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2008年8月31日 (日)

弦巻の穴場・向井潤吉アトリエ館

Rimg12348 Rimg12340 Rimg12353 駒沢の住まいからほんの5分程の距離にある、向井潤吉アトリエ館http://www.mukaijunkichi-annex.jp/main_j/index.htmにやっと行ってきました。近場ですからいつでも行こうと思っていたものの、なかなか思うようにいかず、この日まで実現しなかったのです。

この一角は、周囲のゼネコンの住宅とは違い、夫々、きちんとした工務店の手による仕事と思える住宅が多く、自然の樹木を豊富で、しっとりとした趣きがふんだんです。住まいも庭も、向井さんの人柄らしく、誠実な姿に好感をもてます。1962年に建てられたこのアトリエは、佐藤秀工務店の創業者・佐藤秀三と向井潤吉がとことん煮詰めたと云われる室内導線と、画家のアトリエに不可欠な安定した採光が、室内を開放的に魅力ある空間としています。二階の渡り廊下の処理など、開放感溢れた空間処理も採光を考えてのことでしょうが、気持ちよい一日を保証してくれる出来栄えです。ここは、世田谷美術館分館ということで、財団の女性が一人で切り盛りしていて、彼女のさっぱりとした応対が手際よく、普通の家を訪れたような錯覚を覚えます。Rimg12355 ある時代の良質な物件がこのような形で保存されていることは、これが画家の住まいというだけでなく、よくありがちな、更地にして公園にしてしまうよりは、環境にとっても嬉しい話に違いありません・・・。それにしても、玄関周りの煉瓦の意匠が何ともいえぬナチュラルなまとまりでした。

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2008年8月30日 (土)

多摩川の雲三昧

Rimg11866 Rimg11862 8月も後半ともなれば、すかり秋模様の気温に寒さを感じとったり・・・、とこの夏の暑さもなかなか逞しいものでありました。すっかり早朝の自転車散策もなれてしまいましたが、当初はストレッチも忘れがちで、途中で肩こり・足つりが眼を覚まし・・・、といった危ない伯父さん状態も多々ありました。

この日も、早朝からの秋模様で気温は21度と、10月初旬の様子でありました。さすがに、アームウォーマーを持参せざるを得ないものの、何処に仕舞いこんだかも覚束なくなって、見つけるまでの時間のロスタイムにあせるのでありました。

多摩川の気持ちよさは、この時期から秋にかけてが最高といっても良いのでしょう。その芳ばしい秋の薫りに、自然に恵まれた有難さを感じると同時に、この環境が、永遠に継続されんことを祈るだけです。南に向かい新川崎駅近辺のかなたに、これはもうずばり、鈴木信太郎の画趣に不可欠な独特の雲のそっくりさんが、降って湧き出し、しばらくその動きを見物していました。穏やかな天気にも拘わらず、上空は急変を告げる気配もあり、そそくさと六郷方面に向かったところ、川崎方面に怪しげな雲が生まれたばかりでした。右下方にちじんだような部分が見受けられ、ここでは雨も降っているようです。所謂、「雨知らす」というカタチの雲ですから、これ以上、川下に向かうのを止め、いそいそと、帰路につきました。多摩川では、このようなダイナミックな雲は多く見受けられたますから、天候の推移も分かりやすく、ちょっとした、自然現象の観察も兼ねられるのが魅力です。

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2008年8月29日 (金)

HAFFの製図用具

Rimg6336 百貨店のオリジナル商品開発・宣伝に追われていた1970年代中頃から後半にずいぶんお世話になったHAFFの製図用具は、80年代に入ると店舗開発のディレクション業務・業者との折衝業務が主流となったこともあり、ものづくりから離れてしまい、すっかりお蔵入りとなって、その後も殆どお世話にならず今日まで来てしまいました。これは、確か、1975年頃に銀座・伊東屋で購入したように記憶していますが・・・。

1970年代の銀座・伊東屋の製図用品売場には、威厳をもった製図用具が、所狭しと置かれていて、スイス・ドイツの潔癖な製品から国産の初心者向けのものまでが、その精巧なメカニズムと工業製品の美を競うように展開されていました。私は1967年、初めての海外旅行で購入したスイス・Kern社製の製図用具http://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/kern_2d16.html#commentsを使っていましたが、このドイツ・HAFF社製のものはKern社製のものほどメッキが輝いてなくマット仕上げとなっていて、目も疲れることなく使い勝手に優れ、1975年の購入以来、会社ではこちらを愛用していました。まるでライカのような美しい表面処理を施した本体は、全く傷も付かず、40年近く経った今も、驚くべきことに美しく渋い輝きは不変です。

道具のあるべき姿が、なんの衒いもなく実直に表れているものには、清清しさと神々しさが同居していて、それを使う仕事に対する真摯な取組みの姿勢さえ、何処からともなく、観られているような気がいたします。

ところで、最近の銀座・伊東屋の品揃えには急に変化が出て、極論すれば、売れるものをこれまで以上に重視し始めたようです。例えば、画材売場の品揃えなどは、何もないのと同じようで、初心者向けのモノに重心が移動してしまいました。男の散策と薀蓄の宝庫であった時代はもう過去のものといっても過言なし・・・です。いずれの大店も大小の差こそあれ、メガブランドとアジアの客に翻弄され、銀座のあり方などかまっている状況ではなさそうですが、ここはひとつ、銀座百店会http://www.hyakuten.or.jp/syoukai/syoukai.htmlの奮起を願わんばかりです。

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2008年8月28日 (木)

広重・駿河湾の絶景 白須賀

501 静岡県・白須賀町の潮見坂を参勤交代の行列が通っていますが、この光景は今もさほど変わらないようで、駿河湾を望む絶景ポイントの王座は不変のようです。

広重の手にかかると、ただの平凡な景色もわくわくして行きたくなってしまう魔術のようなものがあって、何しろ当時の観光ブームの下支えの功労者であったことには間違いないでしょう。

この版画も、誰しもが行ってみたくなるパノラマが目の前に開け、解放感いっぱいです。極めてシンプルな版画という手法を以って、このような独自の世界を創出した広重には、東海道観光振興担当のアートディレクターという肩書が一番相応しいのかも知れません。

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2008年8月27日 (水)

他愛ない灰皿ですが!

