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2008年5月31日 (土)

杉浦茂・猿飛佐助

Rimg9748_2 Rimg9872_2 テレビが普及する以前の話ですが、小学校2年生になった1955年頃、全国の少年に、はしかのように、集英社・おもしろブックの杉浦茂の漫画が伝播蔓延しました。その中でも、この猿飛佐助は当時の子供のレベルでは難解・意味超越なハイパーギャグと、次々と登場する愉快なコラボ・ネーミングの登場人物、そしてスピーディな場面展開を通して、あっという間に日本全国に杉浦人気を不動のものとしました。

当時、漫画の市民権など皆無な時代でしたが、私の家では、やや先進的なものごとに理解のあった父のおかげで、他所のご家庭のように親に怒鳴られる事なく、あっさりと本棚に教科書と同列に並ぶようになりました。

猿飛佐助に満載の、リズミカルな調子のギャグは、一気に校内にも蔓延仕出して、昼休みの校庭はさながら、このギャグを真似て、真田十勇士と徳川方の隠密との忍法騙し合いを楽しむが如くでした。しかも、この漫画のお陰で、低学年から高学年までが先輩・後輩関係なく同学年化してしまいましたから、昼休みは普段接触の薄かったお兄さん方ともお近づきになることも出来、この後、私世代が先輩に対しても怖れなく接する度胸のあるのは、ひょっとすると、というよりも殆ど、杉浦漫画の影響が相当なウェイトを占めているように思われます。

集英社・おもしろブックはその後、40年近く家の奥に麻縄で縛られて保管してありましたが、10年ほど前、古書店に仰天するほどの高額で売ってしまいました。しかし、子供時代の記憶を辿るために、最近ネットを通して、杉浦茂ワンダーランド・第五巻を、これも定価の三倍以上という相当の高値で購入して、53年前と同じように大声を出して、笑いこけています。今、この漫画を観ていると、その、新旧の画風の組み合わせ、今も光彩を失わないナンセンス・ギャグの鮮度・・・など、もうアバンギャルド古典の風格なのであります。人によってはこの漫画をまともに人生の字引にしてしまった、アーティストも少なくないようですし、私などは、楽天主義の基盤をここから刷り込まれてしまった感が、おおいにあるのです。

因みに、猿飛佐助に登場する、以下の人物のネーミングをみると、中には、当時の風俗・ヒーロー・事件が見え隠れしていて、半世紀以上の経過を感慨深く思うのであります。

さるとびさすけ にせさるとびさすけ どろんきえのすけ こうもり小僧  コロッケ五えんのすけ とざわはくうんさい さなだゆきむら ふうせんガムすけ たまのり小僧 おもしろかおざえもん やさいサラダのすけ ちくわあなの守 くろまるぽんた たまごきみのすけ まるいがんものじょう おおてむちゃのすけ うどんこプップのすけ もなかあんの守 なんでもポキンのすけ ヨーヨーたろう いくさすきの守 だんごくしの守 かまぼこいたの守 こうもりずるの守 するめいかのすけ フライビンズのすけ おちゃづけ三ばいのすけ ハムカツ十円のじょう ビキニまぐろのすけ さばのじょう おおめしくうぞう たんげ五ぜん ろくどうざん ちゃちゃきこじろう どらまてんぐ がまぐちふくらみのすけ デコぼう あらますごえもん(すげーもん) まるいだいふく バテレン怪人 怪人鉄の爪 ビタミンカロリーのすけ(ビタミンBすけ)
えいようバタすけ ごうけつあかマント あんこすきの守 カッパタロー おおそうじでんじろう
くろいよしお からてチョップのすけ らくどうざん ジャガタラいものすけ すがた三五ろう
しみずごろちょう トンヤンライ やきそばろうじん ポコペン小僧 ガボガボ仙人
やきぶたにいちゃん らっきょうぼうや デレンメガネのすけ

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2008年5月30日 (金)

鈴木新太郎・草上の桃 1930

40 昭和の始め頃、鈴木信太郎は頻繁に奈良を訪れて、奈良ではの、風も爽やかな秀作を数多く遺しています。

奈良公園で描かれたといわれるこの絵にも、鈴木信太郎ならではの、優雅な生活感が表現されていて、観る者に豊かな気持ちを呼び起こしてくれます。

この構図からして、鈴木自身がビール瓶や桃の入った篭などを試行錯誤しながら、この画面に落ち着いたのでしょう。季節は初夏なのでしょうか、草花の香りさえ感じるような静物画と風景画の中間作品です。何故か、グラスが見当たらないところなど、鈴木信太郎の繊細でありながらも、大雑把で大胆な性格がよく出ています。

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2008年5月29日 (木)

深山幽谷?北の丸公園

01_2 都心の自転車徘徊にも落とし穴というべきことがあって、慣れている場所であっても、普段と違うコース取りにより、偶然通りかかって観る初めての景色にびっくりすることも、多々あります。03_2

此処、北の丸公園は、これまでパレスサイドビル(毎日新聞社のビル)から紀伊国坂を上り、国立公文書館脇を右折して、九段方面に抜けるだけのメインルートだけとしか考えていなかったのですが、この日は、国立工芸館の手前を右折して、さらに、千鳥ケ淵に近い濠側の小道を抜けてみました。以外にも、自転車徘徊には嬉しくなるような抜け道感覚が充分で、おまけに、欝蒼とした、森の雰囲気は、涼を感じながら走るのにはうってつけのようです。

さらに途中には、深山幽谷もどきの作り込まれたミニ渓谷も現れ、ちょっとしたツーリング気分が、インスタントながらも味わえます。

都心の桜名所の横綱・千鳥ケ淵のメインコースを対岸に観るようなこの場所は、朝の光の具合からして、むしろ、この場所の方向から桜の絶景を堪能した方が、美しさが倍加しそうで、来年は、是非こちらサイドから桜三昧と洒落てみたいものです。

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2008年5月28日 (水)

水彩の習作!

