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2008年11月30日 (日)

バター容れなのですが!

Rimg1018 Rimg1020 あまりにもシンプル過ぎるので、家人にも首を傾げられましたが、買ってしまいました。

いわゆるバター用の容器なのですが、この絹ごし豆腐のような表面の出来具合が光を柔らかく吸収して、出番の多い朝でも、卓上が眩しくなくて、程よいのであります。

このバター容器は様々な素材のものがありますが、冷蔵庫に入れることが多いために、プラスチックや強化ガラス製の商品が殆どで、卓上に載せてそこそこの美しさをもったものにこれまで出会いませんでしたから、陶磁器製のこれを見つけて以来、朝の食事が楽しみとなりました。

週に3回ほど、よほどのことがない限り自転車で早朝の多摩川堤を走りますから、トースト一切れにマーマレードジャムとバター少量を塗り、あとはバナナ半切れと野菜ジュースを採ってから出かけます。皆さんと一緒で、時代の趨勢に逆らえず体脂肪を気にする家族ですから、この大きさのバター容れに入れたバターが無くなるまでは、かなりの月日を有することとなります。ただし最近はバターの入手が殆ど不可能となり、チューブに入ったバターもどきの商品(カロリー三分の一のメッセージのせいか、良く売れているようです)で代用してますから、このバター容れも休業状態です。

このバター容れは、二子玉川・高島屋 南館地下のクロワッサンの店にありました。

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2008年11月29日 (土)

READY MADES American Roadside Artifacts

Rimg14684 Rimg14687 Rimg14690 Rimg14696 Rimg14698 赤瀬川原平さん率いる路上探偵団に唆されたかどうか、計り知りませんが、アメリカにも同じ切口を以って、近代文明の廃墟なりを記録している、JEFF BROUWSさんの写真集が、神田の古書店にありました。

赤瀬川さん曰く、「生産性・経済性と直接結びついていたモノが、ある日突然、その因果関係が途絶えた途端、単なるモノ・ブツ・オブジェと化してしまうが、その純粋になってしまった姿からは神々しささえ感ずる・・・。」とのご意見でありますが、この写真集なども正にそのご意見どおり、この百年、アメリカを背負っていた車社会の崩壊によって取り残されたモノや建物を各州に取材して記録に収めてあります。

しかし、若干の、デザイン的選択に作為も見え隠れするのが気になりますが、浅井慎平さんの『WINDS』という1981年にサンリオ出版から刊行された写真集と同様のアメリカ内陸の生活感も漂い、又、私世代には、アメリカントラッドや、ジーニングライフといったカジュアルで健康的なファッションの広告に登場しそうな対象物が満載です。

この写真集を見ていて一番ぴったりなのは、何といってもカントリー系の兄弟デュオのシンプルな曲でしょう。http://www.youtube.com/watch?v=XQhQbGz3fy4

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2008年11月28日 (金)

教会のバラ。

Rimg14679Rimg14663_2  自転車で多摩川から駒沢に抜けるとき、その殆どを自由が丘経由で帰ってきますが、稀に、二子玉川から旧玉電の走っていたルートを通る時があります。環七の手前、スポーツコネクションのある坂道は空いていれば、一気に駆け上るのですが、自動車の渋滞があれば、手押しで歩かねばならず、こんな時は、履いている自転車専用のシューズの歩きにくさに腹を据えかねるのであります。環七を過ぎ、用賀駅前の旧大山街道を通り、桜新町まで一気にだるい上りを駆け抜けると、途中、最近出来た神戸・北野ホテルに納品しているパン屋さんのビルがそびえ、ついついパンには目のない性格から立ち寄ってしまうのですが、周囲の冷たい視線を浴びる確立の高いギンギンな格好ですから、さっと入り、さっと引き上げるしかありません。この店を少し上ると右手には、長谷川町子邸、生産農地があり、ぶどう園としても世田谷で指折りの穴場がありますし、傍には用賀・ソフィア教会という聖イエス会の教会があります。ここはバラ好きの皆さんにはアンネ・フランクのお父さん、オットー・フランクにより株分けされたバラが咲くので有名だそうです。春はいっぱいのバラが咲き誇るそうですが、秋は秋らしくさほどではないそうで、この日も黄色系・マゼンダ系の二輪しか咲いていませんでした。時期も終盤でしょうから、止むを得ないものの、その色彩のデリケートなトーンの階調と透明感が素晴らしく、日頃見慣れている人工的なバラとは違う、品の良さを味わうことができました。

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2008年11月27日 (木)

ミネラル・ウォーターの美!