Rimg12225 会社の販促品などをノベルティー・グッズなどと呼んでいますが、最近は子供向けや、ブランドとタイアップした類のものが多く、どきっとするものに、お目に係れなくなりました。

その昔、グリコ・ヴァンジャケット・サントリーなどの会社は、他愛ない販促品でも手を抜かずに自社で企画コンセプトを作っていたので、代理店に丸投げのような販促品でなく、自社のコンセプトが些細なモノにも乗り移っていました。いまだに『お好きな方々』が多く、話によりますと、交換会なども行われているそうで、それも100パーセント近くが男衆だそうですから、男の趣味というものは女性には理解されないのでしょうね・・・。

さて、この灰皿でありますが、25年ほど前、ロンドンのビンテージ・マーケットで、さほど気に入ったものがなく、冷やかし半分で覗いていた露店に転がっていたものです。

金型プレスで打たれたロゴマークの浮き出た感じが程よく、そのコピーも販促の本音があふれた、王道のメッセージです。又、あまりにも量産性至上主義のような直球スタイリングに、グッときてしまい、つい購入してしまったものです。

これまで、衝動買いしてしまったこの類のものは数知れず、それも紙の袋に一派一絡げで放り込んでありますから、過去に何度も家人に捨てられそうになり、危うく分別ごみとなってしまう運命に陥りました。

以前はヘビースモーカーでしたが、今は全く吸いませんから、ギターのピックなどを容れておくのに形の相性もよく、重宝しています。

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2008年8月26日 (火)

エドワード・ホッパー、うねる波

Ed14 エドワード・ホッパーの手に掛かると、ヨットを楽しむ画面にさえも、静けさと不安な気配が漂います。

おそらく台風の余波が海面にも現れ始め、どこからたどり着いたのか分かりませんが、漂流物をクルーの面々がただじっと見つめているだけ・・・といった、シーンですが、ぴたっと時間が止まったような画面です。

雲にも、近づく台風の予感がありますし、画面全体をセルリアンブルートーン中心にまとめたからこそ、静けさと寂しさがシンクロして、カジュアルでアクティブな画風になりがちなマリンスポーツのモチーフを、夏の終わりの静かな物語にしています・・・。

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2008年8月25日 (月)

東京ミッドタウン・箸長

Rimg11700 Rimg11698 Rimg11701 一頃の混雑はなくなったものの、他の商業施設ほど、短絡的思考回路で、集客第一に重きを置き、立上の自らが存在するコンセプトを捨て去ることなく頑張っている、東京ミッドタウンに用事のついでに立ち寄りました。ファッション分野はこれといった新鮮味の展開もなく、この突然のような景気の凋落をまともに煽りを受けたのか、どこも閑散としていますが、PUMAのショップには過激で洗練された、シューズが並んでいて、ここのデザインとアイデアは他のスポーツシューズブランドより、一歩抜きん出ています。

サントリー美術館のあるフロアーには、東京ミッドタウンの売りとも云うべき生活関連のジャンルが集結していて、ファッションよりも身近ながら個々のテナントが夫々の方向性で競いあっていて楽しく、このフロアーはいつも来店者で盛況です。地下にある虎屋などは、このフロアーにあれば、和菓子のもつ季節との関わりなどがより一層発揮できたのに・・・、などと思ってしまいます。

さて、この写真は箸長という和雑貨のお店です。元々、お箸が売りの店だったのですが、今やこのようなぶら下がりモノばかりのイリュージョン状態で、もう日本の縁起物ならば何でもあり・・・、といった有様で、自然と外国人の人気スポットでもあります。実は、日本の小売で一番苦手なのが空いた空間の利用・活用で、此処は、その解決方法のヒントが各所にありますから、アイデアとしての商品展開にハッとすることがあります。

この雰囲気をもつ店舗を業界筋では「マーケット感覚」と呼びますが、ここはさらに、リピーターの頻度を増やすため、きめ細かい品換え、季節のイベントも織り込んで、「飽きない商い」がコンセプトのようにも観えます。感覚的には、京都の可愛い雅感と江戸の粋筋が適当に混ざり合い、見ようによっては混沌・煩雑ではありますが、探し出す愉しみとワクワク感があって、正に「マーケット感覚」なのです。

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2008年8月24日 (日)

アルフレッド・ウォリス『白い家・ヘイルズの丘、セントアイヴスの近く』

3 ダンボールのような厚手の紙に石墨・ペンキ・油彩を操って描かれた家の様子はウォリスにしてはバランスの取れた素人好みの趣きです。

自分の住んでいたセントアイヴスの近辺を記憶を元に描かれたと思われますが、彼にとって船の描写とは少し異なっていて、さっぱりとしたデザイン感覚に溢れています。船員時代が長かったこともあって、船に関係するモチーフにはそこかしこに自分を投影する表現がありますが、家にはあまり未練がなかったのか、どの家にも生活感がなくて、却ってそこに彼の人生観がありそうです。

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2008年8月23日 (土)

ポールスミスのウクレレ?

Rimg11828 Rimg11825 Rimg11821 既に終ってしまった展示会ですが、神宮前のポールスミス・スペースhttp://www.paulsmith.co.jp/space/で、一風変わったウクレレの展示会がありました。会期中、出かけることが出来ず、終ってから店を覗くとまだ展示されていました。

このウクレレ、廃材を可能な限り使いまくったもので、発案者のジャズトランペット奏者・ヒロ川島さんhttp://www.lovenotesjoy.com/hiro/の考えに共感したポールスミスさんが支援して、実現したものです。ウクレレはハワイの『Hana』製http://www.hanaukulele.jp/で、初回製作分のウクレレは完売して、今も追加受注を受けているようですから、お好きな方々は出向かれたらいかがでしょうか。廃材同士の組み合わせ、ペグの素材、ハートマークの洒落たあしらい・・・など、楽器業者では考えもつかない「いい感じ」に出来上がってます。おまけにオベーションギターを彷彿させる裏側の曲面の仕上げからして、柔らかく優しい音が聴こえてきそうですが、ちょっとお腹の出具合の気になる方ですと、滑ってしまうかも知れません。

ポールさんの最近の行動は、ファッションビジネスの成功に留まらず、世界の優れたアーティストとのコラボレーションによって埋もれた才能を引き出す、インキュベーダーの世界にも入り込んで来たようです。

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2008年8月22日 (金)

宮脇檀研究室・デザインサーヴェイ図面展

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デザインサーヴェイといってもご存じない方が多いことと思います。

