« イームズ夫妻の楽しさ! | トップページ | 1956・久我山のモダン住宅 »

2008年1月 7日 (月)

1956年・私の日記

318a_04

318b_04小学校3年生の一時期、何がそうさせたのかは 、定かではありませんが、突然、模型作りにのめり込んでいきました。

小学校の帰り、普通の良い子はまっすぐお家へ帰るのでしょうが、私は父の血をひく遊牧癖でもあったのでしょう!・・・、吉祥寺の街中をもうこの頃から徘徊しては町のもつ面白さを堪能していました。

とくに北口のマーケットは今もその面影が僅かながら残っておりますが、当時から独特の趣きがあって、子供ながらスリリングな感覚を覚えました。なにしろ、アメリカ軍基地の横流しモノから農家直売の卵売りまでと、その幅と懐の深さが尋常ではなかったのです。

そんな中にぎっしりと模型部品で埋まっていた『歌川模型』を見つけた時の、ドキドキ感は、それまで味わったことのない出来事でした。この戦艦武蔵を始め、一年間ほどで、20以上の戦艦・巡洋艦・駆逐艦、それも日本海軍のものばかりを作りました。歌川の親父さんも面白い人で、今から思えば実に江戸っ子らしい台詞回しのような調子で、模型の奥深い世界を講釈してくれたのです。

この店と、6年後に出会う『東京サイクリング・センター』の板倉修さんという、二つの店と店主の強烈な個性と神通力をまともに浴びてしまったことこそ、その後、私のこだわり癖と職人的感覚が身に浸み込んでしまった最大の要素かも知れません・・・。

|

« イームズ夫妻の楽しさ! | トップページ | 1956・久我山のモダン住宅 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/5537235

この記事へのトラックバック一覧です: 1956年・私の日記:

« イームズ夫妻の楽しさ! | トップページ | 1956・久我山のモダン住宅 »