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2007年12月31日 (月)

箱根駅伝の練習も本番モード

Rimg5846 30日は朝から強い南風が吹いていましたが、久しぶりの自転車トレーニングを近場の多摩川堤で行いました。

昨夜は恒例のブルーグラスバンド・メロンの年末ライブが赤坂で開催され、私世代を中心に満席の状況で、それに気を良くしたのか三回のステージを全てハイテンション・ハイパワーで乗り切りました。バンドの皆さんは以前よりもひと目で判るほどシェープアップされたからこその結果であったのでしょう・・・、コーラス・楽器演奏ともに数段の向上であり、これは驚くべき努力の成果であること間違いなしです。

今朝、すっかり重たくなった私は昨夜のバンドの皆さんを見習い、自戒の念をもって早朝よりシェープアップを志したのです。年末ですからいつもよりは格段に空いてましたが、所々に素人ではない走りっぷりの集団が疾走して来ます。強い南風に向かってもなんのその、自転車でさえきつい状況の中、時速10キロ近い速度でエンジン全開であります。胸と背中についた大学名は『専修大学』、例年優勝集団よりやや遅れ気味の大学でありますが、それでもこのスピードであります。同じ場所をサーキットトレーニングに基づいた走法で走ったり、ストレッチしたりと、いよいよ2日後に迫った箱根駅伝に向かって本番モードに突入していました。全員、無駄の無い走法・無駄の無い体形を目の前にし、さらに私は自戒の責に苛まれ苦しい向かい風の中を喘ぎながら走り続けましたが、12時過ぎに一転にわかに暗黒の空に成り始めたので、急いで帰宅することにしました。

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2007年12月30日 (日)

1955年・私の日記

204_1 1955年、小学校2年生の時の日記です。突然このような文体の日記が登場して思わず笑ってしまいます。父の影響などあるわけでもなし、きっと先生が授業で詠った詩かなにかのインパクトが強烈だったのか、家に戻ってその印象が薄れぬ前に書きとめたのではないでしょうか。これに似た視点の文体は後にも先にもこれっきりでありますが、さて、何の因果であったのか今もって不可解な文案ではあります。

担任の清水先生は根っからの先生塊のような方で、多くの素晴らしい卒業生を育てましたが、今時の間抜けな父兄でしたら「あまり子供に干渉しないで下さい!」と思わず叫んでもしょうがないほどの子供の躾には熱心な先生でありました。ある時はたいへん厳しく、又、ある時はたいへん優しく指導されたので、その片鱗は日記に書かれている先生のコメントにも良く表れています。

この頃、毎日学校の帰りに久我山駅傍にあった関口文具店に寄り道しては、大きな硝子鉢(昔の煎餅屋さんにあったタイプのもので、アルマイトの蓋が付いていました)に入った綺麗なプラスチックボディのボンナイフが子供には煌めくお宝のように見えていましたが、2年生では刃物など持てるわけがなく、早く高学年になりたいと思っていました。又、この頃の消しゴムはやたらと香りのする不思議なものが子供の間で流行っていて、友達同士で貸しっこ・交換ごっこなどという他愛無いことを楽しんでいた時代であります。

そして念願のボンナイフを学校に持っていける年齢となると、授業中ボンナイフで当時発売され出したプラスチック製のカラフルな消しゴムを削ったり、細工したりする事もあって段々授業が疎かになり始めました。

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2007年12月29日 (土)

瀬田だけの正月準備

Rimg5801 Rimg5800 Rimg5804 Rimg5807 Rimg5806 世田谷区瀬田1丁目・2丁目は旧大山街道沿いにある閑静な住宅地で、この町中にある行善寺 http://marukokawa.exblog.jp/1567272/ から望む富士山・丹沢・奥多摩方面を一望できるパノラマは江戸の玉川八景にも入っているほどの絶景ポイントでしたが今では、手前に玉川高島屋をはじめ新富裕層の住居が並んでしまい、残念ながら昔のスケールは望むべくもありませんが、このお寺の界隈は、毎年夏に開かれる多摩川花火大会の知られざる穴場であります。

現在も瀬田の開祖・長崎家の末裔の方が翠紅園という造園業を営んでいて、その造園センスは世田谷区・目黒区近辺の本格的日本庭園に住まわれている方には、かなり知られた存在のようです。ここのご主人が日頃お世話になっているお得意さんのために毎年今頃から作り始めるのが、この松飾りです。ご覧のように、素朴ながら植栽のバランスと剪定は言うまでもなく素晴らしいものです。近年、クリスマス飾りと同様に洋風豪華になっていく正月のお飾りですが、翠紅園の飾りには、祖先の言い伝えを頑なに守り続ける簡素美の魂が連綿として伝承されています。

概ね12月29日には、瀬田モダンゴルフ場近辺の家がこの翠紅園の飾りで玄関を美しく整えて、元旦を迎える準備は完了します。

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2007年12月28日 (金)

表参道の裏道には!