デザインサーヴェイとは、ひとつの町をそっくり全体的に調べることを言います。その町が、現代的な都市であったり、外国の街でも良いのですが、宮脇ゼミナールでは、日本の伝統的な町を対象として、調べてきました。
1966年から、1973年にかけて、倉敷(岡山県)・馬籠(岐阜県)・萩(山口県)・五箇荘(滋賀県)・琴平(香川県)・稗田(奈良県)・室津(兵庫県)・篠山(兵庫県)の8ヶ所を調査して、建築的な図面として記録しました。その図面を見てもらうのが、今回の展示です。

デザインサーヴェイ以前に、町全体を概略的に描く方法、又は、主だった建物の間取りを調べる方法などはありましたが、町中の家を全て詳細にわたって調べる方法はありませんでした。
一軒一軒の家の間取り全てを網羅することによって、個々の家から、町全体までの関係性、その町の持っている特徴が見えてくるようになると思います。

まずは鳥になったつもりで、町の上空に行って見ましょう。目の下には、家々の屋根がつながっている様子が見えるはずです。これを図面にしたものが「屋根伏図」です。ここでは、屋根の大きさ、形、棟の向き、庭と建物の関係、道路と建物の関係、町の中の家の密度の高いところ、低いところ、町の中心になる建物などが解ります。
次にこの屋根をそっくりはずして見ます。そうすると一軒一軒の家の間取りが見えてくると思います。これが町全体の「平面図」です。それぞれの間取りには共通点もあれば、違うところもあり、大きな家もあれば小さな家もある。そこで生活している人々の営みが見えてくるような気がします。隣り合う家と家との関係、家と道路との関係、住宅と商店の違いなど、色々なものがここから見えます。
それではそろそろ、地上に降りて、町の中を歩いて見ましょう。道の両側には、家々の並びが見えます。壁や屋根の形、それを作っている材料、窓の形や、門の形、それぞれ共通点があり、又違っているところもあります。このように町の家並みの外観を書いた図面を「立面図」と呼んでいます。

空も飛び廻れる、一人の自由な旅人となったつもりで、ここに展示されている図面を見ていただけたら、ずい分面白いのではないかと思います。(主催者のことば:法政大宮脇ゼミ)

町田市の鈴木工務店http://www.suzuki-koumuten.co.jp/にある可喜庵http://www.suzuki-koumuten.co.jp/KAKI-AN/salon/salon.htmにおいて、今日から、法政大学・宮脇檀研究室の1966年から1973年までのマスターワークである、デザインサーヴェイ図面展が開かれています。

宮脇檀・没後10周年記念の展覧会で、倉敷(岡山県)・馬籠(岐阜県)・萩(山口県)・五箇荘(滋賀県)・琴平(香川県)・稗田(奈良県)・室津(兵庫県)・篠山(兵庫県)の8ヶ所の実地調査の成果が巨大ながら理知的な図面の線一本一本にに、当時の町の生活から空気までもが垣間見れるが如く、リアリティを以って、こちらに迫って来ます。

まだ、ロットリング・ファバーカステルなどの製図ペンが黎明期の頃でしょうから、詳細な部分を描くにはたいへんな緊張感で取り組まれたであろう「気」までもが図面の其処彼処に乗り移っているようです。巨大な図面には、インクの落ちた形跡も見当たらず、みごとな集中力と、何が何でも完成させるのだ・・・、といった気迫が図面を飛び出し、会場にまで立ち込めていました。図面以外にもデザインサーヴェイの様子のスナップから現地写真なども展示され、23日の18:00からは、関係者の講演と懇親会もありますから、「人間の手の復権」を願っている皆様は、是非、足を運んでみたら如何でしょうか。

このような魁の仕事を観ると、昨今のCADには見られない、執着のエネルギーが満ちていて、図面から元気をいただくという、有難いひとときとなりましたし、さらに、鈴木工務店の美女軍団のおもてなしも、予期せぬ出来事でありました。

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2008年8月21日 (木)

絶品な雲模様!

Rimg11808 お盆休みの頃、自転車で多摩川を早朝から走りましたが、この日は、既に秋の気配が身体に当たる風の様子からも感じとることが出来ました。

いつものように、多摩川の上り・下りを終え、帰路に着く頃、丸子橋近辺から、ご覧のようなみごとな雲模様が展開しました。ほんの数秒でその構成美とバランスが狂ってしまいますから、RICOH Caplio GX100を取り出し、連写した中の一枚がこれです。

自分の向かう先に雲も一緒に収斂していくことなど、出くわすことも稀ですから、実に気分のよい一瞬を味わうことが出来、何か有難い『神のお告げのようなカタチ』にも思えてきます。

私は雲に関して詳しいわけではありませんから、この雲模様を絵の技法として観るならば、筆でさっと描いた部分と水をたっぷりと筆に含ませてゆっくり描いた部分とが絶妙なコンビネーションでまとまっている・・・、といったところでしょうか。

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2008年8月20日 (水)

代官山・ヒルサイドテラス

Rimg10941  代官山ヒルサイドテラス

http://www.hillsideterrace.com/history/index.html は、その広大な敷地を、国内では稀有といってよいほど、テナントグレードのぶれをせずに、いつ来ても、美しさと落ち着きを保っている場所です。

云わずと知れた、槇文彦氏と朝倉不動産との性急過ぎない、ゆっくりとしたペースで作られた堂々としてシンプルな環境は、自然の木々を上手く残し、その上、尾根道沿いということもあって、一日中、光の恩恵が受けられます。

ここは、夏場、自転車にのって都心に向かう時の決まりルートでもあり、旧・山手通りのざわめかない雰囲気が好きで、此処の、豊かな環境を早朝から享受するために、わざわざ、寄道しては、気持ちよいひと休みを過ごします。場所柄、外国人比率も高く、犬連れの家族も此処を散歩するのが週末のお約束のようです。

ヒルサイドテラスは、各種イベントの内容もこの環境に相応しい催しが多く、他の商業集積地に見られる、集客重視のイベントとは一線を画していて、いかにも、品の良いがっつかない顧客ばかりが、この地域周辺を埋め尽くします。ゆとりのあるオーナーだからこそ成しえる、この贅沢な環境が、今後も継続されんことを願っていますし、最近は、旧・朝倉家の住居も公開していて、今では到底無理であろう、堂々たる日本家屋が、中目黒に向かう傾斜地の立地にみごとにマッチして、建っています。http://blog.goo.ne.jp/yk0053/e/998e5b1e58f1d6e53c69a4c2819a1fd3