Rimg2766 Rimg2765 週末の自転車三昧で水彩画の嗜みにも遠ざかっていましたが、手先の感覚を取り戻すために昨日は、朝から机上を整理し、自由に描き楽しみました。

何しろ、楽器を一週間でも触れてないと指先の動きがスムーズでなくなるのと同じで、筆の握りからストローク、水の含み具合まで、子供のお習字の手習いのごとく、ひたすら手を動かして、鈍った勘を呼び戻します。ここですっかり忘れていたのが、下準備としてパレットに色相別に色を並べておくことでした。だいぶ前に買ったパレット代りの白いホーローのバット(昔から肉屋さんに置いてある、赤い線の縁回しのあるものですが私は無地のものを買いました)に色を並べると、たいそう使い易いということを雑誌を通して知ってましたが、使わずじまいでありました。これを面倒だとして怠ってしまいますと、混色の際、戸惑うことが多々起きますし、偶然に混ざり合った色を発見することもありません。

この日は、父がしょっちゅう観ていた牧野富太郎著の日本植物図鑑を横に睨みつつ、自分なりのアドリブで彩色してみましたが、半年近くのブランクは隠せず、いたるところに筆の躊躇いがあらわとなってしまい、もたついた出来上がりとなってしまいました。

というわけで、なにごとも、毎日の積み重ねが肝心であることを実感した日でありました。

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2008年5月27日 (火)

エドワード・ホッパー、機関車 1923

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エドワード・ホッパーEdward Hopper,(1882~1967) 20世紀アメリカの具象絵画を代表する1人。彼の描きだす風景や人々は、ありふれたものでありながら、孤独の影とそれぞれのドラマに充ちている。

経歴と画風

ニューヨーク州ナイアック(Nyack)に生まれる。商業美術の学校に進んだのち、ニューヨーク美術学校(New York School of Art)で絵画を学ぶ。アシュカン派(ごみ箱派)の指導的画家であるロバート・ヘンライは同校の教師であり、アメリカン・ライフの写実的描写はその影響とされる。1925年に制作された『線路脇の家』はホッパーの最初期の連作の一つで、その後の彼のスタイルを決定づけた作品である。都会の街路、オフィス、劇場、ガソリンスタンド、灯台、田舎家などアメリカ人には見慣れた都市や郊外の風景を、単純化された構図と色彩、大胆な明度対比、強調された輪郭線で描く彼の作品は今日のアメリカでも高い人気をもっている。

エドワード・ホッパーが1923年、41歳の時に描いた機関車のエッチングです。彼には珍しいモチーフですが、力強い機関車のエネルギーが伝わって来るような画趣からも、優れたデッサン力をうかがい知ることが出来ます。さらに、鉄が国力のバロメーターであった時代の誇らしい男達の風貌をも、みごとに捉えていて、写真に撮られた機関車よりも、描写力・素材感を含めて、表現力に格段の差があります。

話は飛んでしまいますが1970年代の始め頃か、カントリーミュージックの帝王だったジョニーキャッシュがLIFE誌の表紙を飾った号があって、今は手元にありませんが、機関車を背景に寄りかかった写真に逞い男のエネルギーを感じ、今も脳裏に焼きついています。

そんな訳ですが、箸休めにこんな曲でもいかがですか。ジョニー・キャッシュの歌とCGアニメのコラボレーションがなかなか洒落ていましたから・・・。カントリーミュージックのお好きな方であればよくご存知のトレイン・ソング『Wreck of old '97』です。http://www.youtube.com/watch?v=0g27bCdlHD0

かたや、The Seekersのフォークソングに当時の事故報道写真を組み合わせた、『Wreck of old '97』も捨てがたいので、追加です。http://www.youtube.com/watch?v=kVHzZeUpbX4&mode=related&search

と、これでおしまいと言いたかったのですが、鉄道模型のお好きな方とHank Snowのトレイン・ソングがお好きな方には嬉しくなるYouTubeを最後に・・・。http://www.youtube.com/watch?v=cw-4AAn1Nww

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2008年5月26日 (月)

英国的自転車三昧

6457 英国の紳士の皆様が週末にでも集まって、これから近郊を散策するのでしょうか。良い絵柄ですがこれもFrank Pattersonさんの筆によるものです。イギリスはさほど経済立国でもないのに、一人ひとりの個人的生活にゆとりと遊びがあって、楽しむために生活しているというスタンスが小気味良く、ご同輩にも英国に移住したいという方々が何故か多いのです。

さて、クラブマン・レースという快走自転車のカテゴリーは英国で誕生したのですが、それもこのような美しい場所と趣味をいつにする仲間があってこそで、日本でもスポーツ自転車の開拓者・鳥山新一さん等がまだ日本の原風景が残っていた1950年代に、美しい景観を舞台に、このカテゴリーを優雅に楽しんでいたようです。今では景観の荒廃はもちろんのこと、自動車の加速度的増加によって、日本でこの愉しみは消滅してしまい、余程の趣味的エンスーのお方でない限り、目に触れることもなくなりました。

そんなわけですが、今の東京に限れば、なまじっか郊外よりも都心の尾根道の名残を快走する方が時代推移も愉しめ、時代考証という趣味的側面からも洒落ていると気付いてから、週末は専ら戦前の山の手を中心に、ちょっと早起きをして都心のヒルクライムを楽しんでいるわけであります。

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2008年5月25日 (日)

スイス・建国650年記念ポスター

Swiss614 Drawing:Hans Aeschbach(LEFT)  Otto Baumberger(RIGHT)

1941年に制作された、二人の作家による、スイス建国650年記念ポスターです。

あまりにも分かりやすく、これ以上のモチーフは無いと云いきっているような自信満々の画風であります。おまけに国花のエーデルワイスを使わないところなどが、いかにも大人の国・スイスの発想であります。さらに右のポスターでは雲の白を借りて国のマークを白抜きにするという禁じ手を冒してまでのアバンギャルド性を持ち込んで、これには何か意図的なものを感じるのであります。