Rimg4522 Jiuy 少し前の写真ですが、此処何年の中では洒落たセンスの筆頭と勝手に思ってますので、掲載しました。

表参道・キャットストリートと称されるこの店の前の通りは昔、川が流れていて、それを1968年に暗渠となり今に至っています。

この界隈はここ十年であっという間の様変わりが起きて、以前のようなこれから頑張ろうとしている若いクリエーターには到底手の出せない家賃となり、アドバンテージの高い挑戦的な店は皆無となって大手の覆面ショップや、海外ブランドのカテゴリーショップなど、すっかり金の成る木の道筋となってしまいました。それでもこの界隈の黎明期のちょっと猥雑な雰囲気は点在していますが、此処を散策する人々の中に最新のモノをチェックしているような、いわゆる業界筋や地方のアパレル関係者などが目立ってき始め、感性の優れた若いクリエーターの何人かは此処を見限って、渋谷から半径1キロ近辺の落ち着いた住宅街と活気のある商店街のある青葉台界隈へと移行してしまいました。そこもやはり川の傍ということは、どうやら川には新しい息吹を吸引する作用があるのかも知れません・・・。

そんな中にこのようなユーモラスなウィンドーを発見すると思わず微笑んでしまいますが、この店の母体もほんの20年ほど前は、小さな可愛い雑貨と軽衣料品中心の店でありましたが・・・今や日本を代表するアパレル会社と手を組んで、ビッグカンパニーと成りました。

ところで、1947年(昭和22年)アメリカ軍によって撮影された神宮前界隈の航空写真を眺めると右側に蛇行する黒い線が見えますが、これが今のキャットストリートの本来の川の姿です。この川、江戸時代には穩田川と呼ばれていたものの今では渋谷川と呼ばれるようになり、一説には唱歌『春の小川』のモデルとなったとも云われてます。穏田商店街もこの頃は全く影も形もないような姿です。その昔はこの界隈が川を中心とした水田地域であったことが、地元の和菓子屋『瑞穂』の店名からも偲ばれます。ついでに、左に見える図々しいほどの豊かな環境はいわずと知れたワシントンハイツでありますが、これを観ても戦争の勝ち負けが明白でありますね。

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2007年12月27日 (木)

本屋の鑑!

Rimg4941 本も所詮は情報の消耗品・・・と言わんばかりの新刊ラッシュでありますから、どこの書店の陳列も野菜の箱売りのような平積みばかり目立ち、店主の鋭い目利きを通したセレクト・ショップにはなかなかお目にかかることが無くなってしまいました。

確かに新刊は平積みしておけば、新聞・雑誌・ネットの書評をよんだお客がヒットチャートからピックアップしていく御時世ですから、美しい陳列など必要ないのかも知れません。もう既に町の本屋は雑誌中心の商売となって、取次店から欲しい本をより早く入手できる時代でなくなってしまいましたから、ただ積んで置くだけでなく、せいぜい自分の店の顔作りくらいはしてもらいたいのであります・・・。

この神保町の老舗は単行本の新刊をガラス越しに縦置きしていて、ずらっと並んだ有様を眺めていると、本の持つ美しさを再認識してしまいます。ずいぶん前より文芸書の比率は少なくなってしまいましたから、本の顔としての表紙にゆったりとした品格のあるものがめっきり少なくなったのは時代の流れとはいえ、残念ながら事実のようであります。

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2007年12月26日 (水)

鈴木信太郎の赤絵写し

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画家の直観力の凄さというのは、この絵のような実物を写しながらも、実物を越えた自分の創作を生み出すところにあるといってよいかも知れません。

鈴木信太郎は絵のモチーフとして陶磁器の壺や食器を買い込んだ時期があって、この古赤絵唐草女人文鉢という、どうみても由緒ありそうな骨董もそのひとつだったに違いありません。施されている赤色ひとつとっても、おそらく実物の赤とは異なるでしょうが、この器のもっている高雅な趣きがみごとに引き出されています。

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2007年12月25日 (火)

六本木ヒルズに出かけましたが!

Rimg5772 Rimg5773    Rimg5775Rimg5760Rimg5768例年、イヴだからといって出かけることなどなかったのですが、今年は待ち遠しかった「BLUE MAN」http://www.youtube.com/watch?v=1tWP6aYwi5M&feature=relatedのパフォーマンスが24日だったので、家族で出かけました。

今やクリスマス・イルミの全国区的名所ともなった六本木ヒルズは、午後3時頃には大勢の観光客も含めて大賑わいでしたがイベントスペースではニュールンベルグのクリスマス・マーケットを模した催しが繰り広げられ、美味しいドイツソーセージからアップルのお菓子まで、私には23年前のニュールンベルグのクリスマス・ギフトショーの買付けを終えて、町中で味わった素朴なドイツの雰囲気を思い出しました。

さて、ブルーマンのパフォーマンスを目の前で見て、約2時間が瞬時に過ぎるほどのみごとなパフォーマンスぶりに圧倒されっぱなしでした。パーカッション・ハプニングアート・コンピューターを駆使したインスタレーションなど、アートの境界を自由自在に遊泳するそのパフォーマンスに絡む動きとリズム満点の演奏には正直、目からうろこでありました。

又、会場にはリピーターも多いようで、お客とのやり取りから駆け引きまで、会場とブルーマンが一体となった緊張と緩和のあやとりにはしばし驚嘆しました。さらに会場のお客をステージに上げて一緒にパフォーマンスすること3回、いずれも若い物怖じしない元気なお客さんでしたからブルーマンの挑発にもめげることなく、乗りの良いコラボレーションを演じていました。

公演最後の方では会場の後ろから大量の紙布が送り込まれて、お客が埋もれそうになるのですが、その量たるや半端でなく、手を休めると自分のところで紙布が渋滞してしまうので必至に前に送らねばならず、この仕事は普段使っていない二の腕が引きつりそうになるほどでした。カメラ撮影厳禁もなんのその、必至で紙布の洪水の中、撮影したのですが案外シュールな画像となりました。

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2007年12月24日 (月)

花屋のパレット化!