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2008年8月19日 (火)

鈴木信太郎の『伊豆の漁村』・1963

23 晩年の鈴木信太郎は多くの伊豆の風景画を描いていて、年を重ねる毎に、色・構成ともにシンプルとなっていきます。

この『伊豆の漁村』と題された一枚は、バイオレットを含んだブルーの空の色が特徴で、鈴木には珍しく、遊び心に溢れた雲ひとつない空模様です。この空の色に彩度・明度ともにみごとに合った港風景が鈴木信太郎独特の緑色をベースに展開しています。深く静かな景色なのに、光を感じ、何ともいえない清潔な印象を与えてくれます。さらに、画面構成も右手前の家の屋根を強調して描いてますから、画面が遠くまで広がりをもっていますし、遠くの漁村の家をキュービックにまとめて抽象化していて、漁村のもつイメージとは遠いモダンな画趣に仕上がっています。これも、鈴木信太郎の画面采配魔術の典型の一枚でしょう。

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2008年8月18日 (月)

広重・両国宵月

Photo 広重といえば東海道五十三次や江戸名所百景のような諸国観光振興の一役を担った、色鮮やかな分かりやすいシリーズが有名ですが、この東都名所・両国の宵月と題された画趣には、グラフィック的シンプルさは消えて、極めてリアリズムに徹した強い素材感が前面に押し出されているように感じとれます。

両国橋の橋桁が大川の強い風にささくれ立って、ラギットな木の様子がみごとですから、奥に見える夕焼けと、藍色から浮き出てちらりと覗く月の円弧が、スーパーフラットな無機的感覚を表わしていて・・・、もうこのレベルのデリケートな感性の配分は広重天下そのものであります。この構図などは絵画史上、世界で初めての視点ともいわれますが、普段見慣れている景色を少し視点を変えてみるとこんなにも違う光景なのだ・・・ということを指し示しただけでも、世界の画家、そして映画監督への影響力は多大であったのでしょう。

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2008年8月17日 (日)

包装にも時代の波。

Rimg11685 所謂、世界経済の変動にも微動だにしない、世界の富裕層を相手にすることが、自動車会社からファッションブランドに至るまでの生き残り・金科玉条となっているようですが、最近の情勢は、日本の若年層の生活意欲・欲望・探究心の欠如からくる購買意欲の激減が、深刻となっているようです。若い世代がエネルギーを発散しきれずに、爆発していたのは1970年代前半までで、とっくに消滅していたのですから・・・。今や、逍遥三昧の若者に、公園も占拠され出した気配さえあって、極めて、日常の環境にしか興味ないパワーレスな状況に成りかけているようです・・・。

一方、自前の食生活さえ覚束なくなってしまった日本では、真剣に都市の農業をビルで可能にする方法などを検討しているようですが・・・、どうなることやら・・・と、相変わらずの、つぶやき・ぼやきでありますが、最近の日本橋・三越の地下・食品売場を散策していると、この老舗にも『背伸びしない普段がだいじ』とでも言いたげな時代の流れを遅ればせながら察知した気配の、日常食品が並んでいました。

あの・・・無印良品が近代インダストリアルデザインの大理念でもある、アノニマス性(無名性・匿名性)を日用品からファッションまで取り込み、当初、田中一光氏をデザイン棟梁としてはじまった健全なデザインの生活総合化は、今や、事業としても大成功を成し遂げ、日本はもとより世界にまで、その思想・意匠・展開までがひとつのブランド・ストーリーの古典として、成功例の物差しとなってしまいました。無印の雰囲気たるや、今や日用品ブランドのみならず、ハイエンドなブランドの知性を象徴する表現としても、無印そっくりさんが世界の至る所に浸透しています。

まあ・・・、言ってしまえば、さんざ投資した厚化粧と強い香りの方よりも、隣のすっぴんと石鹸の香りの方にグッ!と来てしまった、遊び人の金さん(遠山金四郎)のような、感じなのでしょうか・・・。

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2008年8月16日 (土)

1957年・波佐間 臨海学校

195742 夏の臨海学校が小学校4年生からスタートしたものの、水泳というよりか、水嫌いの私にはこの合宿が、どうしても避けられない恐怖の頂点でありましたし、毎日が辛い訓練の連続でありました。

水泳を教わるのは、同じ学園の大学生で、主にラグビー部の厳つい身体をした怖い大先輩ばかりでしたから、その恐怖がさらに拍車が掛かったようなものでした。初日午前中に基本的な泳ぎ方を習い、午後には即試験で上手・普通・下手という格差丸出しのクラス分けが為されました。私はもちろん下手のクラスでしたから、この学園の伝統である赤い褌に赤い帽子という、いかにも下手そのものといった姿を晒し、海中でしごかれるのでありました。

大学生の中には当時大流行していたウクレレ持参で、水泳訓練が終ったあと子供たちと一緒に合唱に合わせて、覚えたてのコードを披露してくれる優しい先輩もいましたから、そろそろませて来た年頃でもあり、早く大人になって、イカス音楽をやりたいなあ・・・などと思っていました。

毎朝の朝礼も大学生が仕切っていて、今と違い、長所など無視して一人ひとりの問題点・弱点を全員の前で実態よりもオーバー気味に披露されるので、気の弱い生徒の中には半べそをかいている者もいて、ずいぶんきびしかったものです。この写真を観ても、ほぼ全員が憮然とした顔つきをしているのは、そのような理由からであります・・・。

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2008年8月15日 (金)

瀬田の環境

Photo_2 01 世田谷区瀬田一丁目には、まだまだダイナミックな自然環境が良好な状態で遺されています。戦前は別荘地として多くの政治家・実業家・軍人・文人にも愛された土地からか、その家並には、威風堂々という表現がぴったりな住環境が点在しています。

この画像の界隈はとくに、樹齢を重ねた自然環境に恵まれ、夏でも天然クーラーの風が涼しく、響くように鳴く蝉の声が、いっそうと清涼感を助長してくれます。

多摩川界隈の自転車トレーニングを終えて、普段ですと、自由が丘から駒沢に直帰するのですが、この時季は、ついつい瀬田・国分寺崖線の厳しい上り坂を駆け上がってでも、此処のダイナミックな自然環境に浸りたくなります。この日は、イギリス的クラブマンタイプの自転車に乗った方を見受け、その雰囲気は瀬田の環境にもみごとに合っていました。

