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2008年9月 4日 (木)

村の長老は話好き!

Kjzer 1964年頃は、天気が良ければほぼ毎週末、久我山の家を早朝飛び出しては長閑な田園風景が残されていた武蔵野方面や、ちょっと遠出気分の調布・矢野口方面を経由した読売カントリークラブ方面を自転車で駆け巡っていました。東京オリンピックの前後の時代でしたから、そこいらじゅうを大型ダンプカーが疾走していて、よほどの物好き以外は、自転車で走ることなど怖くて出来なかった状況でした。

それでも、読売カントリークラブ周辺の丘陵地帯に入り、柔らかな稜線を走りながらのヒルクライムは、イギリスのクラブマンレースもどきが味わえるため、『お好きな方々』が集まっていて、今と比較すればずいぶんとお洒落な人ばかりでありました。又、この時代はタンデムで走ることも許されていましたから、その美しいパールホワイトの輝く塗装がみごとな東叡社のフレームを観るだけでも、一見の価値がありました。当時は50000分の1の地図を見ながら、知らない道を入っていくとほとんどといってよいほど、地元の農家の庭先に迷い込んでしまうのですが、この時代、皆さん親切なお年寄りが多く、珍しい自転車を見ながら雑談をして、採れ立ての野菜の漬物とお茶でご馳走などしてくれたものでした。話はその地域の昔の話から急激に変わりだした周辺の環境までと、止め処も無く実に社会勉強としても有意義なひとときでした。今のハイテク自転車であれば久我山から多摩丘陵までたいした時間も掛からないのですが、この頃はせいぜい8段ギアでさえも最先端でしたし、トークリップに革靴といった足回りでしたからペダリング効率も最悪で、ずいぶんと途中の山坂で苦しい思いもしたのです。

今や、ひたすらタイムトライアル指向の方々ばかりとお見受けする自転車界でありますが、私をはじめポタリング志向の皆さんは、この時代に受けた町や村の長老の他愛無い日常の雑談内容が、貴重な一時代の東京郊外の景観と共に、ひとつの風俗証言ともなっていて、その話の内容がいまだに焼きついて忘れられないのでありますし、頑なにクロモリのオールディズ感覚の自転車をきちんときれいにして乗っているのです。

さて、You Tubeでカーターファミリーを検索していると、その中に、多摩丘陵を自転車で駆け回っていた頃を彷彿とさせる名曲「Keep on The Sunny Side」が出てきました・・・。http://jp.youtube.com/watch?v=ZbmQQ4RfzVE&feature=related

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