Rimg5690 Rimg5687 Rimg5682 洒落た街にこっそりとある小さな花屋さんは、どちらかと言えば店主の好みがしっかりと表れていますから、逆にお客さんの選択の余地もなく、結果、客層を狭くして売上的にはいかがなものなのでしょうか・・・。

最近は、このようなシンプルに色相展開している直球勝負な店が流行っていて、これですと買う側のイニシャティブによって色の組合せを自分で選ぶ楽しみがありますから、最近の若いお客さんには評判が宜しいようであります。

寒く暗くなる頃の自由が丘の街に、この一角だけが明るい光彩を放っていました。

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2007年12月23日 (日)

1956年・私の日記

310a_04_1 310b_04  小学校3年生の頃、家には秋田犬とスコッチテリアという全くのミスマッチ状態の二匹を飼っていました。当初は慣れない様子でしたが、半月も経たぬうちに仲もよくなり、毎日庭で遊んでいました。そんな頃の日記です。

突然ドッジボールの上に乗ったスコッチテリアの敏捷さにびっくりはしましたが、そのサーカスもどきの動きがユーモラスで、学校が休みともなれば、朝早くからこの芸当を見たいがために早起きして犬と遊んでいました。秋田犬はただ、ジーッと静観するだけで、スコッチテリアを羨ましく思っているのか、馬鹿にしているのかも分からぬほど、じっとしていました。

この絵には描きかけのまま終わってしまったのでしょうが、母がミシンを踏んでいる様子が見えます。何故これがミシンなのかとお思いでしょうが、これはまさしく戦前のシンガー・足踏みミシンです。母の顔の左に描かれたハンドルのような絵がその証拠であります。この頃、家にもテレビが入り、野球や相撲などの番組が楽しみでしたが、この時代、昼間はさほど番組数もあるわけでもなく、今のように一日中テレビに釘付けではありませんでした。ガラス戸を開け広げた家の中に見える食卓と椅子は父が好きだった松本民芸家具 http://matsumin.com/index0.html で、当時は創業者・池田三四郎氏が直接注文を受けて製作していたように記憶しています。

こんな絵日記でも、案外、その時代の風俗の記録ともなっていますから、自分なりにその時代にすんなりと戻れることが出来て満足しているのであります。

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2007年12月22日 (土)

果物ダンボール箱のグラフィック

Rimg5656 Rimg5658 Rimg5663 先日、太田市場に出向いて今年のフルーツの動向を見聞してきました。時期的にクリスマスを迎えているために相場もかなり高めで、イチゴなどは昨年の培近い価格となっているようでしたが、それでも市場はイチゴが飛ぶように売れ、午後2時にはイチゴは完売状態でありました。国内産地は山形県がフルーツ栽培王国に成りだしたようで、そんな情勢を知らずにいた私は、まだメロンの試験栽培が始まりだした30年前に鉄鋳物商品の開発に山形を訪れた頃を思い出しました。

ここ、太田市場には一年ぶりに訪れましたが、昨年よりさらに鮮やかなダンボールのグラフィックが目に入り、フルーツよりも私はこちらの方が気になって、しばらくは、卸業者のブースを徘徊して周りました。このチープな印刷感覚はなぜかT・Shirtsを彷彿とさせてくれて、寒い太田市場の構内でいっそう寒さがしみる気分でありました。

太田市場は意外と知られてませんが、素人衆にも解放されてますから、銀座・日本橋・神田方面の高級果物店で美味しそうなフルーツを記憶しておくと太田市場で出会えますから、その価格格差にも仰天して、たいへんなお得感で満足していただけますよ・・・。

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2007年12月21日 (金)

斧にも品格があります。

Rimg5421 Rimg5419 木と鉄という素材の組合せは、いつの時代にもその剛毅な様子から云って力強さの象徴の代表でしょうね・・・。建築の建具や家具などにも以前はこの組合せは多く見受けられましたが、今では柔な時代のニーズに合わないのか、なかなか見る機会が少ないように思われます。たまに建築関係の雑誌をめっくっていると、北欧・カナダの薪ストーブが掲載されていて、家のたまり場に鉄のストーブと薪があると何故か和む雰囲気が生まれ、そこからはノーマンロックウェルの穏やかな家族の寛ぎといったような挿絵を、彷彿とさせます。

このストーブ、どうやら最近では都心でも密かな人気のようで、その上、薪もわざわざ割ることなどせずに宅配便で届けてくれる時代のようですが、隣近所との煙をめぐってのいざかいもあるようです。それでも、環境が許されるのであればこのような斧で薪割りをして、せいぜい親爺の権威を見せつけたいものでありますが・・・。

私はストーブ・薪割りとは一切関係ない環境で生活をしていますが、この斧を見てしまってからというもの、暫く寝ていた物欲の癖が起き出してしまいました。スゥエーデンのグレンスフォシュ・ブルークス www.gransfors.com 製の斧ですが、此処の斧は近代工業化せずに昔のまんま、鍛冶屋の製法に徹しています。Ndhu Jkiu 鍛鉄から柄の取り付けまで数人の優れた職人が一貫して作り、その保証期間は20年という素晴らしさです。世間の趨勢とは関係なく、先輩から受け継がれた修練・鍛錬のもとに出来上がった道具は、ただただ、完璧なまでに美しいのであります・・・。

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2007年12月20日 (木)

1956年・私の日記

304_04 今、都心では土があらわな地面も見つけることが難しいほど、きれいに整ってしまった環境があたりまえの普段の生活環境でありますが、51年前は、朝、外に出ると霜柱が地表を持ち上げて、冬の季節のお約束風物となっていました。私の家は北側を神田上水が流れていて、その崖上にありましたし、風除けの塀もなく、冬の北風の強さが身に凍みていました。霜柱が出来る頃は庭の芝生も日陰が盛り上がり、子供にとって遊ぶ事も出来ず、ただひたすら、春を待つのみなのです。

