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2008年2月12日 (火)

エスクアイア誌・1990年代

Img_7716 Img_7717 Img_7718 Img_7719 Img_7715 昨今の男の雑誌の跳梁跋扈に僻々しているのは、私だけでしょうか。デスクトップで出版の心臓部といわれる編集とレイアウトの殆どを完了することが出来、さらにアートディレクターが介在しなくとも、消耗品扱いのようにグラフィック処理が進行していくご時勢では、見応え・読み応えのある雑誌など、期待する方が時代遅れなのかも知れません。もう殆ど、情報敏速処理加工業そのもののようであります。それでも、1990年代の『ESQUIRE』などを捲りますと、本好きな集団が夫々の情熱と拘りを以って、一冊一冊に入魂しつつ、刊行していった様子が此処彼処に垣間見れます。余白センスのある編集担当者が関わった趣きのページには、小気味よい文案がさらっと書かれて、要所・急所の押さえどころに一分の隙もなく、この雑誌制作集団の団結力が表れているようです。

ページを捲りつつ、突然、目の前にポール・スミスの厚いFAIROFAX手帳のなどをド迫力の見開き写真で見せられると、当時(1992年)一般にも普及し終わった感のあるこのシステム手帳を、今も再度購入してみたくなります・・。この雑誌には伝統的に物欲を喚起させる魔術のようなセンスがあるのですが、この写真などはその冠たるものといえるでしょう。

臨時増刊などのフェイントで雑誌おたくの意表をついては、斬新な切り口で男の世界を古今東西按配よく調理していましたが、その後出版社も変わり、当然担当者も代わって、現在この雑誌には、目新しさの方にばかりネタが偏り、往年の大人の正しい在り方という頑固一徹さの視点が全くといってよいほど、薫ってまいりません。

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