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2008年3月19日 (水)

1968年・都市住宅

Img_6559 Img_6560 Img_6561 仕事柄、古い雑誌も捨てられない事が多いのですが、周りの皆さんは、スキャナーを通して、PCにデータとして取り込んでいるようです。確かにそうすればスペースもスッキリして気持ちよいことは分かるのですが、自分にとってその時代とシンクロしているような雑誌・資料の類は、そう簡単に潔くはいかないのであります。

この、都市住宅誌も何十年分をストックしてましたが、処分しようと決心したものの、昨今の古本市場の非情さもよく分かっているので、熟慮を重ね、1960年代から1975年あたりを残し、その他を廃棄しました。残した中でも、最も私が気に入っているのがこの写真の二冊であります。いわゆる建築におけるバナキュラー(地域性)を採り上げたものですが、この頃、建築だけでなく音楽・絵画などにもインターナショナルな無国籍感覚とのバランスをとったのか解りかねますが、同じ傾向が芽生えだしました。この頃、私が興味をもってどっぷりと嵌まりこんでいたブルーグラス音楽・サザンロック音楽にも地域の伝統を絶やさないリズムや音色が散りばめられてました。

この雑誌を見て、1965年頃から始まったジーンズ革命のような、カジュアルでありながら普遍性をもった自分が楽しむための道具としての建築に、私世代はたいそう影響を受けたのであります。今や、エコロジー建築が大きなトレンドとなっていますが、この時代はもっと個人の楽しみとしての建築といった要素が強かったように記憶していますし、当然、WHOLE EARTH CATALOGの影響も多大であったこと、間違いないのでした。

Bji この雑誌に登場したシーランチという海辺の建物には特に憧れ、わたしと同じような感覚を持った人が多かったのか、この翌年には郊外・別荘地にもそっくりさんがどんどん建つようになりました。日本ブルーグラス界の名バイオリニスト、佐宗知自彦さんが経営していた苗場・BLUE RIDGEというペンションもこの『アメリカの草の根』の傾向を素直に採り入れた建物で、中にはいると杉の香りもたっぷりでしたから、夜な夜な暖炉の前で繰り広げられるブルーグラスのジャムセッションは、日本でないような感覚をもつほどでありました。

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