Rimg5918 Rimg5880 お水を買う習慣もすっかり定着して、いまでは他の飲料と同様に、何時でも・何処でも、それこそ日本全国どこに行っても購入することが出来るようになりました。ただし残念なことですが、国産メーカーのものは、水そのものがあまりに日常のものだけに、その容器・ラベルのデザインが営業センスの強いものばかりで、店頭における他メーカーとの了見の狭い差別化作戦に終始して、純粋に美しいものはこの厳しいシェア争いの背景からは、到底生まれそうもありません。気がつけば、ちょっと洒落たスーパーなどはヴィジュアル指向となって、国産の水は排除されたも同様の状態です。

この画像はTYNANT(無色透明)とROCCHETTA(グリーン)の容器です。TYNANTはイギリスのエルゴノミクスデザインの旗頭、ロス・ラブグローブ氏の創造力豊かなデザインです。容器の形をデザインしたのではなく、光に反射して輝く水の美しさ・イマジネーションをコンセプトにデザインした考え方が、正に感性の直球勝負だけで完全試合を達成したようなプロダクト・デザイン史に燦然と輝く(と、私が思っている)ひとつの典型です。以外や、この微妙なくびれがボトルの剛性を高め、結果として造形面の美しさみならず、構造的にも画期的な頑丈さが生まれました。

かたや、ROCCHETTAはイタリアのガラス技術者が輸送時にも耐え得る頑丈な設計に基づく、丈夫なデザインです。そこには情緒的な要素を一切持ち込まず、徹底的な業務管理指向の直球勝負に終始徹底しています。唯一、このスリムなプロポーションとグリーンの色がイタリアらしいといえばいえそうです。残念でありますが、一時、東京の洒落たスーパーには置かれていたのですが、現在はペットボトルのものに変わってしまいました。

斯様に、デザインにもずいぶんと幅の広い考えがあることが分かる典型例として、このふたつは普通の方々にデザインの話をするときに引き合いに出すのですが、どちらも優れた考えが背景にあるデザインであるわけで、そこに優劣というものは存在しないのですが、何故かデザイン界のお歴々の評論が絡んできますと、まったく違ったレベルの自分のデザイン価値観を売り込む主導権争いが跋扈して、もう、どろどろした営業の戦い以上の醜い世界の知的格闘技のゴングが鳴り始めます。さほど難しい話などあるわけの無いデザイン界なのですが、話を複雑化させて、程度の低い語彙ばかりを並べるのも程ほどにしてもらいたい・・・のであります。

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2008年11月26日 (水)

奥沢 旧海軍・軍医の住まい

Rimg14488 Rimg14500 Rimg14503 自由が丘の隣町、奥沢の落ち着いた街並には、戦前の住まいも多く残されていて、今も生活の場として現役な建物が点在しています。この日は、奥沢にある品品という今風の盆栽ショップ http://www.sinajina.com/  を訪ね、クラシックな和の盆栽とは趣きを異とする、重々しくない数々を堪能してきました。

その帰り道、目に飛び込んできたのが、このお家であります。昭和5年(1930)http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1930.htmlに建てられたというこの住まいでは、家人の仲間がクラフトショップを開いていて、近隣の皆さんで混雑してました。この奥沢という街は戦前、旧海軍の士官級の住まいが多かったそうで、この建物は、海軍・軍医の住まいとして使われ、現在も修理を重ねて、現役として機能しています。玄関の鋳物の装飾も錨と桜という海軍そのものです。室内はいわゆる和洋折衷型の典型で、玄関を入ると洋間というスタイルです。部屋そのものを見ることができませんが、良質な質素な中にも旧海軍らしいモダンな感覚が設えの細部に隠されていました。

奥沢神社から自由が丘に抜ける自由通りの直ぐ裏手にある界隈には、古い住まいをリフォームしたと思しき物件が点在していますが、中には昔の出窓を壊さずそのまま新しい住まいに貼り付けたような建物もあって、ある時代の記憶を抹消できない人間のこだわりが建築意匠にも湧き出ています。

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2008年11月25日 (火)

