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2008年1月28日 (月)

スイス・ポスター 1916年

Swiss1314 Drawing:Emil Cadinaux

今では東京から軽井沢に車で向かうには、関越自動車道から藤岡経由で上信越自動車道を通るのが王道でありましょうが、1960年代から1970年代の中頃にかけては、川越街道から本宿に向かい和美峠を抜けて行くのが車好きの連中には渋滞を避けるルートでありました。

今のように、クーラーも完備していた時代ではありませんから、どうしても夕方涼しい頃に東京を出て、夜、軽井沢に着くという考えが普通でありました。夜の川越街道は漆黒のような闇夜でしたが、雲が無ければみごとな天の川も見えるというご機嫌な夜のドライブでありましたし、車も少なく、意地悪な覆面パトカーにも出会うことなく、飛ばしに飛ばして東京・軽井沢間を一時間半ほどで走破した兵も居た時代でした。本宿から軽井沢方面に向かう途中から一気に上りとなって、先の確認が難しい真っ暗な未舗装道路を走るのですが、和美峠の何箇所かは、このポスターそのままといった場所があって、調子に乗って運転した仲間には転落した者もいたのです。今ではすっかり快適な林道のようになっていますが、30年以上前はブルーグラスミュージック http://www.youtube.com/watch?v=BZL83wR9jTg の華やかなサウンドのカセットテープを大音量にして走らないと、後ろからお化けでも出るのでは!などと想像してしまうほど真っ暗で恐ろしいほどの静寂な抜け道でありました。

さて、このポスターは1916年に制作された石版刷りのものですが、スイス製の自動車・Martiniの性能がいかに素晴らしいかを訴求しています。車を控えめに表わしている点は、他社のポスターにもいえるのですが、商業臭さを表に出さないヴィジュアル指向のスイスポスターの典型でもあります。

このポスターにはフランス・イギリスをはじめ、徐々に国境を越えた自動車レースが盛んに開催された時代の薫りがしてまいります。

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