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2008年7月 7日 (月)

広重・市中繁栄七夕祭 1857

075 大鋸町(現在の京橋あたり)にあった広重の自宅の二階から富士山を望んだと云われるこの版画は、七夕飾りが風に揺れて、何ともいえない優雅な江戸の町の趣きが伝わってきます。

さて、少なくとも昭和の30年代初期までは、このくらい長い竹竿が、日本全国津々浦々までたなびいていたようですが、いつの頃からか、竹竿も短くなって、ささやかな飾りものとなってしまいました。大胆な仮説としては、テレビが普及して日本中どこでもアンテナがトンボの異常発生のように立ちだした頃から、七夕飾りも屋根から庭に移転して、やがて無くなっていったのかも知れません。

七夕の飾りも東京都心では、ほとんど見られなくなってしまいましたから、江戸末期の季節ごとの歳時記に則ったお祭りというものは、想像以上に華やかであったのでしょう。それにしても、スイカ・瓢箪まで飾ってあるところを観れば、豊穣祈願も兼ねていたのでしょう。それに算盤あり、大福帳ありと・・・もう何でも願いが叶えば節操なしの状況が、ぶら下がり物からも推測できますから、ロマンチックな天空の出会いなど、全く関係ない様子が嬉しいですね・・・。

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