この1941年 (http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1941.html )は日本は太平洋戦争・ヨーロッパ全体はドイツの勝手気ままな発想で翻弄され始めた頃でもありますが、永世中立国としてのスイスのスタンスがこの画風にもよく表れています。きっと、このポスターを採用するか否かの決定会議などでは、時代の趨勢に鑑み、賛否両論、喧々諤々あったのでしょうが、先を予測して平和な印象に徹した姿勢こそ、素晴らしいのであります。

泰西名画そのまんまでありますが、裏にはこのような深読みがあったのでは・・・などと推察するのも又、楽しいのであります。

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2008年5月24日 (土)

広重・神田紺屋町

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広重は、自然の風景とは違う、また寺院や城郭などの人間が創り出した名所旧跡の建物とも違う、町そのものの姿を江戸の名所として取り上げた。それは町が発展していたからに違いない。また町の産業が江戸に住む人に不可欠なものだったからである。

そういえば中景に、竹か材木かがたくさん立てかけてある景色が描かれている。竹の保管場所は、このシリーズにある「京橋竹がし(河岸)」にも取り上げられているが、江戸には不可欠な建築資材、調度品材料であり、江戸では、よく見かけた風景だったのである。

広重は、江戸の産業、特に空を仕事場、あるいは保管場所にしている産業の繁栄を描いたのだ。繁栄を描いたと言っても賑やかには描いていない。他の『名所江戸百景』の絵のように静かに描いている。

江戸の産業の中には浮世絵出版業も入っている。広重は、江戸の浮世絵出版業の繁栄ぶりをも、版元魚屋栄吉を表す「魚」の字と、作者広重の「ヒロ」のマークを紺屋町の紺で染め抜いて、空高くに旗のようになびかせる反物に誇らしげに描いているのだ。(伊東三平)

染物屋が軒を連ねていた神田・紺屋町の屋上では、一年中このような光景が見られていたのかと思うと、遅く生まれた私は残念な気分です。今ではTシャツやカットソーと呼ばれるカジュアルウエアーの問屋が多く、各種スポーツキャラクターからノベルティーものまで、扱っていますから、製品をきちんと棚においてあるだけで、こんな風情など見られるわけはありません。

この絵の中に飛んでいる一羽の鳥が絶妙な配置に収まっていて、たなびく染物の動きに呼応した風さえも感じとる事のできる、広重ならではのデリケートな感性を証明しています。また、広重自身のマークを隠し味として、たなびかせているところなど、なかなかの遊び人気質がたっぷりです・・・。

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2008年5月23日 (金)

下目黒のカフェ

Rimg9668 Rimg9663 Rimg9664 駒沢から至近距離で、都心のヒルクライムと同等の江戸の残像を愉しむには、祐天寺から目黒不動界隈に抜けるゾーンが、お奨めです。極めて狭い道路も自転車には嬉しく、家々の生活までもが垣間見れる、そのスケールは、少しタイムトリップしたような錯覚に陥ります。

それでも、目黒区独特の、落ち着いた環境に見合った今風のお店も点在し始め、自転車徘徊の醍醐味を堪能することが出来ます。

この日は駒沢通りを抜け、祐天寺前信号のひとつ先(山手通り寄り)を右折、現代彫刻美術館を抜け、十七が坂を下り、紆余曲折しながら、目黒通りに出ました。ここで、さっと、通りの向うに渡りたくなりますが、そうはさせてくれず、寄生虫館の脇まで遠回りをして出、急な三折坂を弱くなった握力でブレーキを掛けつつ、下ります。目黒不動は余程のイベントのない限り、静かな場所ですから、立ち寄らず、右折して、林試の森公園を右に見て、26号線に向かいました。

その界隈にあったのが、このCafe AZです。店に入っても店主もおらず、長閑な気配を感じたのですが、間もなく、店主のスズキさんが登場。ご自宅と店、仕事場を複合させた、正に、団塊世代の手本のような状態です。寿司道楽の皆様には有名な「いずみ」の隣ですし、目黒区の出先機関も目の前という、絶対立地にあります。メニューはドリンクとワッフルが主体ですから、お腹を減らした輩には、ちょっと場違いかも知れません。

自転車乗りにとって、一休みしたくなる日陰と程よい風が保証されているのが、走っていて一目瞭然ですから、寄ってみてください。但し、店主の都合で突然の休みもあり・・・、ということですから、ご注意を・・・。

Cafe AZ  目黒区下目黒6-6-10   電話03-5773-5888

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2008年5月22日 (木)

絶滅筆記具・シャープペンシル系

Rimg1957 此処最近の文具の進化にはついていけない感性となってしまいましたから、永年連れ添ってくれている化石のような道具を抽斗に仕舞って、今でも使い続けています。

企画構想を練ったりするのには、やはりシャープペンシル系のものが一番と信じきっている偏屈な頭の持主ですから、店頭で昨今の子供じみた文具商品など目に触れることさえストレスとなってしまいます。確かに、お勉強の類の手法も多種多様のようですから、それに比例して商品の多様化にも歯止めが掛からず、あの文具の殿堂・銀座伊東屋でさえも、小父さんたちを見捨てたような商品展開となりつつありますし、ちょっとした専門的問合せをしようものなら、以前のようなベテランの方も見つけにくく、若い店員さんには異星人のような扱いを受けてしまいがちです。

この画像のものは四点とも永いお付き合いで、そのバランス・ウエィト・ストローク感ともに抜群でありますが、今や全て絶滅品となってしまいました。特に、下から二番目のLION製のカセットペンシル0,7m/mは日本語を縦書きするのに最高のタッチを発揮してくれ、先端の曲線から観てもお解かりのように、筆圧に対する配慮も抜群であります。

文具専門店では、このジャンルの筆記具は一般文具と専門文具にわかれますが、今やどちらも消耗品的視点、ファッション的視点からの商品に圧倒され、オーセンティックな道具の風貌をした商品の入る隙間は、まったく無い状況のようです。