さて、信号などまったくといってよいほどない、この瀬田地区ですが、迫り来る二子玉川再開発計画によって多摩川を展望する絶佳な眺めは消し飛び、さらに、抜道として環状八号線から侵入してくる自動車で、この界隈の週末は自動車の列で混みあうことになりかねません。その対策なども、瀬田の住民によって考えられているようですが、現実の破天荒な状況を仮説として、どの程度、最悪の状況を設定しているのかは、全く、わからないのです。

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2008年8月14日 (木)

昭和の残照・南麻布

Img_7277 先日、早朝の港区自転車ロードを愉しみました。コースは普段の快速指向でなく、自転車ならではの、裏道・寄道・戻道を繰り返しながら、久しぶりの都市考現学的な徘徊のようでもありました。

以前から昭和の記録写真を見ていて、南麻布の木造住宅が密集していた辺りはどうなっているのだろうか?などと思いつき、広尾ホームスという私好みのマンション脇を抜けて路地に向かいました。この近辺は外国人の密度も多く、独特の生活環境の薫りに満ちていますが、少し奥に進むとこのような、懐かしい気配に出会いました。昭和20年代後半あたりの物件ですが、木造アパートの典型のような造作は、今や希少価値でしょう。この物件も周りの状況からして、近い未来に取壊しとなることは必至でしょうから、スナップをさせてもらいました。

このような外観の建物は1970年代までは何処にでも見られたものですが、あっという間に、家賃効率のよりよい躯体構造の建築に替わっていきました。この画像を見る限りでは換気装置も見られませんから風呂もないでしょうし、エアコンも奇跡のように付いていませんから、レトロ好みの日本人か、案外と便利生活に拒絶反応を起こす簡素志向の外国人が住んでいらっしゃるのかも知れません。

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2008年8月13日 (水)

藤山一郎さん

103_3 正しいお父さんの在りかたを写真にすれば、このようになるのでしょうか・・・。

ずいぶん時代錯誤なことを言うな、などと思われているご同輩も、ずっと昔にはこのような立派なお父さんに教育を含め、みっちりと叩き込まれたに違いありません。

戦前から1980年代まで活躍した慶應ボーイの大歌手・藤山一郎さんは、NHKのお抱え歌手的存在でもありましたから、番組に登場しても、きちんとした身だしなみときちんとした日本語の発音がお見事で、小さい頃から一風変わった歌手だなー・・・などと思っていましたし、大晦日の最後に歌う『蛍の光』を指揮するその姿が妙に印象的でした。良い意味で日本のスタンダードを表現してくれた、歌手を超えた存在の人でありました。

 まだテレビも無い子供の頃、よくラジオから聴こえていた藤山さんの『丘を越えて』『青い山脈』『東京ラプソディ』などの曲が妙に頭に染み付いていて、今でも何処かで聴きますと、当時住んでいた久我山の懐かしい光景と、自分の姿までが蘇ります。

この写真は昭和30年代の光景ですが、いかにも健全なNHK的なイメージですね。国民のあるべき姿を、政治とは別の世界でリードしていった藤山一郎さんは、戦後の高度成長時代とシンクロしながらも、私世代辺りまで何らかの記憶に鮮明な存在感を残しています。

藤山一郎は、明治四十四年、日本橋蠣殻町に生まれる。本名・増永丈夫。慶応幼稚舎時代に童謡歌手としてレコードを吹込む。幼少の頃から、日本の近代音楽の風景を体感した。昭和四年東京音楽学校(現東京芸術大学音楽部)に入学。声楽を船橋栄吉、梁田貞、ヴーハー・ペー二ッヒ、指揮・音楽理論をクラウスプリングスハイムに師事。在校中に藤山一郎としてコロムビアからデビュー。《丘を越えて》《酒は涙か溜息か》《影を慕いて》が大ヒットして、これが音楽学校で問題となり停学処分となる。在校中、日比谷公会堂で外国人歌手と伍して《ロ-エングリーン》を独唱し好評を得る。昭和八年、首席で卒業。ビクター専属となる。流行歌、ジャズ、タンゴ、外国民謡、歌曲、独唱曲等を吹込む。また、ベートーヴェンの《第九》ヴェルディー・《レクイエム》等を独唱するなど声楽家増永丈夫でも活躍する。後にテイチク、コロムビアに移り、《東京ラプソディー》、《青い山脈》、《長崎の鐘》などのヒットに恵まれる。バリトン本来の美しさを持つテノールの音色をいかした豊かな声量と確実な歌唱は、正格歌手藤山一郎の声価を高め、メッツァヴォーチェからスピントの効いた張りのある美声は、人々に励ましと生きる勇気・希望を与え大衆音楽に格調と「陽」の世界を知らしめた。その功績は大きい。また、歌唱芸術のみならず、指揮、作曲においても活躍した。昭和三十三年放送文化賞、昭和四十八年紫綬褒章、昭和五十七年勲三等瑞宝章、平成四年、国民栄誉賞受賞その功績は近代日本音楽史に燦然と輝く。.

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2008年8月12日 (火)

高岡のユウカメロン!

Rimg11486 Rimg11481 Rimg11483 先週の水・木と、富山県高岡市に出かけ、新プロジェクトの方向を探る会議に出席しましたが、そのお昼に伺った「居酒」で最後に登場したメロンの味に、仰天しました。メロンは北海道・夕張の独占なのかと、思っていましたが、このみごとなカタチは「ユウカメロン」という種類で、今や、東北・北関東・の一部で栽培され出した種類だそうです。

その味と風味たるや、まったくこれまでのメロンとは別物で、和菓子にみられる和三盆の甘さにも似た、極めて、優しく透き通るような香りと味です。亭主が包丁で切ると、果肉全体から、じわじわと水分が染み出して、美しい漆の器とぴったりのハーモニーを奏でてくれます。メロンは和食との相性も良いですが、このユウカメロンは、姿・味・香りともに、これまでのメロンとは話にならないほどの、「和の絶品」とでもいえるでしょう。

いずれ、このユウカメロンが日本の夏の「ハイスタンダードな風物」となることは、手間を考えれば数に限度があり夢かも知れませんが、『幻の・・・・此処にあり!』、などとメディアがあおりたてること、間違いなさそうです。

高岡市でこのメロンを栽培する大井鯉一さんの職人技から生まれる逸品は、数も少なく、頂けるだけで、幸せな人・・・!、と言われるそうです。

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2008年8月11日 (月)

