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2007年12月20日 (木)

1956年・私の日記

304_04 今、都心では土があらわな地面も見つけることが難しいほど、きれいに整ってしまった環境があたりまえの普段の生活環境でありますが、51年前は、朝、外に出ると霜柱が地表を持ち上げて、冬の季節のお約束風物となっていました。私の家は北側を神田上水が流れていて、その崖上にありましたし、風除けの塀もなく、冬の北風の強さが身に凍みていました。霜柱が出来る頃は庭の芝生も日陰が盛り上がり、子供にとって遊ぶ事も出来ず、ただひたすら、春を待つのみなのです。

それでも、スコッチテリアのピス・秋田犬のたろう、二匹とも寒さを楽しむDNAが濃いのか、霜柱を掻き出したりと、父のひんしゅくを買うことばかりの悪戯し放題でありました。

霜柱を通して輝く太陽の光が宝石のように輝いていたのを、よく覚えています。

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