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2008年5月24日 (土)

広重・神田紺屋町

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広重は、自然の風景とは違う、また寺院や城郭などの人間が創り出した名所旧跡の建物とも違う、町そのものの姿を江戸の名所として取り上げた。それは町が発展していたからに違いない。また町の産業が江戸に住む人に不可欠なものだったからである。

そういえば中景に、竹か材木かがたくさん立てかけてある景色が描かれている。竹の保管場所は、このシリーズにある「京橋竹がし(河岸)」にも取り上げられているが、江戸には不可欠な建築資材、調度品材料であり、江戸では、よく見かけた風景だったのである。

広重は、江戸の産業、特に空を仕事場、あるいは保管場所にしている産業の繁栄を描いたのだ。繁栄を描いたと言っても賑やかには描いていない。他の『名所江戸百景』の絵のように静かに描いている。

江戸の産業の中には浮世絵出版業も入っている。広重は、江戸の浮世絵出版業の繁栄ぶりをも、版元魚屋栄吉を表す「魚」の字と、作者広重の「ヒロ」のマークを紺屋町の紺で染め抜いて、空高くに旗のようになびかせる反物に誇らしげに描いているのだ。(伊東三平)

染物屋が軒を連ねていた神田・紺屋町の屋上では、一年中このような光景が見られていたのかと思うと、遅く生まれた私は残念な気分です。今ではTシャツやカットソーと呼ばれるカジュアルウエアーの問屋が多く、各種スポーツキャラクターからノベルティーものまで、扱っていますから、製品をきちんと棚においてあるだけで、こんな風情など見られるわけはありません。

この絵の中に飛んでいる一羽の鳥が絶妙な配置に収まっていて、たなびく染物の動きに呼応した風さえも感じとる事のできる、広重ならではのデリケートな感性を証明しています。また、広重自身のマークを隠し味として、たなびかせているところなど、なかなかの遊び人気質がたっぷりです・・・。

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