昭和の典型住宅

Rimg10055 炎天下の多摩川サイクリングは、けっこうしんどいトレーニングになりますから、帰路につく頃は状況判断も覚束なくなり、集中力を途切れないように自問自答しつつハンドルの揺れを気にしつつ、ひたすら家路につくのです。逆に、爽やかな一日ですと、気持ちに余裕が出来て、徘徊の醍醐味でもある昭和住宅物件にでくわす確立が、ぐーんと向上するのです。

この日は昼頃から、風が涼しくなって、午前中の蒸し風呂状態が嘘のようでありました。多摩川周回を終えて、定番の帰路・田園調布から自由が丘経由、駒沢までの途中、普段と違うコース取りをしたところ、ご覧のようなメインテナンスも完璧な昭和30年代と思しき物件が現われました。板張りの外観も酸化することなく、みごとな風貌で、日本の定番ここにあり・・・とでもいいたげに、凛として、存在しています。さぞ、これまでの手入れたるや、並大抵のエネルギーではないように思え、つい、シャッターを押したわけです。

家中にモノがあふれ出す以前の、昭和30年代前半の慎ましやかな家庭像が外からも窺えるようなこの典型住宅のタイプも、この何年かで都心の此処彼処からすっかり姿を消し、あとは、お決まりの家賃収入安定確保主義の風貌へと変わってしまうのが、どうやら、昨今の通り相場のようです。自転車で夫々の町を徘徊していますと、この国の将来への不安感は、街並みさえ景観などとは関係なく、経済志向へと変えてしまい、その動きがここに来て益々、顕著であることを、自転車で走りながら実感しています。

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2008年8月10日 (日)

トイカメラというジャンル。

1217935812_photo1 原宿のアートスペース「ラップネットシップ」(渋谷区神宮前1、TEL 03-5411-3330)で8月5日、トイカメラやユニークなカメラを一堂に集めた展示販売イベント「マジカルカメラツアー2008」が始まった。

 同イベントは、トイカメラの販売サイトを運営するスーパーヘッズ(本社=パワーショベル、猿楽町)が主催する夏恒例企画。

 会場では、トイカメラで撮影した写真を短冊にした約500個の風鈴を天井からつるし、1個300円で販売する。ヨーロッパを代表するフィルムメーカー「AGFA(アグファ)」のカメラやビンテージカメラの展示販売ほか、動物をモチーフにしたミニカメラ「イキモノシリーズ」などを扱う。

 期間中、パワーショベルが独自に開発した35ミリ2眼レフトイカメラ「blackbird,fly(ブラックバード フライ)」の先行販売も予定している。同カメラは、ファインダーを上からのぞいて撮影するため、ほかのカメラと違う目線の写真を楽しめるのが特徴。カラーは、ブルー、オレンジ、ブラックの3色。価格は1万円(数量限定)。

 この「ブラックバード フライ」を使って世界各地の風景や人々などを納めた写真の展示や、ファッションモデルのチェルシー舞花さんが35ミリハーフのトイカメラ「GoldenHalf(ゴールデンハーフ)」で、何気ない日常を切りとった写真のパネル展示も行う。

 営業時間は11時~20時(最終日は18時まで)。入場無料。8月20日まで。

知らない間に、トイカメラというジャンルのプロダクツが洗練され出し、気が付けば、カジュアルな感覚の先端を走っている風貌さえ、あります。この「ブラックバード、フライ」と称されたシリーズには、グッと欲しくなる要素が写真からも感じとられます。それは、鉄道模型の仕様にも似たカラーリングと本体の表面処理、さらに往年のSWATCHの時計に見られた、チープな素材を現在感覚として、美的に再生する・・・といったような、センスに溢れているからかも知れません。

時代はエコ・・・エコ・・・エコと、こだまが響かんがばかりに騒がれるご時勢、ものづくりの素材選択などにも、循環を前提とした判断が当たり前の時代です。このカメラの素材・部品・その他の要素が地球に優しいものかどうか計りかねますが、ロングライフ商品として、長く市場に根を生やしてもらいたい・・・、と願うばかりです。

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2008年8月 9日 (土)

多摩川堤の不思議!。

Rimg11042Rimg11200_2 晴れた夏の早朝に、多摩川堤を疾走するには、せめて、6時半過ぎには到着してませんと、その爽やかな涼風の恩恵を受けられません。この時間帯の30分の差は極めて大きく、私と同じ考えを持つ皆さんとお会いできることも楽しみです。

さて、前から気になっていたことなのですが、ガス橋と多摩川堤が交差する地点の東京側を走っていると、必ず、スピードメーターが0km/hとなってしまい、当初はこのメーターの具合かと思ってましたが、何度か、繰り返しても必ず、この地点でゼロと表示されるのです。この地点とはキャノン本社地域で、本社と工場を過ぎた地点になると、又、元に戻るのです。同じサイクリストのM原さんという方にお聞きすると、やはり同じ経験がおありということでした。さらに、国産のCAT'S EYEだけがゼロになり、輸入品はゼロにならないということでした。

そのようなわけで、ガス橋を越えるときは、川崎側を抜ける方が不気味感は一掃されそうですから、今後はルートの変更をしてみようと、思っています。

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2008年8月 8日 (金)

コーラが呼んでいる!。

Rimg10978 早朝の自転車トレーニングは、風も程よく爽快で、慣れてしまうと午前中の仕事開始までが充実します。でも、たまに6時過ぎからギンギンの朝陽に照らされてしまうこともあって、多摩川などは逃げ場が少ないので、水分補給が欠かせません。

幸いにも、自動販売機はどこにもあって、いざというときにはこと欠きませんが、各飲料メーカーが設置にしのぎを削っているようでもあり、更に、新商品のオンパレードも多く、なかなか、望みどうりの飲物に出くわすことが少なくなりました。

さて、コーラはあまり身体に良い飲料ではないことは、承知済みですが、からからに乾いた喉を潤すには残念ながら、コーラ以上のものはなさそうです。この日、世田谷通りの上町界隈で無性にコーラが飲みたくなり、自動販売機で出てきたのが、あまり見かけない缶のペプシコーラでした。コーラも時代の趨勢に鑑み、ノーシュガー・ノーカロリーのものばかりが、並ぶようになりましたから、このクラシックな味わいとちょっとビンテージな雰囲気のグラフィックにしばし、見とれていました。よく見ると、Limited Edition と書いてあり、何を以ってそうなのか、分かりかねますが、久しぶりに、喉越しにシャキーンとした刺激を受け、パワー回復となり、真夏の炎天下となる少し前に、家路に着きました。

この時季、自転車で一番気をつけることは、空腹ですから、腹が減ったり、喉が渇けば、こまめに止まってでも、食事を取ることです。最近は便利な携行食品も多く、走りながらでも食事できますし、普段の生活場面と違い、自転車はハードな運動ですから、多少の高カロリー・高エネルギーでも許されて然るべきなのです。

それにしても、ペプシコーラのレモンフレーバーの旨さを再認識したのですが、コンビニなどでも、この缶に出会いません・・・。

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2008年8月 7日 (木)

夏は日陰で風と戯れる!