オリジナル・カーターファミリー

H もし彼らがいなかったら、ウディ・ガスリーもボブ・ディランも存在しなかったかもしれない--と言っても過言ではないほど、現在のポピュラー・ミュージック・シーンに多大なる影響を与えたカーター・ファミリー。カーター夫妻と従妹メイベルから成るこのグループは、トラディショナルやゴスペルをレパートリーに30年代から活動を始め、オリジナルの「ワイルドウッド・フラワー」「ワリード・マン・ブルース」といったヒットを放つ。これらの曲は、いまだにカヴァーするアーティストが絶えないほどスタンダード化している。彼らの魅力は低音を活かした独特のハーモニー、そして、メイベルのギター・ワークにあると言っていいだろう。後に"カーター・ファミリー・ピッキング"と呼ばれるようになるこの奏法は、ベース・ラインとコード・ストロークを巧みに織り交ぜ、メロディをくっきりと浮かび上がらせることに成功。カントリー/ブルーグラスに欠かせないものとなった。親類、子供たちをメンバーとして加入させながら、60年代までバンドを存続させたカーター・ファミリーは、ジミー・ロジャースと共にアメリカン・ミュージックの原点と言うことができよう。

フォークソングに興味を持ち出した1962年頃から数年経つと、アメリカンミュージックのルーツを調べる事が面白くなって、銀座イエナなどに出かけては、アランロマックス著の古いフォークソングの由来などを立ち読みしていました。高校の先輩にも有賀さんというドブロ弾きの方がいらして、親切にブルーグラスをはじめ、アメリカンミュージックの世界を教えてくれました。

そして、カーターファミリー http://www.youtube.com/watch?v=ZbmQQ4RfzVEにどうやらその根っこがあるという風に感じてきたのは、当時のライナーノーツを一手に引き受けていた感のある高山宏之さんの解説の影響もありますが、レコードを聴いていて素直にそう感じたのです。ギター好きの輩は専らカーターファミリー・ピッキングという奏法と格闘していましたし、オートハープというカーターファミリーに欠かせない奇妙な楽器を神田・カワセ楽器で初めて見た時は、その美しい音色に清清しさを感じたものでした。

カーターファミリーの音楽はシンプルで誠実で実直そのもの・・・といった曲趣でしたから、当時から若い世代にはさほど広まるほどの人気はありませんでしたが、今もアコースティック音楽を生活の潤いとしている者にとっては、全ての典型であり原点で、あり続けるのです。

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2008年11月24日 (月)

アルフレッド・ウォリス『アルバ号の難破』

15 1938年から40年頃に描かれたとクレジットにある、アルフレッド・ウォリスが描いた難破船の画面は、ウォリスが身を以って体験した恐怖がそのまま何の作為もなく表れ、その場に居合わせた者でなければ捉えることの出来ない構図も、遠近法を知らなかったからこそ、強調した船と海・灯台とのバランスが出色です。

おそらく座礁して陸地に上がってしまった輸送船を高波が襲って、瀕死の状態ですし、遠くに見える灯台が何故か悲しく観えるのも、きっとウォリス自身が灯台と自分たちとの不条理な関係を無意識に表わしたからなのでしょう・・・。ダンボールに描かれたこの絵にもウォリスの、素朴ながらも対象をじっと見据えた船乗り魂がしっかりと宿っています。

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2008年11月23日 (日)

The Emperor Quartet

Eq 柔らかい音色に囲まれて、企画書などを練っている時に、最もよく聴くアルバムが、このThe Emperor Quartetによる[In Perfect Time]です。こういうカテゴリーがあるのか判りませんが、いわゆるサロン・ミュージックの範疇と思えますが、曲も「テネシー・ワルツ」「ムーンリバー」などポピュラーな作品ばかりですし、なにしろヴァイオリン2台・ヴィオラ・チェロの四人編成ストリングスの奏でるハーモニーが自宅をホテルのサロンへと変えてしまったかと錯覚するほどの豊穣な音色と臨場感です。自宅のデスクで企画の草案を何枚も書き直していらいらしている時など、たいそう効き目のある音楽療法として、私の常備薬であります。

 企画で生活されている同業の諸氏も多かろうと思いますが、皆さん、企画は商品などの付帯物などという世間の認識の時代から、企画は企画として独立したものだということが理解されてきたこの時代を有り難いことと思っていらっしゃるでしょう。私などは不器用な者ですからその都度ゼロから企画コンセプトを構築しますので、The Emperor Quartetのお力を借りませんとなかなか先に進むことが出来ません。演奏される曲からインスパイアされるキーワードもふっと湧いたりして、たいへん有り難いアルバムなのであります。

もう十二年前のCDですから廃盤となっているようで、Amazon.comから注文するか、神田の中古CDショップ辺りで地道にお探しください。

In Perfect Time THE Emperor Quartet [In Perfect Time] SOLCD06

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2008年11月22日 (土)

