはたいへん熱いのですが、ちょっと離れるとたいへん寒かったのを記憶しています。今とは比べようのない寒い日も多く、日記からうかがえる様に、私と佐藤君はクラス当番として、一番早く登校して教室の環境を整えていました。この時代は下校の際もきちんと教室を整理整頓してから帰りましたから、翌朝、わざわざ早く来て、机をきちんと並べたりする必要などなかったのですが、そこは、まだまだ軍隊的鍛錬が幅を利かせていた時代でしたから、今のように父兄からクレームなど起こるわけもなく、粛々と毎日を担任の清水先生の指導通りに過ごしていました。

この清水先生の、微に入り細に入りの徹底した指導こそが、教わった全ての生徒に腑抜けな者が一人も出ていない事で証明済みですし、父兄にも半端でない信奉者が多かったのです。感情的にも厳しさと優しさのバランスに秀でておられ、身体を動かすことと、感性を豊かにする両面の指導が素晴らしかったように記憶しています。

この日の日記では寒い朝の感じをどう鉛筆で表現してよいものやら・・・といった試行錯誤が読み取れて、その当時を手に取るように思い出す事が出来ます。

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