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2007年12月 3日 (月)

1956年の日記より

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今年の暖かさに比べ、51年前のこの日は寒かったのであります。といってもこの日記は12月3日の記録ですから、これまでなら当たり前の話でありますが・・・。

まだこの時代には、朝早く豆腐屋さんが自転車の後ろに檜材で作られた綺麗な箱を載せ、その中には豆腐やがんもどきなどがたっぷりと入って、家々を回り営業していました。独特のラッパの音色も朝らしからぬ哀しさがあって、子供ながらにも朝から切ない気分になったものでした。

この頃の久我山はほんとうに長閑な村のような所でした。父が此処に居を構えたのは昭和19年頃で、全くの外様の上、芸術を糧にしていた者でしたからずいぶんと胡散臭い目で見られたようで、最初はこの土地に馴染めなかったようです。その上、周りの住人はほとんど150年以上昔から代々此処で暮らしていた人ばかりで、ご近所さんとのお付き合いも変わることなく夫々三代・四代に亘り、中には安政時代に生まれたおじいさんが、かくしゃくとして野良作業に勤しんでいましたから、子供心に「ずいぶんと目つきのするどいおじいさんだなあ・・・」と思っていました。

そんなところでしたから、家の周りは優しい感のある武蔵野雑木林というより、荒々しさばかりが目立った原始感覚の野原・雑木林に囲まれた、『探検ごっこ・水雷艦長』などには事欠かない、子供にとってはまさにユートピアでありました。

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