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2008年8月 1日 (金)

軽井沢便り・ボーリスが走る!。

                                          50193608 写真:土屋写真店1936年 (http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1936.html )8月に開かれた『軽井沢開発50周年記念パレード』を土屋写真店』の主人が撮影したものです。

まだ碓氷峠から中仙道を下った宿場町といった有様が見られる一方、限られた層の避暑地としてハイソな気分満点でもあり・・・と、今日のような大リゾートタウンになるなど夢にも考えていなかった頃の写真です。

この日、諏訪ノ森神社で式典が始まり、尾崎愕堂の基調講演の後、ショー記念碑までパレードが行われた時の様子ですが、馬車の右手で走っているパナマ帽を持った外国人こそ、建築家ウイリアム・M・ボーリス氏(1880~1964)です。ボーリス氏は軽井沢テニスコート・ユニオンチャーチ・軽井沢集会所など、彼の故郷コロラドと東部のシンプルな伝統的建築様式を紡いで、彼の地、軽井沢で極上の質素ながら、正統で快適な建築環境を構築していきました。

まだ、外国人など見ればスーッと引き下がってしまう日本人の多い時代、此処軽井沢で、国際色豊かに各国の人々が自由に避暑を通して交流してましたが、一方、東京の市谷あたりでは1933年の国連脱退を引き金に、世界との交流の根を閉ざそうとする謀略・軍略が目白押しで、夜な夜な荒木町や神楽坂界隈では密談の毎日でありました。

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