« 時計あれこれ | トップページ | ご機嫌な宿まで、もう少し »

2008年4月15日 (火)

広重・駿河町

035 もうこうなってしまうと、日本一の呉服店・越後屋(三越)の元旦の縁起物のような広告かと思ってしまいますが、れっきとした安藤(歌川)広重の手による安政三年(1856年)の刷物です。

もう見事としかいえないワンブロックを一店舗で占拠したランドスケープは、広告の典型のようなものです。通りの左が現・三越、右が現・三井タワーでマンダリンオリエンタル東京がそびえています。

さらに奥でそびえる富士山はあまりにも至近距離で、正に駿河の国の駿河町・・・観光振興のポスターといっても問題なしといわれるでしょうが、実は画面中央を貫いている通りが日本橋通りでして、正確に富士山の方向を示しているところから駿河町と呼ばれたとか・・・。富士山をグッと引き寄せて、雲で時空を越えるところなど、嬉しくなるような技を大サービスで駆使しています。

広重はなかなかの才覚者で、算盤勘定もセンスがよかったそうですから、この画面など正に越後屋さんから、たんまりと・・・を・・・などと勘繰ってしまいますね。

そして152年後、今やこの越後屋・現三越も、ずっと新参者の伊勢丹の傘下に降り、多くのOBの皆さんもこれまでの栄光の歴史を、思い出として封じ込めねばならなくなってしまいましたが・・・。

|

« 時計あれこれ | トップページ | ご機嫌な宿まで、もう少し »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/8014180

この記事へのトラックバック一覧です: 広重・駿河町:

« 時計あれこれ | トップページ | ご機嫌な宿まで、もう少し »