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2008年3月 6日 (木)

エドワード・ホッパー・Williamsburg Building 1928

Ed11_1 すっかりフラットな工期短縮ビルばかり乱立するこの東京ですから、昭和の残影が薫る物件も、知らぬうちに解体され、あっという間に大変身などということが頻繁のようであります。外面はいかに堂々たる西欧風でも内側の老朽化を防ぐ手立てもなく、よほどの文化遺産的価値のある物件以外はおつかれさまでした・・・と労うほか手だてがありません。

さて、ツール・ド・フランスをはじめとするヨーロッパの三大自転車レースでは映像の世界でもその美しさを競い合っているようですから、去年あたりからぐっと迫力ある映像がレース以外の景観や名所・旧跡にも及んでいます。へりコプターからの迫力画像を通して飛び込むフランス・イタリア・ドイツ・ベルギーの、中世から変わらないそのままの田舎町の美しさを感嘆しつつ見ているだけで、下手な観光番組よりも行ってみようと思うモチベーションが一気に高まります。こうやってみると、日本の観光地には、ある時代そのままの景観パノラマを自慢できる町というものがないですから、せいぜい正月の箱根駅伝がその面白さも含めて世界に発信できる唯一の国産スポーツかも知れません。

さて、このエドワード・ホッパーが1928年に描いたニューヨークのビルディングの絵にはクラシックな建物の美しさと、ラスティックな素材感が街を穏やかにしている様子を表わしています。厚い外壁に美しい意匠を施した窓からは、このビルのステータス性をも感じとれます。最近のスリムなビルを見ていると密閉されたガラスからは『窓』という感覚が消し飛んでしまって、単なる採光だけの事務用品といった感覚しか覚えません。確かに技術が進化すれば薄く・軽くなっていくのはどの分野であっても、自明の理なのでしょうが、人が息づいている場所では如何なものか・・・などと、独り問答しています。

この絵のなかに独り窓越しに腰掛けている女性がおりますが、思い込んでいるような様子なのか、下の大通りを通過する車や人々を観察しているのか・・・など、想像力が膨らんでしまいます。また、窓一つ一つの遮光カーテンやルーバーの按配も異なっていて、この表現だけでこのビルに暮らす人の生活が垣間見ることが出来ます。

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