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2008年5月21日 (水)

1963・新宿駅南口

1963 1963年といえば、私はほぼ毎日自転車で高校に通っていました。

又、テレビ・ラジオを通して聴こえてくるアメリカン・ポップスのサウンドよりも何故か大人の薫りがするフォークソングの方に興味がいって、わざわざ当時¥1,700ほどしていたキングストン・トリオやブラザース・フォーのLPを親にせがんで買ってもらい、聴き込んでいた頃でもあります。

翌年は東京オリンピックということで、一年前から大突貫工事がピークを迎え、甲州街道を中心とする幹線道路や都心までの抜け道は普段見たことも無いナンバーのダンプカーが、文字どうり、かっ飛ばしの大忙しでありました。空は工事の塵で曇りがちで、これも工事に伴う埃が舞い上がっていて、体に悪いなどという噂が実しやかに言われてましたから、今の北京とまったく同じような環境劣化状態でありました。

住まいが井の頭線でしたからせいぜい渋谷に出る程度で、新宿などには行ったこともありませんし、一年後の東京オリンピック・テレビ中継で、裸足のアベベが正にストイックな風貌で黙々と、このすっかり整備された新宿南口の陸橋を走っている姿が焼きついています。ところが、アベベが甲州街道を給田方面に向かうにつれて、映し出される映像は、徐々に昔の風情となって、竹かご屋があり・・・、茅葺屋根が連なっていたり・・・と、まだまだ東京西郊外はのんびりしていた、村そのものでありました。

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2008年5月20日 (火)

広重・四日市・無風の風!

1401_1 広重には珍しい、風を描かないで見せる、風模様です。枝葉の在り様、町人の覆い衣裳、飛ばされる三度傘がいずれも静止状態ですから、まるでストップ・モーションであります。

広重お得意の線・白抜き・曲線などを駆使した風・嵐・雨などの空気感の表現をせずに、画面のタブローだけで、風の吹く様子を表わそうと挑戦したのでしょうが、思い通りには行かなかったようですね・・・。画面の上下の色調が動きを表現せず、且つ補色に近い状態となってしまったことも、この画面に緊張感というものが存在せずに終わってしまったという、広重にしては珍しい駄作と呼ばれても致し方ない作品でありますが、何かそれ以上の思惑が広重には、あったのでしょうか・・・。

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2008年5月19日 (月)

鈴木信太郎・春の瀬戸内海 1969年

20 鈴木信太郎が1969年、74歳の時に旅行した瀬戸内海を描いた一枚です。瀬戸内の輝く明るさが画面にも乗り移っているようで、観る者に穏やかな気持ちを呼び寄せてくれます。この頃は伊豆方面に自分の好みの画題が見つかったかのように頻繁に出かけていて、瀬戸内海の画題がついた作品は稀少です。

春に相応しい色感に彩られた画面はもう何も言うことがないほど、自然の恩恵をたっぷりと注がれたようで、この絵を飾っておけば誰しもが、和やかな雰囲気となること間違いないですね。この絵にも鈴木信太郎の遊び心が十二分に発揮されていて、例えば畑の中に見える抽象的な形態などはおそらく実か花を咲かせている木なのでしょうが、このセンスなどは鈴木だけがまとめることの出来る捉え方です。

絵の世界には夫々の作家の考えが如実に表れていますが、鈴木信太郎の画趣には、そんな了見の狭い枠を超えた楽しさに満ち溢れているからこそ、いつの時代となっても色褪せないのでしょう・・・。

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2008年5月18日 (日)

黄菖蒲がいっぱい!。

Rimg9620 5月5日の子どもの日を「端午の節句」といいますが、「菖蒲(しょうぶ)の節句」とも呼ばれるのをご存じですか? この時期に花を咲かせる菖蒲の長い葉は、強い香気があるので、この香りの強さが不浄を払い、邪気を遠ざけてくれるといわれています。
また「菖蒲(ショウブ)」は、「勝負」や「尚武」に通じることから、江戸時代から男の子の出生を祝って、端午の節句に菖蒲湯に入ることが習慣になったといわれています。子どもの日は親子で菖蒲湯の風呂を楽しむ、なんていうのもいいかもしれませんね。

「いずれアヤメかカキツバタ」といって、アヤメとカキツバタは見分けがつかない代表とされていますが、菖蒲とアヤメ、また花菖蒲を同じ植物と混同している人も多いようです。
葉が長剣状でよく似ているので間違えやすいのですが、風呂に入れる「菖蒲」はサトイモ科、「アヤメや花菖蒲」はアヤメ科で、植物学的には全く別な種類です。

先日、自転車で田園調布の町を通り抜ける途中、宝来公園の黄菖蒲の咲きっぷりが、みごとでしたから、しばらく、見入っていました。この日は、快晴ながら、雲は切れ間なく動いていましたから、その光の按配もいろいろあり・・・といった状況で、シャッターチャンスの難しいこと、久しぶりの悪戦苦闘でしたが、すーっと陽の翳ったタイミングを計って、押し続けました。

この公園は、小さいながらも、起伏に富み、太古から、人の住んでいた形跡もあって、近場には遺跡を保存している箇所もありますし、黄菖蒲が咲き乱れる池には、亀・おしどりなども住み着いていて、野趣に富んだ趣きでいっぱいです。

行政がサービス精神旺盛な結果、様々なサインで溢れている他所の公園とは違い、静かに、自然そのまま・・・、といった環境は、快挙でもありますが、今の時季ですと、うっかり樹下で瞑想でもしていると、樹木からほとばしる樹液が、体中にくっついてしまいますから、ご注意を・・・。

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2008年5月17日 (土)