Lexusscene04 Photography:Sacha

暑苦しい夏は皆さんもそうでしょうが、日中外に出るのは大の苦手で、外など出ず適度にエアコンの効いた家の中で見た目に涼しく美味しい夏の和菓子と冷やし抹茶などがあれば、それだけで満足なのですが・・・。

若い頃は、陽射し燦々の炎天下、日焼けオイルにコカコーラを混ぜると一層黒く早く焼けるのが愉しみ・・・、などというみえみえなこともありましたが、今ではせいぜい風通しのよい日陰で、活字の大きな岩波文庫を読むか、スケッチブックに手近なモチーフを描くのが、愉しみになってしまいました。

大好きなジャックタチの映画『僕の伯父さんの休暇』 http://www.youtube.com/watch?v=daiJm2uHXTk を観ていると、一時代前のフランス庶民の贅沢ではないが豊かな休暇の過ごし方が此処彼処に垣間見ることができ、特に夏の季節に観ると、いっそう臨場感が増します。特にメンズファッションとしてのリゾートウエアやラゲージなどには今も観るべきところ大で、私はこの映画から自分のワードローブ(衣装計画)の中でもカジュアルな要素の基礎をしっかりと勉強させてもらいました。

さて、この写真は1993年頃にルイヴィトン社が制作した『フランス旅行記』というシーズンコンセプトカタログです。庶民感覚からすれば縁のないハイレベルのバカンスの過ごし方が各ページに登場し、ややスノッブな感が歪めませんが、自社の商品が発揮できる最高の状況を、リゾートの空気感たっぷりに包み、洒落ています。

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2008年8月 6日 (水)

居心地の良い店!

Holiday11 自転車の恰好をしても、さほど気にとめることなく入れるお店というのが少なくて、都心ですとどうしても休息する店が決まってしまいます。

神宮前近辺であれば『J・COOK』の美味しい軽食、神田界隈であれば、『さぼーる』のオーナーのしゃきっとした江戸前の応対と、切れ味のよい香りの珈琲が気分よいですし、少し北に上って本郷辺りですと『近江屋洋菓子店』のスープランチとご存知アップルパイ、ケーキ類・・・などと、食に関するお店のチョイスを正しくお洒落にすることは、都心の自転車徘徊が楽しく過ごせるか否か、決定的な要素なのです。

さて、昔の日本家屋でいえば縁側、店でいえば御茶屋の毛氈を敷いた縁台・・・といった日本独特の空間は中でもなく外でもなくといった、正に日本の曖昧性の代表例のようなものですが、こんな環境の場所も都心では限られていて、フランチャイズの無機的メニューとマニュアル通りのおもてなしに耐えるのが、一般的な自転車愛好家の行動のようです。

ジャックタチの映画や1950年代から60年代前半のフランス映画には、フランス文化ともいえるカフェが多く登場して、今でもビデオを通して愉しんでいますが、私が初めてヨーロッパに旅行した時は、その数の多さと店の歴史の長さにびっくりしたものです。どんな地方に行っても、地元の親爺さんたちが仕事を終えて談笑に耽っている様子をみて、羨ましい生活環境だなあ・・・と感じ取ったものです。

今でも、この絵のような小さなホテルとカフェ・バー・ビストロなどが組み合わさった所が目の前にと突如現れれば足を止めたくなってしまう性癖は、子供の頃から吉祥寺・神田・銀座で父の徘徊をつき合わされ、居心地のよい店の雰囲気を子供心に知ってしまった影響からかも知れません。

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2008年8月 5日 (火)

自転車ショップ・成城 BEX ISOYA

Rimg11342 Rimg11334 Rimg11337 Rimg11332 Rimg11335_2 6月6日にオープンしたスポーツ自転車専門店・BEX ISOYA 成城店 http://bex-isoya.com/shop/ は世田谷通り沿いにあります。

荒っぽい車がひっきりなしに通る街道筋には相応しくないほど、きちんとした店舗を構え、そのスタッフの皆さんも、よくこの手の店に有りがちな、学生バイトではなく、接客対応もきちんとした、トレーニングを受けている確かさがありますから、質問に対しても、的確な回答が響きます。自転車だけでなく、生活を楽しもうとする気持ちがこの店には溢れていて、ちょっと寄って行きたくなる店です。クリーンな空間はこれまでの自転車ショップに一番欠けていた、控えめな商品展開の見事さも相まって、実に見やすく回遊できます。、

自転車の店は、店舗運営のプロが関わることなく、その殆どが、成り行きと勢いで営業してる処が多いので、どうしても、暫く経過すると雑然と仕出し、さらに、周辺の 一般客に対応するために、日常生活に向いた品揃えにも気配りしてしまうのですが、この店は、完全に、セレクトショップとしての毅然としたコンセプトが明快ですから、心地よさ、最高です。

永い間、油と埃・陳列のお粗末さが、連綿と許されていた自転車ショップにも、ようやく時代の追風もあって、クラス感のある、きちんとしたカジュアルな店舗環境を備えた店が出来たことに、拍手であります。

此処の品揃えは、一見、マニア向きのレベルのものばかりと思ってしまいますが、価格的にも、バランスが取れてますし、何より、厳選したブランドのセレクトセンスがずば抜けています。LEMON ・KLEIN など、一味違う渋くてお洒落なブランドが、店内に、バランスよくレイアウトされています。

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2008年8月 4日 (月)

便利この上なし!

