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2008年2月15日 (金)

1969年・八方尾根

19699 学生時代も終盤に近づき、周りの連中は授業と就職情報にそそくさとしていましたが、1969年(昭和44年)の春、私は相も変わらずスキー三昧の春休みでありました。多少のデザインに関係するアルバイトのおかげで、春スキーのために溜め込んだバイト代をこの春の楽しみのために一気に使い切っていました。免許も取って、念願のブルーバードSSSを購入し、はじめて八方尾根まで車で行きましたが、中央高速は甲府手前までしか完成してませんから、その先延々と塩尻峠を越え、9時間近く掛けて八方尾根までのロング・ツーリングを独りで堪能していました。八方尾根に初めて行ったのは1968年からですから、この写真はその翌年ということになります。

デザインに関係するアルバイトの他、銀座のスキーショップのアルバイトなど、遊びのためにはこれでもしっかりと稼いでましたが、銀座のスキーショップに入荷する最先端の道具が買わざるを得ないほど希少なブランドばかりでしたから、誘惑に弱い私はバイト代を前倒ししては、手に入れてました。この靴はROGGが初めて採用したカンティ・レバー方式でしたし、ストックは念願のSCOTT、板にいたっては当時のスキーマニア垂涎のブランド・スイスのSTOCKLI(一般には銅鍋のメーカーとして有名ですが)と、学生の身分ではあまりにも驚愕値段でありましたが、又バイトで何とか出来るだろう・・・などと軽い乗りで購入したものばかりです。

奥に見える東急山荘は、未だ、だるまストーブがぎんぎんに赤く焼け、ワイヤーに吊るされたグローブからは汗の臭いがうっとおしい、トラッド感に満ち溢れたロッジ風の山小屋で、ここでいただく洒落た珈琲やサンドゥイッチが周りの小屋のメニューよりもモダンな感じでしたから、滑り降りてはよく休んでいた場所です。

19691_1 今では、日焼けがダサい時代ですが、当時は黒く焼けていることがある種のスティタス性を含んでいましたから、誰に教わったか定かではありませんが、CocaColaとメンソレータムを混ぜて塗ると速く濃い色に日焼けするなどと云われていた時代ですから、私もご他聞に漏れず、小僧の手習い風に真似をしていました。

細野村の定宿『八平荘』を出て、一日中、春時期の強烈な日差しを受け、東急山荘の目の前に広がる鹿島槍をはじめ北アルプスの雄大な眺めを日焼けしながら、ぼーっとできる至福のひと時を満喫していました。

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