プジョー308 ステーションワゴン

04_l1Crsm000000000013080171 Crsm000000io0011 プジョーは2008年3月4日(火)から16日(日)[一般公開は6日(木)から]まで、スイス・ジュネーブのパルエクスポで開催される第78回ジュネーブ国際自動車ショーで、今春発売予定の新型多用途車「308 SW」、「Bipper Tepee(ビッパー ティピー)」「Partner Tepee(パートナー ティピー)」を出品した。
 特に注目すべきは、「プジョー308シリーズ」としては初めて大きさとモジュール性に重点を置いた「308SW」。このモデルは、このショーで世界に向けて初公開された後、実際に発売されることになっている。
 「308 SW」は、ハッチバックの長所と乗り味を継承しつつ、躍動感あふれるフォルム、広い車内と大型ウィンドウ、そして大面積のパノラミック・ガラスルーフといった新たな特徴を備えている。この採光性の良さが素材の上質感をいっそう強調し、車内空間の快適性をこれまで以上に高めている。
 また、「308 SW」には強い個性があり、その個性が頑丈さ、広さ、活動的な現代のライフスタイルといった印象をかもしだしている。実際、その車内スペースや積載スペースの広さは、このセグメントの基準を上回っている。楽しさとドライビング・プレジャーにおいてハッチバックと同等であるばかりか、むしろ実用性においては勝っている。

東京都心の洒落た界隈に、ここ数年、目だって増えたのがプジョー207で、小型車ながら、車全体のクオリティとテーストが、並外れた自己主張をして、そのスタイルを通して、街中にフランスの個性を発信しています。

さらに、ひとつ上のクラスである、この308・ステーションワゴンは3月に開催されたジュネーブオートショーで発表されたものですが、上級クラス407にも匹敵する車幅、1815mmをもち、プジョー特有のストロール感たっぷりのドライビングテーストはさらに向上、ハードスペックは無論のこと、内装も相当な上質感を発揮しています。時代はますます、自動車にとって不条理な状況となってきたものの、Fun To Drive という運転の愉しみの大原理を見失っていないプジョー社の経営趣旨に、とりあえず脱帽といったところです。日本では、来春の発売予定で、実質的には500万円以上のクラス車に匹敵するといわれ、価格は300万円代中心ですから、この車が登場して一番あおりを食うのは、日産・TIIDAを筆頭に、GOLF,そして、BMWとMercedes-Benzであることは、間違いなさそうであります。

あえていうならば、銀座・松屋などの古い駐車場では、この車幅は、車庫入れが厳しいかもしれません。   

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2008年5月16日 (金)

三田綱町界隈

Img_6798_8 Img_6800_3 Img_6801_4 早朝の都心を駆け抜ける高速派サイクリストは、殆どの 方々が、信号や坂・谷の少ない真っ直ぐな道路を好む傾向がありますが、私は元々ツーリングの方に興味があった人間ですから、スピードよりも都市の家並み・街並み・地勢を楽しむ手段として、抜け道・裏道・戻り道を探しては、時季の味わいを愉しんでいます。この日も 早く目が覚めましたので、港区のしっとりとした街並みを愉しみました。

訪れた港区綱町は、都内でも自然環境とモダンなマンションとの按配が良く響き合っている地域です。明治維新(徳川瓦解)までは大大名屋敷であったものを、維新以降はどいう経緯かは計り知れませんが、旧幕臣から薩長改革派、公家までがお互いに適度な距離をおいて、棲息していたようです。今でも都心のモダンマンションのはしりとして、その光彩を失わない建物が何棟かありますが、使われている外装材も経年劣化・変化の微塵もなく、ますます、そのグレードの品格に他を寄せ付けない重厚感が加わっています。昨今のビルやマンションでも多く使われているアルミとガラスの建物では到底辿り着けない、素材と仕上げの緻密さのランクが桁違いのようにも見えてしまいます。

Vajui NtryuXkeojh ところで、今ではこの地域は江戸時代・明治時代の地勢的面影が殆ど見られませんが、蜂須賀侯爵・鍋島子爵邸の接点にあった神社などは、その後何処に行ってしまったのか、想像するだけでも訳ありで奥が深そうな予感がいたします。

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2008年5月15日 (木)

さじみさ さんのガラス

Rimg9542_2 神田・神保町に、お愉しみの徘徊スポットが出来て以来、古書漁りの街にも、他の世界の広がりがでてきました。

此処・ギャラリー福果 http://www18.ocn.ne.jp/~fukka/ は、珈琲と洋酒の店、『さぼうる』の隣にあって、お昼12時からの営業・日曜休業という、一筋縄ではいかない廊主のわがままさえ、魅力的な、ギャラリーです。3月に開催された、古裂地を遣った手のひらサイズの手帳展も出色でしたが、今開かれている『さじみさ』さんのガラスの展覧会も、実に今を感じるセンスと技法が調和した器などが、ギャラリーに花咲いています。

完璧なモダンフォルムとシャープなエッジが主であった新築祝・贈答中心のガラス器の時代は、とうの昔に終わりを告げて、今や、音楽からグルメに至るまで共通した、自分に素直な「ゆるい」感性と「たおやかな」造形が世界を席捲していますが、『さじみさ』さんのガラス器にも同じ流れを感じとることができます。日常の暮らしにスパイスを与えてくれそうなガラスの器には、洋風・和風という趣きさえ超えてしまった、さじさんの、鋭い感性だけの勝負魂が隠れているだけに、襟を正して観てしまうのです。

『さじみさ』さんには、まだ、お会いしたことはありませんが、このようなガラスを制作するからには、美しい人であることは、まちがいなさそうです・・・。

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2008年5月14日 (水)

まだ健在です!。

Rimg9525 世田谷・弦巻界隈を自転車で抜けている途中に見つけた、この住宅のタイプは、昭和30年代に最も普及していたような典型に思います。

今では、消防法という大義名分の下、このような住宅は作りにくいのかも知れませんから、さほど遠くない頃に、壊される運命なのでしょうか。さらに、人の住んでいる気配も無さそうですし、ひょっとすれば、あっという間に取壊されて跡形もない・・・ということさえ、無きにしも非ず、です。