Img_8268 建築家・秋山東一さんに、薦められて昨年購入した、RICOH Caplio GX100は最初、その細かな使い勝手に頭がついていなかったのですが、ようやく、スペックを自在に扱えるようになり、毎日、肩に下げたり、鞄に容れたりして、持ち歩いています。

いわゆる、マーケットニーズを組み入れたデジタルカメラというよりも、こてこての、技術屋集団の執念の結果のようなモノですから、それなりに、使い勝手にも面倒くさいこと、多々あって、ファインダー交換の際の薄い板状の部品はよく落としますし、レンズキャップは一発で付きませんし、レンズ交換の際の面倒くさい部品取り付け・・・、など、いらいらすることだらけなのです。ましてや、夜間の撮影や、人に委ねて撮影を依頼するときなど、何処を外したり、押せばよいのか分かりづらいこともあって、遂に市販の白ラベル3㍉の○を貼り付けました。夜間でもハッキリ、認識できて、便利なものです。

そんな、試行錯誤が続いている頃、やはり、秋山東一さんのブログに登場した、Manfort"Modopocket No 797"に一目ぼれ。これを扱っているサイトから、当時一番価格の安いところを見つけ、¥2000台で購入しました。現在も価格の差は大きいので、欲しい方はしっかりと調べてから、購入されることを願っています。この道具、しっかりした構造と素材が嬉しく、イタリア製なのに、ドイツ的な風貌ですから、ちょっと自慢気な気分であります。それよりも、『自分ひとりで人の手を借りずとも、記念写真が、いつでもどこでも、』といったことが、画期的なのです。折りたたみのしっかりしたヒンジといい、コインで開閉する赤いネジといい、これひとつで、ぐっとRICOH Caplio GX100が洒落者と成り代わりました。

Manfort"Modopocket No 797"に関して。

http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/002015.html

http://madconnection.uohp.com/mt/archives/001540.html

http://leicam8.exblog.jp/8677657/

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2008年8月 3日 (日)

1963年・自転車合宿

196310jpg 1963年・8月3日から11日にかけて実施された、サイクリング同好会の部の昇格を賭けた合宿は、全てが初体験のようなもので、見方を変えれば珍道中のような有様でした。

当時はタンデムも、走行地域指定などありませんでしたから、お宝のような東叡社のダークレッドのメタリック塗装の一台こそが王者の貫禄を存分に発揮して、チームのメンバーがバテ気味にでもなろうものなら、後方から檄が飛んできたりと、鈍らな体力の高校一年生を荒ぶる男へと鍛えていったのです。

この写真は、合宿初日の朝9時頃、高校の正門に横付けされた「成城大学自動車部」のトラックにタンデムを積み込んでいる様子です。先輩の嘆願により快諾された、他大学の協力により、この合宿は実現したも同じだったのです。

重そうな荷物もがっちりと括られて、この中には、これからの9日間のダートなツーリングに向けて救急薬品やら、調理器具なども、仕舞い込まれています。このあと、トラックに四人ほど乗り込んで、渋川まで自転車と一緒に揺れる道中をしんどい思いをしながら運ばれていきました。残った私と佐々山さん・中村さんの三人は電車を乗り継いで渋川で合流したのです。初日は渋川を午後4時40分にスタートし、伊香保に向かいましたが、いきなりの急勾配は想像以上!、10キロの道のりを時速5キロという状態でしたから、タンデムを運転した中村隆司さんと佐々山厚さんは、初日から疲労困憊の状態でした。

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2008年8月 2日 (土)

瓦の美しさ

1960 写真:宮本常一

小学校の夏には夏の学校という海での生活が待っていて、水泳や海の好きな生徒には、親と離れて自由になれる解放感とともに年間のだいじな 行事でありましたが、私は水泳というか海の遊びにさほど興味がなく、どちらかと言えば苦手な行事でありました。

それでも、毎日、一日中泳いでいるばかりでなく、スケジュールの中には現地の散策や地元の生活見聞もあって、私はどちらかというとこれが楽しみでありました。

この写真は民俗学の宮本常一さんが撮影した美しい日本の風景です。1960年の撮影で場所は山口県・室津と記されていますが、この景色は全国どこの漁村でも見られた平均的なものです。この頃から一気に高度成長に拍車がかかって、この美しい瓦の屋根も勝手気ままな色が花咲くカラートタン屋根などに変わっていきます。

ところで、今上天皇の結婚が1959年(昭和34年)でしたが、東京や大都市圏ではカラーテレビが飛ぶように売れて、屋根からはトンボのようなアンテナが立ち始めましたが、この写真を観るとまだテレビも普及していない様で、アンテナそのものが殆ど立ってませんから、いっそう美しいと認識してしまうのでしょうか・・・。この時代あたりから日本の風景は加速度的に洋風に急変しはじめ、私が週末に同級生と自転車で走り回っていた1963年頃には、建設ラッシュの象徴・ダンプカーが朝から晩まで砂埃を巻きながら、至るところを走っていました。

さて、1965年に北原謙二さん(1939~2005)の歌った『ふるさとのはなしをしよう』という歌謡曲は、メロディの美しさもさることながら、歌詞から浮ぶ景色が丁度、この写真にぴったり・・・といったところです。http://jp.youtube.com/watch?v=nXqVO8gQNcg&feature=related

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2008年8月 1日 (金)

軽井沢便り・ボーリスが走る!。

                                          50193608 写真:土屋写真店1936年 (http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1936.html )8月に開かれた『軽井沢開発50周年記念パレード』を土屋写真店』の主人が撮影したものです。

まだ碓氷峠から中仙道を下った宿場町といった有様が見られる一方、限られた層の避暑地としてハイソな気分満点でもあり・・・と、今日のような大リゾートタウンになるなど夢にも考えていなかった頃の写真です。

この日、諏訪ノ森神社で式典が始まり、尾崎愕堂の基調講演の後、ショー記念碑までパレードが行われた時の様子ですが、馬車の右手で走っているパナマ帽を持った外国人こそ、建築家ウイリアム・M・ボーリス氏(1880~1964)です。ボーリス氏は軽井沢テニスコート・ユニオンチャーチ・軽井沢集会所など、彼の故郷コロラドと東部のシンプルな伝統的建築様式を紡いで、彼の地、軽井沢で極上の質素ながら、正統で快適な建築環境を構築していきました。

まだ、外国人など見ればスーッと引き下がってしまう日本人の多い時代、此処軽井沢で、国際色豊かに各国の人々が自由に避暑を通して交流してましたが、一方、東京の市谷あたりでは1933年の国連脱退を引き金に、世界との交流の根を閉ざそうとする謀略・軍略が目白押しで、夜な夜な荒木町や神楽坂界隈では密談の毎日でありました。

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