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2008年11月14日 (金)

広重・下谷廣小路 1856

036 1856年 http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1856.html

に描かれた上野・広小路の様子には、既に侍と思しき輩が袴から代わってダン袋(西洋ズボン)を履いています。ペリー提督が来航して三年後、ハリスが下田に領事館を開き、巷には少しずつですが、海外とのお付き合いをどうするか、試行錯誤し始めた頃でありますが、巷の新しもの好きな連中はもう堂々とこの有様です。この揃いの笠で行列している女性群は具体的に何処の団体を指しているのか分かりませんが、鈴の音と香り袋から漂う粋筋の香りなどなびかせて、今とは比べようのない静かな町の薫香・音色を紡いでいたかも知れません。

この頃、広小路は江戸でも有数の繁華街で、上野・湯島を控えた絶対的好位置にありましたから、夕方から明け方まで、職人・町人から武士にいたるまで呉越同舟・・・、おおいに盛り上がっていたそうであります。確かに当時は階級社会であったものの、西欧のそれとはまったく違って、夜な夜な町の衆と武士達が一緒に膝突合せ、最新の海外情報などを交換していたようです。

現在もこの版画と同じ場所にある上野・松坂屋は、関東各県からのお客が中心でしたが、秋葉原の隆盛によって、アジア・ロシアをはじめとする外国人がこれまで以上に増えてきているようです。そのせいか、山手線沿いにある宝飾・貴金属卸から洒落たメガネ・スポーツ店に至るまで、それぞれが小奇麗になって来たような気配があります。

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