躯体・屋根瓦・板塀の三点がみごとに同時代的に揃った昭和の残照は、そうあるものでは、ありません。

絵本『ちいさいおうち』の最後のページにも匹敵するこの状態ですが、例えマンションになるとしても、隣地との境界の狭さからして、日照権などなど、多くの課題を背負っていそうであります。

ちいさいおうち Book ちいさいおうち

著者:ばーじにあ・りー・ばーとん,いしい ももこ
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年5月13日 (火)

自由が丘・九品仏緑道

Rimg9480 地元商店街が行政と組んで、人が寛げる環境を作っているものの、なかなかぴりっと来る気分のものがないなかで、此処、自由が丘・九品仏緑道と呼ばれる暗渠は、今、新緑が芽生え、一気に茂り始めています。

この界隈の商店が一致団結して、殺風景だった暗渠を、洒落たベンチを並べて、イメージを刷新してからは、一年中、ここでのんびりと過ごす人や、打合せに使う人など種種雑多でありますが、他所には見られない、スケールが心地よいカジュアルな町のブランド化に貢献しているようでもあります。絶妙な距離を置いて配置された樹木の茂みが発する爽やかな風は、その姿とともに、これから夏に向かって、ますます稀少な涼景を見せてくれます。

自由が丘は、ライフスタイル雑貨店とカジュアルな衣料品を中心に、町のイメージが美と健康を取り巻く高感度なゾーンとして定着していますが、少しずつ、新旧の入替も始まり、繁華街の定番・居酒屋系の凋落が著しいように聞いております。さらに、オーガニックフーズを中心とした、アースコンシャスなトレンドの業態が浸透し出したようでもあります。

この九品仏緑道界隈は、目黒区と世田谷区の境界ということもあって、夫々の行政担当者が待機育児施設の候補が無いかどうか、戦々恐々と凌ぎあっている最前線でもあるそうです。

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2008年5月12日 (月)

エディ・アーノルドさん死去

Ed カントリーミュージック界の大御所、エディ・アーノルドさんが5月8日、テネシー州・ナッシュビルにて、89歳の天寿を全うされました。

私は、今から46年ほど前、世間はアメリカのポップスが花咲き出した頃、当時のラジオ関東のカントリーミュージック番組『CITY LIGHTS』から聴こえてくるその甘い歌声に、子供ながら、聞き惚れていました。歌詞の内容を知っていれば、随分とませていた子供でしょうが、それよりも、メロディラインの美しさとエディさんのソフトな低音域から高音域までの歌声に、ただ感心していただけなのです。その後、カントリーミュージックをよりポピュラーに広めるために尽力され、ナッシュビル・サウンドを成功裏に導いた功労者でもあります。

カントリーミュージック界でも格の違いを見せ付けた歌の上手さと、誠実なその人柄からか、アメリカにおいても多くの人たちから尊敬され続けられていました。大多数の日本人にとっては、菅原洋一さんが歌った『知りたくないの』がエディさんの数多くあるメガヒット曲の中では一番、知られているでしょうが、「お好きな方々」にとっては、ここ何日かは、レコード、あるいはCDなどで、旧き佳き時代のカントリーサウンドを、冥福を祈りつつ、偲ばれているのではないでしょうか・・・。

You Tubeから、少しピックアップしましたので、ご覧ください。

http://jp.youtube.com/watch?v=dreLpKcV9c0

http://www.youtube.com/watch?v=hTKeo4w7npA

http://www.youtube.com/watch?v=SE6rdpMV2Dg

http://www.youtube.com/watch?v=QsBwpfvvfB8&feature=related

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2008年5月11日 (日)

1963・自転車合宿 鳥居峠

196318_2写真:佐々山 厚さん                             

1963年、高校一年生の夏に決行した、サイクリング同好会の部・昇格条件としての夏合宿は、それまでに体験したことのない、人間関係を含め、多くの実学的経験をすることとなりました。特に、頻繁に起きる転倒のかすり傷の応急処置、自転車の故障の修理などは、この合宿を通して、どうにか見よう見まねで覚えたようなものでした。

今では、全国何処に行こうと舗装は当たり前ですが、この年は東京オリンピックを来年に控え、関東甲信越方面は、まだまだ未舗装地域が圧倒的というものの、突貫工事に殺気立つ舗装工事の箇所にも、度々遭遇しました。

そうなれば、夏の炎天下、ただでさえしんどい状況下、口をちょっとでも開ければ、砂・土埃でジャリジャリとなってしまい、からからになってしまった喉のうがいに精を出すしかないのでした。おまけに、履いている靴は、当時のロードレース用の、底も情けないほど薄いものでしたから、砂利道を歩けば、靴底から砂利石の痛さをじかに感じましたし、足元がふらついて歩きにくいこと、この上ないのでした。 鳥居峠を下っているこの写真にしても、表向きは笑っていますが、実際は頻繁に行き来するダンプカーに僻々しているのです。砂利がばら撒かれた道路は、滑るような危険に満ちていて、すぐ自転車がすくわれて、転倒もひっきりなしといった状態で、夕方にはヘトヘトになって、その日の宿に辿り着くのでした。

おまけにサングラスひとつとっても、ぴったりと顔や耳にフィットするものなど皆無でしたから、砂利道で振動する顔面を逆撫でするように、容赦なく、縦に揺れ動き、それがやたらと気になっていました。

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2008年5月10日 (土)

TOKYOBAR in New York

Tokyobar1 Tokyobar2 Monocle http://www.monocle.com/ のサイトを観ていると、昨年、ニューヨークに出来た、TOKYO BAR www.tokyobar-nyc.com  の紹介が掲載されていました。

店舗デザインから細かな消耗品まで、日本のサブカルチャーであったコミックを空間演出にまで昇華させた、トランジット・ジェネラルオフィスのプロデュース・佐藤可士和のディレクションによる、トレンディ・スポットのようであります。コミック雑誌を通して観るコマ落しのフレーミングも店舗環境に変身すると、これはこれで、なかなかの迫力があって、パワーをいただける聖地のように化けるかも知れません。ちょっとした、センスの匙加減ひとつでダサくもなり、お洒落にもなるのが空間デザインですが、この物件は、営業的な寿命はいささか気になるものの、話題的には、しばらく盛り上がりそうです。

週末、自転車で皇居周回を終えて、上野界隈に自転車部品などを調達する際、秋葉原を抜けて行きますが、その来街者の多さは他所の街をはるかにうわまっていますし、年毎に、洗練さも出てきました。当然、外国人の数も加速度的に増えだし、今では、日本の人気スポットとしてベストフアイブにランクインされ始めたことも、このようなトレンド・スポットが誕生する要因なのでしょう。

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2008年5月 9日 (金)

時計あれこれ・・・!