それでも、スコッチテリアのピス・秋田犬のたろう、二匹とも寒さを楽しむDNAが濃いのか、霜柱を掻き出したりと、父のひんしゅくを買うことばかりの悪戯し放題でありました。

霜柱を通して輝く太陽の光が宝石のように輝いていたのを、よく覚えています。

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2007年12月19日 (水)

駒沢公園・陽だまり将棋

Rimg5358 将棋・囲碁の類にはまったく興味を示さずに今日まで来てしまいましたが、こんな光景を見ると、「やっとけばよかった」と思ってしまいます。父も家族もやらない家系が影響したのでしょうが、知っといて損のないことの代表格ですが今更覚える気力と根気など微塵もないのが現実です。、

駒沢公園の中でも一日中陽射しが燦々と降り注ぐ一等地のこの場所には、風の無い暖かいお昼頃、誘い合わせたようにこのようなシニアの皆さんが将棋を指しに集まって来ます。出来れば昭和40年代までは見られた縁台将棋と洒落て欲しいものですが、絵的には悪くない光景です。

駒沢公園も今や、週末は犬の公園デビューの聖地と化したばかりでなく、二子玉川的なカジュアルでヘルシーなトレンドスポットも周辺に出来始め、それにつられてお洒落な子連れのグループが増殖し、この日も周りには大勢の子供たちが駈けずり回っていましたが、頑固爺さん同士のこの勝負事には全く関心を示さず、近寄っても来ませんから、あの木村伊兵衛が撮りまくった下町の穏やかな画像にはなりませんが、この界隈では久しぶりのレトロ感たっぷりの時間を覗き見させてもらいました。このお二人、どうやら子供の頃からの友達なのか、お互いのやりとりにもぼけとつっこみが微妙に飛び交っていて、聞いてる方も笑いを隠すわけにもいかず、漫才的にも素晴らしいコンビのようでありました。

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2007年12月18日 (火)

ガラスのデザイン

Rimg5484 Rimg5487午前中に郵送物のチェックを済ませ、午後の予定まで2時間ほど暇でしたから、久しぶりに世田谷通り方面に自転車で散策に出かけました。

駒沢の北側にある世田谷通り界隈は世田谷区役所にも至近距離で、落ち着いた中に下町感覚が溢れ、商店街も気さくな店ばかりなのですが、ここ数年、ちょっと洒落たトラットリアやスゥイーツの店、さらに雑貨店が点在し始めて来ました。

このガラスのオーナメントを扱っているG・GLASSという店は、オーナーの小川次郎さんが今年の6月に始められたちょっと洒落たガラスのセレクトショップです。日本全国のガラス作家の皆さんとタッグを組んで、繊細な感覚のモダンなデザインのものが多く置かれています。

小さな町によくありがちな可愛いお土産屋さんのタイプではありませんし、港区界隈のモダンなリビングショップにも見られないテーストの編集が洒落ていて、実用性と趣味性の按配を図りながら、小川さんの選択眼を通して選ばれたアイテムの構成・展開がこの街に洒落た息吹を与えてくれてます。

この日は、技法的に優れたペーパーウェイト二点に魅かれてしまいましたが、今後はより日常の生活に潤いを与えてくれそうなアイテムにも広がりを考慮されているようですから、『ぶらり世田谷』の愉しみが増えました。

G・GLASS 東京都世田谷区世田谷2-6-5 グリーンアネックスⅡ 105

               電話:03-3429-2904

               

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2007年12月17日 (月)

鈴木信太郎のスケッチ

4_3 「こういう豊かでのびのびしたスケッチはどうしたら描けるのでしょうか・・・」、などと質問攻めに会いそうな典型が鈴木信太郎が描いたデッサン風のスケッチです。

ひと目で見ても鈴木信太郎の持つ卓越した描写力が、お分かりかと存じます。最近ではめったに聞くことさえ無くなってしまったこの画家の作品を、私はこれまでカタログなどを通して観てきましたが、やはりいつかは本物を目の前にしてみたいものです。

この林檎園を描いたのは1961年(昭和36年)ですが、幼少期の腰椎麻痺で車椅子を余儀なくされ、その低い視点からの構図が鈴木信太郎の独自のものとなりました。色鉛筆と水彩でさっぱりと描いたこの一枚からも、鈴木の豊かな感性が充分に表れています。

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2007年12月16日 (日)

置時計・リチャードサッパー

Img_7457 Img_7459 何とも美しい置時計は、1970年、リチャード・サッパーのデザインに拠るものです。リチャード・サッパー氏はイタリアデザイン界の中で最も安定したデザイン力量のある方で、この人の作ったプロダクト・デザインの多くは今も生産されています。『日常の中の最高美』をテーマにした彼のデザインを研ぎ澄まされすぎて、ちょっと・・・という輩も多いのですが、ここまでシンプリシティーな研ぎ澄まされた形を商品にしてしまうイタリアという国の文化には感服しますし、日本のデザイナー・メーカーをはじめ産業振興に携わる一同も、美しい環境に寄与するイタリアのモノ作りを見習って、相当な決意を以って志を変えないといけないかも知れません。

このところようやく、液晶テレビをはじめとするニッポンデザインの水準が上がってきましたが、プロダクト・デザインの横綱である自動車は相変わらず、ピンと来るものに出会いません。最近、東京ではフランスのきりっとした美しさの小型車がやたらと目立ってきた感じがしますが、反面、美しさにやや劣る国産車の比率が下がっているような気配がありありです・・。

