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2008年6月14日 (土)

広重・赤坂桐畑雨中夕景 1859

119 日本らしい夕方の雨模様ですが、観る側にその湿気がたっぷりと含まれた様子まで伝わってきます。極めてシンプルな版画手法でここまでの濃淡による遠近感を表現できるとは・・・、歌川広重の名所江戸百景の中でも、私の最も好きな中の一枚です。

奥に見える森は徳川慶福・井伊直弼の屋敷のもので、赤坂プリンスホテルの場所ですし、画面を飛び越えた左手には紀伊徳川家の屋敷(現在の赤坂御用地・迎賓館の場所)が展開します。確かに維新後、世界の大国との親睦という大義名分により、バッキンガム宮殿・ベルサイユ宮殿そっくりさんといわれても笑ってごまかすしかないほど屈辱的に日本の過去を捨てきった赤坂離宮ですが、江戸の大大名屋敷、とくに徳川御三家の堂々たる武家屋敷をいとも簡単にヨーロピアン・ゴージャスに変換してしまうセンスは薩長の「いなずれ」だからこそ出来たわけで、ちょっとした史観のある指導者であればこんな大失態はなかったでしょうに・・・。ようやく昨年、「日本らしいもてなしを行うための迎賓施設」のコンペで安藤忠雄建築研究所・安井建築設計事務所共同体が勝ち、この赤坂御用地内に近代的和の世界が誕生しますから、これも愉しみであります。

この画面中ほどの、雨に煙る坂道は赤坂御門に向かう場所で、この坂と濃く刷られた森の間の眼下に現在の弁慶堀が広がるという、いわゆる馬の背台地として、なかなかの絶景ポイントであったに違いありません。さらに、この画面の左には紀伊坂が控えているといったロケーションですから想像以上に雄大なスケールであったに違いありません。

Xho02  現在、この絵にみられる場所は立体交差となり、ただ通過するだけの場となってしまい、このような優雅な景観のひとかけらもない有様ですが、こんな風景が毎日眺めることができたのですから、出来るのならばこの時代に生まれてみたかった・・・などと思ってしまいます。

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