Rimg0134_3 時計の世界は奥深いようで、私の周りにも『お好きな方々』がいて、「そんなに集めてどうするの・・・」と言いたくなるほどのコレクターと称する輩がいらっしゃいます。

量産品から手工芸品まで、スイスをはじめ世界の主要国の時計ブランドは毎年バーゼルで開催される時計の見本市を中心に動き、その反応がビジネスを左右するそうですから、それほど毎年たいへんな数の時計が流通・販売されているようです。

私はそんなことに眼もくれず、ひたすら適正価格で可視性に富んだデザインのものを衝動買いするタイプですから、偶然の出会いを楽しみにしているわけでもあります。

最近の男性誌を捲って飛び込んできたこの時計は『ヴァルカン・クリケット・ノーティカル』https://vulcai44.securesites.com/collections/nautical05.html#javascript:と呼ばれる機械式アラーム機構付きダイバーウォッチで、何となくB級ランクのようなティストが私の好みでもあります。減圧スケールなどは潜らない私には無用の長物でありますが、ここが男の不思議なところで、そのグラフィックセンスの良さにどうしても惹かれてしまうのです。

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2008年5月 8日 (木)

ロンドンの掘出物・銀スプーン

Rimg1411 Rimg1409 1986年・英国はバーミングハムギフト&ホビーショーに買付けの終った後、一日の休みを有効的且つ効率的に動こうと考え、友人のまた友人であり、当時はまだロンドンのアバンギャルドな女流カメラマンとして活動し始めたばかりの高木由利子さんに一日コーディネーターをお願いしてロンドン中のホットスポットを案内してもらいました。高木さんは根っからのヴィンテージ好きでしたからその方面を重点的にお願いして観光客相手のマーケットからちょっと格式の高いドアマン付きの店まで駆け回りました。

彼女の友人でもあったポール・スミスさんのお気に入りという店で購入したのが、この銀製のスプーンです。いかにもそれらしい箱に収まった5本のスプーンは槌目の跡も美しく、日本の急須にも似た風情があります。やや小ぶりで、今もよく使いますが、すぐ曇ってしまうのが難点であります。ところが最近のテレビ番組で「銀磨きなど必要なく・・・消しゴムさえあればピカピカになりますよ!」ということを知って、それ以来、銀製のものを磨くのが億劫にならなくなりました。

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2008年5月 7日 (水)

遠足は、なにより弁当です。

19552 1955年、小学校2年生の時、春の遠足は石神井公園というかなり至近距離でした。この当時は、静かでじめっとした湿気感覚に溢れた公園であったことを記憶しています。

何故か至る所に横穴があって、これが戦時中の防空壕なのか古代のものなのか定かではありませんでしたが、子供にとっては探検が未知との遭遇的要素もあって、おおいに堪能しました。

穴の中は粘土状態のべたべたな状態でしたし、真っ暗なこともあって滑ったりしましたから、泥だらけとなってしまい帰って親に怒られるのも致し方ないとあきらめてましたが、担任の清水先生はそんな些細なことを気にせず、生徒を率先して遊びまくりました。学校構内の環境よりも勾配の豊富な環境でしたからお腹も減り、当然、お昼のお弁当が愉しみでありました。皆、弁当箱に海苔とおかかの組合せから、当時子供には人気だったオレンジ色したソーセージを敷き詰めたものまで、小ぶりな弁当箱はほんの数分でからとなり、また、遊び続けたのでした。

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2008年5月 6日 (火)

鈴木信太郎の早春

17 新幹線の窓を通して見える日本の景色も、最近は家・工場などが接近していて、俯瞰で見える自然のパノラマ風景も希少価値となってきました。日本の四季の中でもやはり春と秋が光も輝いていて気持ちよい時期ですが、その中でも波打つ稲穂がまるで動物のように動いている秋口は、日本の美しい景色の象徴のように思います。

鈴木信太郎が描いた棚田と里山は、まるで秋のような印象を受けますが、題名は『早春』です。この前年に刈り取った稲穂を傘のようにして干している光景は良く見受けられたのですが、最近はどうなっているのでしょうか。何処を描いたのかが不明で、おそらく伊豆ではないかと言われてますが、たしかなことは分かりません。太陽に光り輝く畑の構成が秀逸で、このアレンジセンスは鈴木信太郎の独壇場といえる世界です。山肌も早春にしてはまだその気配も感じられず、私が第一印象で秋と錯覚してしまったのは、この山肌の色味でありました。

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2008年5月 5日 (月)

美しい表情・植栽の垣根

Rimg8977 ちょっと昔には考えられない事件が、住宅街にも起きるようになってからというもの、所謂、高級住宅地といわれるような地域においても、住民憲章として謳っていた、景観優先の塀・垣根の考え方が安全管理至上主義にとって代わり、徐々に、その美しい街並みも、消えかかろうとしています。

そのような状況にあって、この等々力7丁目のお住いは、安全管理をあざ笑うが如く、「いつでもお入り下さい」と言いたげに、堂々と、街並みに調和した垣根を見せてくれます。プライベートとパブリックの境という概念さえ消し飛びそうな、みごとな作りっぷりからして、この近隣の皆さんも、この植栽の剪定のみごとさを愉しんでおられることでしょう。丸く刈り込んだ植栽のボリュームとその高さが絶妙で、実に気持ちの良い環境が生まれています。