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2007年12月15日 (土)

POST IT純正ディスペンサー

Img_7555  事務用品でPOST ITを知らない方は今時いないでしょうが、このディスペンサーはあまりご存知でない方が多かろうかと存じます。

この直球勝負のような受けを狙わない誠実なデザインの潔さが、往時のアウトドア用品のような用途に忠実なごとく、心地よいのであります。

ポップアップ式に構成された特殊なPOST IT専用のディスペンサーなのですが、ここにはアメリカの車に良く見られる余計な装飾もなければ、逆にヘビー・デューティーに徹しすぎた重装備にもならず、誠実な事務方の役目を自覚しているがごとく、簡素な美しさに徹しています。唯一、脇に控えめに刷り込まれたゴールドの印刷部分だけが、妙にアメリカ的といえます。

この商品も10年前に銀座・伊東屋で購入したものですが今は廃盤となり、この実直ともいうべき商品に代わるものが置かれていますが、突然変異と言われても仕方ないシャープでモダン過ぎるそのスタイルにはちょっと付いていくことが出来ません。Ds_123n1 まるで、地味な事務職ばかり居るオフィスに突然、卒倒しそうな美貌の女性が採用されたような違和感のあるスタイルですが、興味のおありになる方は銀座・伊東屋3階を覗いてみてください。

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2007年12月14日 (金)

等々力 文具うめや

Rimg5077 これほど修整なしの現役の店には、なかなか出会わないものです。それも世田谷区等々力・世田谷郵便局の傍、周りは素晴らしい住宅・マンションという環境の中、ひたすら昭和の残照を放っています。この店の前の通りは駒沢と等々力を結び、玉川通り・目黒通り・環状8号線に抜ける具合のよい尾根道で、私の自転車定番ルートであります。

今年のような暑い夏には、等々力方面から厳しい登り坂を上がって来て、一息入れたくなる絶妙の場所にこのコカコーラの看板が強烈に目に入り、どうしても自転車を降りて一服してしまうのです。このお店の方にはいまだに一度もお会いした事が無く、外の自動販売機で清涼飲料をゴクッと飲むだけなのでありますが、店が隠れるように茂っている樹木から蝉の声が唸るように聴こえ、50年程前の昆虫採集に熱中していた夏休みの頃を思い出してしまいます。

この店の左側に見える小窓の箇所は何だったのだろうと考えているのですが、はっきり分かりません。おそらく昔はこのコーナーでカキ氷などを作って売っていたような気配があり、そろそろお店の方にお会いして、この店と奥に繋がる母屋の沿革でもお聞きする機会でも持ちたいなあ・・・などと思っています。

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2007年12月13日 (木)

鉛筆削り・Faber- Castell

Img_7537 Img_7538 Img_7539 かれこれ30年以上使い続けている鉛筆削りは、王者・Faber-Castell製ですが、なにしろ今でも現役です。プラスチック製のものですから、使い捨ての象徴のように見られるところを、大人の大国・ドイツではしっかりした剛性設計により永久利用可能な製品として、完成させています。一つ一つの部品も完成度の高い素材で組み立てられ、マイスターのような親方が工具を駆使して製作したであろう芯先調整の金属部分などは、うっとり・・・であります。マシンメイドとハンド・メイドが同居している私にとっての傑作品であります。

さて、今のFaber Castell1のコーポレート・カラーのグリーンの色相が代わってずいぶんと経ちましたが、現在の色が濃すぎて馴染めません。私はこの鉛筆削りの明るいグリーンの時代の方が、納得・・・であります。Img_7550

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2007年12月12日 (水)

途中で止めた?スイス・ポスター

1201_1 Drawing:Max Guibler

スイスポスターのなかでも、潔く筆を止めた傑作はこれでしょう!。

絵を描かれる方であれば、よくお分かり頂けると思いますが、ついつい絵具を重ねて描きこんでいってしまい勝ちなのですが、この方はその邪心を捨ててピタッと、描き込むのを止めてしまいました。

このポスターを見て慌てたのはクライアントのスイス国鉄でしょうね・・・。しかし、さすが大人の国スイスでは制作者の意図を重視して、このまま、『鉄道旅行・道路を離れて』という題名のポスターとして採用しました。

出来上がってみれば、うまい具合に余韻と空気感が表れて、日本の浮世絵のような印象でもあります。また余談ですが、スイスの多くのクライアントにみられる姿勢として、ここでも自分の売りの部分(鉄道)があまりにも控えめであります。方や、日本の商業ポスターはCGと写真ばかりのクライアントべったりの作品か瞬間的なインパクトを狙ったものばかりが目に焼き付き、街を歩いていても、商売っ気ありありのポスターばかりですから、このような叙情絵画のような商業ポスターを見るとほっとするのであります。

中間色の配色に相当苦心した跡が見られますから、もしかすると、途中で止めたのも折込済みだったのかも、知れません。コバルト・マゼンダと呼ばれるローズとバイオレットの中間色の夕焼け色が、ややもすれば子供っぽく成りかねないのですが、草原の灰色を帯びたグリーンとの絶妙な補色関係を生み、プロフェッショナルな冴えを見せてくれています。

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2007年12月11日 (火)

ホイッスルは便利です。

Img_7463 40年以上昔に頂いたイギリスのポリスが使うホイッスルは、音のキーの高さもさることながら、いかにも英国的で洒落た姿であるがこそ、これまで捨てずに永く抽斗の中に入っていた由縁であります。

