« 西伊豆ツーリング・1964 | トップページ | ライカ・父の遺したもの »

2008年9月17日 (水)

フランス・JAZの目覚し時計

Njhfdrytu_2 1985年頃、どこから観てもすきのないプロポーション、こういう姿をもつ日用品の数が多いほど、その国の民度も低いわけがない・・・、などといわれて、日本プロダクトデザインの世界にも、きちんとした商品が登場する気配が台頭したかと思ったのもつかの間、あっさりと、ガジェットばかりの雑貨に世間の目が移ってしまいました。

バブルの時代。丁度1985年から1992年の間、百貨店をはじめ専門店が雑貨に力をいれ、それまでの服飾雑貨と趣味雑貨の垣根を越えた、複合的品揃えが台頭しました。デザインは先ず、イタリアからと、ばかり・・・、当時、センスに抜群の取引先を数社厳選して、他店より早く、トレンドを分析しては半年後のシーズンプランに自社の品揃えの優位性を企てていました。しかし、所詮はトレンドというものの、顧客の支持を得なければ、成果も生まれず、自己満足の集積ばかりが目立つこともありました。小売のしごと、それも自主編成の組み立てと差別化が金科玉条のデパートにあって、人間関係が親密でなければ、何の成果も生まれないことも分かり、通り一遍のオリエンテーションで取引先が動く事など皆無。毎晩が、新しい方向を模索するために、宴会三昧の毎日となり、ついには、現在の代官山アドレスの一角にあった畳屋さんを、ごく限られた会員が出入り自由な店として提供した取引先もあったのでした。今の時代であれば、三面記事の恰好のネタであったでしょうが、こんな美しい目覚し時計を見ていては、あの、空虚なバブル時期が反作用のように蘇るのであります。

|

« 西伊豆ツーリング・1964 | トップページ | ライカ・父の遺したもの »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/23468753

この記事へのトラックバック一覧です: フランス・JAZの目覚し時計:

« 西伊豆ツーリング・1964 | トップページ | ライカ・父の遺したもの »