目黒通りに近接したこの場所は、道路幅も広く、高層住宅もほとんどなく、日当たり絶佳ですから、影も少なく、不審者などうろうろしてるものならば、直ぐに、通報されそうなほど、住民の皆さんの団結が固いのであります。ですから、自転車徘徊で、この写真を撮るだけでも、それなりのドキドキ感があったのです。

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2008年5月 4日 (日)

風に泳ぐ鯉幟

Img_8163 都心では、広い庭など望むべく無く、端午の節句を祝う鯉幟を上げるにも上げられないのが、現状です。

以前、この時季に新幹線で静岡近辺を、通ったとき、鮮やかな鯉幟が、水田に囲まれた藁葺き屋根の家から上っていたのを鮮明に記憶しています。

先日、多摩川堤を登戸に向かうと、堰の傍で、地元の商店街が主催する子供の日・イベントに遭遇しました。地味な規模ではありましたが、鯉幟がみごとに風の恩恵を受け、気持ちよく泳いでいました。おまけに、地元の奥さんたちが総出でつくったおにぎり・やきそばなど、定番の食の祭典も怠らず、とても和やかな宴でした。爽やかに晴れ渡った空に向かって朗々と泳ぐ鯉の姿は、久しぶりなこともあって、ちょっと懐かしい気分に浸ることが出来ました。写真は鯉の泳ぐ姿として、ほんの一部ですから、この近辺も昔のように鯉幟を上げるわけにもいかず、箪笥などにしまってあったものを地元のイベントのために協力しあって、引っ張り出してきたのでしょう・・・。

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2008年5月 3日 (土)

GAギャラリーの魅力

Rimg1635 007 世界の建築写真家として著名な二川幸夫さんが主宰するGAギャラリーは、その佇まいが35年程かかってようやく千駄ヶ谷の街に馴染んで来ました。写真スタジオ・編集室・ギャラリー・ブックショップが一体になった鈴木恂さんの設計によるこの建物は、1970年代後半から80年代にかけて多くのコピー物件が生まれましたが、オリジナルの凛としたモダンな佇まいには、ゆるぎない品格の高さがあります。ここから多くの良質な建築専門書が誕生して、コストを度外視した取材レベルの高さが今でも色あせないで燦然と輝いています。何しろ、自主企画・自主出版・自主販売という世界で類のない業態を運営している志の高さが、しっかりと外観にも湧き出ているようであります。更に、細谷厳さんの美しいGAのロゴも一層この建物の品性を清清しいものにしています。

ところで、この建物の二階部分に浮き出てきた模様は、何が要因だったのでしょう・・・。偶然の為せる業にしては、矩形のプロポーションの中に収まった斜線の部分が、あまりにも完璧な面積比率ですから・・・。

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2008年5月 2日 (金)

最近の花は・・・。

Rimg9236 普段、見慣れている景色や、場所に突然、記憶になかったものが現れると、びっくりするものですが、最近は、記憶力も以前ほど自信がなくなり、うっかりすると、変化そのものが分からなくなっていたり、します。

花・植栽の分野もご他聞に洩れず、花の遺伝子何とか・・・やらで、極端なことを言えば、色・柄・カタチも人間の感性の思うまま・・・といったレベル迄、到達した様ですから、この世界にアーティストと称する輩が、飛びつき始めるのかも、知れません。かといって、作家の思い入れたっぷりな花など、懲り懲りなのは、私だけでしょうか・・・。

駒沢公園に咲く、このチューリップのデリケートな混色も、以前には見たことがありませんから、ひょっとすると、最先端の遺伝子配合の、お陰なのでしょうか・・・。イエローからローズピンクに至る色相の移調が、おみごと過ぎて、ただ見入るだけでありました。

さて、世の中では凡人の知らぬ分野で、計り知れぬ恐ろしい研究や開発が進行しているようですが、せめてこのような、美しい分野だけに留めておいて欲しいものです。

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2008年5月 1日 (木)

ピンからキリまで・・・。

Rimg9136_2 Chn19_rpt1521_minitotebag1 ますますエスカレートする女性用のバッグ業界は、ワシントン条約を無視するがごとく、爬虫類の革を使ったオーダーメードも、ある店ではオーダーが目白押しで、手に入れるまで、相当な日にちを要するようです。

先日、銀座・サンモトヤマのショールームを覗くと、イギリスのラグジュアリー・ブランド、Asprey http://www.asprey.com/のおみごとな造形と素材バランスの一品がディプレーされていました。多くの海外メガ・ブランドが最新トレンドにあわせて、ラギッドなテーストばかりが目立ちますが、このAspreyは正々堂々たる、オーセンティックの雛形を見せ付けてくれます。Aspreyには一型だけで勝負するこの品以外にも、所謂、ギフトアイテムも多々あって、その多くを銀座の老舗・保守系ブランドが挙って真似しているようですが、そこはAspreyとは似ても似つかないバランスとテーストと成り下がってしまいますから、独自に自分ブランドのコードを確立する以外に突破口はないはずなのですが・・・。

かたや、自由が丘IDEEの開店記念で200個ほど限定発売された、リ・ユース素材の袋物は、ぐっとセンスアップされて、このリサイクルジャンルにはなかった可愛らしさと清清しさがブラッシュアップされました。フランス製のVIRONの小麦袋を再利用して、そのまんまにせず、ちょっと感性を上げたところなど、IDEEの得意技ですから、今後ますます、上げ潮トレンドであるエコ・コンセプトを、これに限らず、プアでなく、カジュアル・シックの方向に向かってもらいたいものです。

夫々、銀座・自由が丘の街のアイデンティティにどんぴしゃなモノでありますが、この両極のような方向性こそが、今後も長続きしていく、メガ・トレンドなのかも知れません。

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