このホイッスル、高校時代の自転車ツーリングには出番の多い脇役で、縦一列で走行中に、たまに後方でトラブルが起きたりすると、この道具の一吹きで全員が停車するわけです。その後、頻繁に行われたサイクリング部主催のツーリングには、外部の方の参加も歓迎でしたし、サイクリングのいろはを知らない後輩も一緒に走る頻度が多かったので、どうしても手入れ不足な自転車の故障なども多く、すんなり無事に終えたことなど殆どなかったと言っても過言ではありません。

その頃からホイッスルにつけていたストラップは、革製のものからケーキ屋さんのリボンまで、様々なものを何度も取替えましたが、最近もついに駄目になったものですから、娘の大事にしていたモントリオール世界水泳選手権のストラップに交換してみると、グッとスポーティーになりました。元来、スポーツとは関係ないポリス専用のホイッスルでありますが、こういうレベルであれば異業種交換も許されるでしょう・・・。

ACME Metropolitan Police Whistle #91 http://www.acmewhistles.co.uk/xcart/customer/product.php?productid=91&cat=7&page=1

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2007年12月10日 (月)

堀商店の構え

2Img_7198

3 Img_71991 新橋の堀商店( http://www.hori-locks.co.jp/index.html )の店構えは、次々と戦前の美しい建物が、何らかの理由によって消えていく中、そのクラシックな装飾を控えめに施した意匠が、今風の軽さの微塵もなく、堂々としています。

1932(昭和7年)年にできたこのスクラッチタイル壁面の建物のロートアイアン(鍛鉄)と呼ばれる手作りの美しい正面入口も、野暮で街を殺してしまっているシャッターなどが全国の路面を席捲している中で、ぴか一の品格を維持しています。石段には、これも美しい真鍮の象嵌がj施され、40年ぶりに接近してじっくりと見て周りましたが、細部にも手を抜かないところなど、やはり、安心・安全を売り物の錠前屋さんだからこその、こだわりなのでしょう・・・。

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2007年12月 9日 (日)

武相荘

Rimg5356_3 Rimg5341_2 Rimg5345_2 Rimg5324_2Rimg5350_2 このところ、青葉台・鶴川方面に出向くことが重なり、その都度、暫く行かなかった『武相荘』http://www.buaiso.com/ に行く機会がありながら、なかなか実行出来ませんでした。

12月7日、山口敏孝邸に届け物をする前に訪れましたが、紅葉も終盤期に入っていて、華やかさはないものの、葉も落ちて、枯れた雰囲気の環境をしばし堪能しました。それでも訪れる中高年はひっきりなしで、シャッターチャンスのタイミングを取るのに時間が掛かってしまいました。殆どの人は部屋の中に入って、生前とほぼ同じ状態の設えを味わってましたが、人の多さに閉口して、私は周囲を探検することに終始しました。納屋にある白州次郎が使っていた工具箱や修理台はすっかり埃だらけでありましたが、所謂、ブリティッシュ・フレィバーが薫ってくる男の世界でしたし、次郎愛用の時計・モデルカーをじっくりと見据えてきました。

最近、白州次郎・正子関連の書籍が次々と出版され、やり過ぎとの批判を浴びているようですが、やはり此処に来ると昨今の間抜けな連中とは雲泥の差がある次郎・正子独特のエスタブリッシュメントの気配を嗅ぐことができて、ダレ切ったこの時代を睨んでいる白州夫妻が何処からともなく浮かび上がってきそう・・・であります。

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2007年12月 8日 (土)

エレガントに変身!

Img_7455 Img_7453 Img_7456 イタリアン・デザインの真骨頂は、素材の特性を熟知した技術屋さん・木型職人がデザイナーと三竦みとなって創造力の限りを尽くして、徹頭徹尾、新価値創造への飽くなき追求が強烈なところでしょうか・・・。

このオイル・サーバーは、10年ほど前、あまりの美しさに驚愕して衝動買いしてしまったものです。金属の特性を見抜いたうえで、その使われる場面のエレガントな人の立ち振る舞いまで規制してしまいそうなスタイリングでありますが、この辺の感性は、ニッポン・デザインの一番不得手な分野ではないかと思います。おまけにプラスチックのカバーが、突然変異のように存在するところなど、イタリアデザインの時代感覚を自由に泳ぎまくるコンテンポラリー特性が強烈に出ています。

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2007年12月 7日 (金)

懐かしの郊外山の手風!

Img_7434 Img_7435 Img_7436 自由が丘周辺の奥沢・緑が丘・大岡山は全国的には知られてませんが、東京でも戦前からのハイエンドな郊外型住宅地ですから、昭和の典型的な和洋折衷型の建物を僅かながら見つけることが出来ます。

この物件もみごとにメインテナンスされていて、住み手のこの住宅に対する愛情が伝わってくるようです。自由が丘周辺も最近の建築ラッシュのおかげで、素晴らしかった山手住宅の見本のような物件が急激に跡形もなくなってしまい、風格のある景観が次々と消えていく状況ですから、失礼を承知でスナップさせていただきました。ことによると戦前のものかも知れないこの建物の折衷感覚は、木造と漆喰壁・瑠璃色の瓦と銀鼠色の日本瓦の按配が時を経た風化によって、落ち着いた姿となっていて、昭和35年http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1960.htmlの東宝映画『自由が丘夫人』にでも、登場してきそうな、その頃の優雅な郊外の残照が伝わってくるようです。

おそらく、当時ちょっとモダン好みの施主は家族に反対されたかも知れないほどの大英断を以ってこの外観意匠を決定したのでしょうが、今となれば建築風俗史の面白折衷サンプルとして、どこかにでも記載されるかも知れませんね・・・。

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2007年12月 6日 (木)

スイスPB社の工具

Rimg5211 201_39 渋谷・ロフトが出来た1980年代の半ばはバブルの黎明期でしたから、それはピンからキリまで、正統な考えの店から怪しげな店まで、東京を始め全国各都市に至るまで、それまでとは違ったタイプの小売店が跋扈していました。

渋谷ロフトも今のように若年層だけの店ではなく、店舗の考えから品揃えの隅から隅まで、しっかりと目付け役をしていたM野氏のライフスタイルを隠し味にして、各階に洒落た趣味の男が涙するようなこだわりの隠れ屋敷のようなコーナーが散りばめられていました。

私は、M野氏とは競争相手の百貨店で新しい店の創出に孤軍奮闘していましたが、ある日、担当フロアーのT山部長の計らいで水野氏をはじめ新しい小売のあり方を模索している皆さんと会食する機会を与えられました。場所はたしか、恵比寿の店だったと記憶します。話は専ら、次世代のために百貨店はどうあるべきか・・・に終始しましたから、私も若気の至りで普段考えている想いをありったけ話しましたし、自分の趣味のことまで話す機会を得ることができました。この集まりがキッカケでその後輪が拡がり、結果的には新しい志を持つ若い事業家・取引先・職人・料理人までも集まり出し、私のいた会社では次の百貨店を支えるであろう、新しい感性の取引先・個人の情報をストックするセクションとして、顧客開発室が誕生、初代室長にはそのT山氏が就任しました。

さて、この工具は渋谷ロフトで今から20年近く前に購入したスイス・PB社製のもので、現在同じデザインのものはありませんが、このアイテムは製造されています。ポリカボネートを使った当時は珍しいハンマーでありますが、私はこれを肩たたきとして愛用しています。何といっても、そのポリカボネートが肌に当たる感触が独特のタッチでして、此れに代わるものが無いのが実情です。

それでも本当は,こんな素晴らしい道具に囲まれ、好きな日曜大工や楽器・自転車の修理をするためのアトリエを造ってみたかったのですが、未だ実現には至りません・・・。

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2007年12月 5日 (水)

やっと届いた大竹伸朗・全景

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大竹伸朗 全景 1955-2006

 現代美術の最先端で、常に躍進を続けてきた画家、大竹伸朗のはじめての大回顧展が開催されます。国内最大級の面積を誇る東京都現代美術館の企画展示室全フロアを使用する、日本の現存作家の個展としてはじめての規模で大竹伸朗の「全景」を展開します。

 80年代初頭に新しいペインティングの旗手として鮮烈なデビューを飾って以来、目に映る世界をすべて題材として、質・量ともに比類ない絵画を生み出し続けるとともに、立体、写真、本、印刷物、音など、衝動のおもむくままにあらゆる手段を取り込んで、多彩な活動を展開してきた大竹伸朗。彼の影響力は、現代美術の世界にとどまらず、写真、デザイン、文学、音楽など、世代を超えてあらゆるジャンルに及ぶといっても過言ではありません。
総制作点数3万点を超えるという、圧倒的な制作量と活動の幅広さを受け入れられる場が存在しなかったために、その創造の全貌はいまだ謎に包まれています。本展覧会は、30年にわたってほとんど人目にさらされることなく制作され続けてきた「スクラップ・ブック」をはじめて全点一挙公開するほか、少年時代のスケッチから、本展のために制作されたパワフルな新作まで、選りすぐった2000点あまりの作品群で大竹伸朗の全仕事を紹介する、またとない機会です。

昨年10月14日から12月24日まで開かれた大竹伸朗の展覧会 http://shinroohtake.jp/ に行って、その圧倒的な作品量と年代ごとに自由に変貌する表現と素材の展開に、正直、未だ若いのによくもこれだけのエネルギーが在るものだと感心していました。芸大時代の卓越したデッサン力はもちろんですが、少年時代の漫画の模倣にも既に模倣以上のセンスが垣間見られ、秀逸でありました。最近は宇和島に居を構えて、世俗の戯言を断ち切って、独自の境地に達しているものの、妙な厭世観はなく、都市のもつ享楽性をもスパイスとしてタブローに差し込んでいます。

と、ここまでは、通り一遍の話ですが、この展覧会のカタログが実に延期に次ぐ延期となってようやく、一年かかって12月4日に到着いたしました。その経緯は分かりかねますが、多分、大竹伸朗さんの完璧主義な性格に相反する出来事や成り行きがあって、ちょっとしたミスさえ、大竹さんは見逃さなかったのではないでしょうか。総重量5キロ以上・ページ数1152という、このお気軽時代では快挙といってよいほどの素晴らしいヘビー級の出来栄えです。印刷は光村印刷ですし、これに携わった方々のご苦労たるや、想像に絶することどれほどばかりであったでしょう。さらに、コストを途中から度外視しなければ、この凄さと見事さを兼ね備えた作品集は実現しなかったに違いありません。

見る方も半端ではなく体力、とくに腕力を要しますから、いかにも柔でない大竹伸朗さんに相応しい作品集となっています。今後の活躍も愉しみですから、さらにこれと同等以上の作品集を期待しています。

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2007年12月 4日 (火)

駒沢の落ち葉拾い

Rimg5209 Rimg4995 今年の紅葉にはあまり期待していなかったのですが、先月末からの引き締まる温度差のおかげなのでしょうか、駒沢公園の銀杏や桜・楓も色付きが急激に鮮やかになりました。

今朝も早くから引っ張り出されましたが、犬も落ち葉の上を踏んで歩くのが無性に好きな様子で、興奮気味でした。園内のいつものルートを散歩をしていて、ふと昔のことが蘇ったので、落ち葉を何枚かポケットに入れて家に持ち帰って、早速、水彩でさらっと描いてみました。小学生の頃、秋ともなると担任の清水先生と校内を歩いては季節の移ろいを感じとる生活出来事や、自然環境の変化などを、先生の丁寧な解説と周りに見られる実例を通して教わりましたので、そのことが頭を過ぎったのです。

この一月ほどまったく絵筆を持たなかったので勘・段取りが鈍ってしまい、面相の筆捌きにもためらいの跡がありありと出てしまいました。やはり日々の練習を怠ると何ごとも駄目なのであります。この水彩画はとくに混色タイミングが難しいのですが、今朝は混色のリズムが全くと言ってよいほどスローペースとなってしまい、納得いかないメリハリのない仕上がりとなり、それをごまかすには落ち葉そのものを上から添えるしかないのであります。

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2007年12月 3日 (月)

1956年の日記より

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今年の暖かさに比べ、51年前のこの日は寒かったのであります。といってもこの日記は12月3日の記録ですから、これまでなら当たり前の話でありますが・・・。

まだこの時代には、朝早く豆腐屋さんが自転車の後ろに檜材で作られた綺麗な箱を載せ、その中には豆腐やがんもどきなどがたっぷりと入って、家々を回り営業していました。独特のラッパの音色も朝らしからぬ哀しさがあって、子供ながらにも朝から切ない気分になったものでした。

この頃の久我山はほんとうに長閑な村のような所でした。父が此処に居を構えたのは昭和19年頃で、全くの外様の上、芸術を糧にしていた者でしたからずいぶんと胡散臭い目で見られたようで、最初はこの土地に馴染めなかったようです。その上、周りの住人はほとんど150年以上昔から代々此処で暮らしていた人ばかりで、ご近所さんとのお付き合いも変わることなく夫々三代・四代に亘り、中には安政時代に生まれたおじいさんが、かくしゃくとして野良作業に勤しんでいましたから、子供心に「ずいぶんと目つきのするどいおじいさんだなあ・・・」と思っていました。

そんなところでしたから、家の周りは優しい感のある武蔵野雑木林というより、荒々しさばかりが目立った原始感覚の野原・雑木林に囲まれた、『探検ごっこ・水雷艦長』などには事欠かない、子供にとってはまさにユートピアでありました。

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2007年12月 2日 (日)

部屋中、ペナントだらけ!

Img_6374_2 小学生の頃の部屋には日本地図や、あいうえお・9x9掛算などを壁に貼ってあったものですが、中学生から高校生にもなると、段々色気づいてきて、私世代ですと、アメリカのポピュラー歌手や映画俳優のポスターが壁の主流だったと思います。

兄弟のどちらかがちょっとお洒落な家庭ですと、例えば兄の真似をして、アイビー・リーグのペナントを飾ったりするのが、洒落者への近道・王道であったものです。当時のペナントといえば日本の観光地のお土産といったイメージしかなかったものですから、本物のアイビー・リーグのペナントを見た時は、そのしっかりとした出来具合に感激して、修学旅行で買った京都のペナントの貧弱さばかりが目立ち、ゴミ箱行きとなってしまいました。

今は残っていませんが、父の友人の伝手で頂いた、コロンビア大学のペナントはその後10年近く私の部屋の主役でもありました。

こと左様に1960年代は、TV・フォークソング・アイビールック、等などアメリカン・ポップカルチャーのラッシュ時代でありました。

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2007年12月 1日 (土)

OPAの両手鍋

Img_4448 Img_4450Img_4449 1975年頃に伊勢丹で開かれたイタリア展で買ったOPAの鍋です。この鍋も、不用品だけを入れた古いダンボールの中から出てきたものです。いかにも無駄のないデザインですからドイツの商品と思いがちですが、イタリアにもこのような明快なコンセプトのデザインが存在していました。当時、日本の家庭用品メーカーはその売上の大半をギフト需要に頼っていましたから、どうしても、主婦に受け易い柄物を取り入れた装飾が施されたものばかりで、キッチン環境との統一性を考慮した、無駄の無いステンレスのデザインなどは生まれる土壌もなかった時代です。

今、久しぶりに見ていますが、ステンレス板と丸棒を最小の工程でこうも見事な形にまとめたセンスに拍手です。キッチンレンジの上での料理に適応することを最大考慮したこのフォルムは写りこみも綺麗ですし、あのステンレスの板がこんなにもエレガントに変身するとは、当時誰も思っていなかったでしょうが、業界筋の方々にもたいそうな人気を博しました。

その後、あるインテリアの雑誌でこの鍋をデザインした方の「この鍋のデザインの発想の元は日本のなつめ(棗)から来ています。」と云う記事 を読んで、思わず納得しました。このシリーズには他にケトルやティー用品などもありましたが、私は一目ぼれでこの両手鍋に飛びつきました。大の男が鍋などに・・・!などと思われる方も多かろうと存じますが、実物のセクシーなフォルムを、まのあたりにしますと女性らしい線が鍋以上の存在感を放っています。

デザインを指導する先生方にとってOPAの鍋は、市場性を優先せざるを得ないプロダクト・デザイン の世界において、受け狙いの要素を一切拒否し、、まさにターゲット・用途環境の焦点を絞った「純粋デザイン」のお手本でありました。

このような形態のものでしたから、それほど売れたわけではありませんが、その影響はじわじわと浸透して、あの無印良品のデザイン方向性を決める会議において、ひとつの象徴のサンプルとして役立ったそうです。

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