アントニン・レーモンドのスタジオ

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写真:新建築社

1962年・軽井沢に造られたアントニン・レーモンドの軽井沢スタジオは、浅間山を一望できるロケーションにあって、夏の設計工房として使われていました。レーモンドはアメリカ人ながら日本の風土・風景・そして風味までも自分のなかに採り込んで、実に軽快な和的構成を成し遂げてくれます。別荘兼用の羨ましい限りの建物ですし、此処に吹いてくる浅間山の風はいかなる様子であったのでしょうか。

南に開放されたベランダは全ての建具を取り外せたそうですから、どれだけ豊かなパノラマ風景が展開されていたかを雑誌を観ながら勝手に想像するだけでも、豊かな気持ちになれるというものです。

この設計室のレイアウトなども寺子屋のようであり、優しい空間ながらも緊張感に覆われた静かな時間が流れている状況が浮ぶようであります。

今改めてアントニン・レーモンドの仕事を雑誌を通して観ていますと、彼の自然観・人間に対する誠実さなど、都市を中心とした情報誌のネタ程度しかならない昨今の建築家の仕事との、その志の置き方の違いが明快であります。

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2008年11月21日 (金)

東京日仏学院 ラ・ブラスリー

Rimg14244 Rimg14264 Rimg14278 ようやく気持ちよい日々が続いているものの、うっかりすると急な冷え込みに襲われたりと、迂闊にできないのが今の時季でしょう。この日、新宿から神田に用事がありランチの場所で悩みましたが、とっさに思い出した東京日仏学院の経営する、ラ・ブラセリー  http://allabout.co.jp/gourmet/eatoutwomen/closeup/CU20070615A/index2.htm に出向きました。ここが市谷船河原町という町名であることも知らず、まるで京都の町名のようだ・・・などと一人合点していました。場所的にも便利なところではないものの、ぞくぞくと近隣のOLを中心にランチラッシュの様相でした。ランチボリュームはしっかりとあり、味付けも、きちんとした仕上がりです。昼時で風が無ければテラスでいただくのがご機嫌なのでしょうが、この日は少し冷え込み、室内で過ごしました。ここは、最近の日本のカフェ・レストランにありがちな、投げやりなホスピタリティがなく、チーフのフランス人の仕切るマネージャーとしての動きにしばし見とれていました。のんびりとした環境でしばし休み、外に出ると、隣のウインドゥにはフランスの雑誌がいかにもフランス的色彩の中で浮き上がっていました。周囲に視界を遮るものも少なく、最高のロケーションにあるこのブラセリーは、午後の転寝も許されていそうな気配さえあります。

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2008年11月20日 (木)

ポール・スミス スペースギャラリー

Rimg14315 Rimg14317 モダンアートギャラリーとして、オーナーであるポール・スミスさんの世界観がはっきりと打ち出されるこのスペースギャラリーは、日頃の鈍った感性を攪拌するにも神宮前という立地からして、侮れないスポットです。11月30日まで開催されている「リチャード・ウッズ個展」はいかにも今の時代感覚をストレートに表している展覧会です。木の床の上から、わざわざ木目をプリントしたシートを貼り付けてある、ちょっと見た目には、リノリュームと間違えそうな素材感と色彩が、不思議な臨場感を醸しだしています。本物の木の素材の上から偽者の印刷シートを被せてある意味に何かあるのかも知れませんが、偶然にも誰も居ない会場でしたから、孤立した自分がどこか知らないところに連れて行かれるような気持ちが生まれました。

さて、アートを取り巻くカテゴリーは今や、自由奔放に拡散していて、それを象徴するかのように美術大学以外の、いわゆる総合大学の中にも、新しいアートを模索する学科が誕生している模様です。総合大学ともなれば、文化系・理科系との融合は無論、もうすでに、医科系との接点さえ見出そうというご時勢ですから、単一思考の多い美術大学の関係者は、これまでの、のほほんとした状態では済まされなくなり、時代の変化について行けず戦々恐々としているようです。

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2008年11月19日 (水)

桜新町は安心な町!

3 Img_7797 旧玉川電車が渋谷から二子玉川まで走っていた頃の光景を、小学校の頃何度か見たものですが、今やその道も車道となって多くの車が行きかう準幹線道路となっています。http://homepage1.nifty.com/sassy/40s/tamaden/tamaden.htm

この店は桜新町にある以前から気になっていた店で、都心ではなかなか見られなくなった、全面開放のお店であります。旧・玉川電車の走っていた道にあり、地元の小・中学校との長いお付き合いも感じとれるような品揃えがストレートに表れ、野球少年・サッカー少年のお抱え商店といった風情さえ薫ります。

店主も奥の日本間でのんびりしていられるこのような店のある桜新町という(全国的にはサザエさんの町で有名でありますが)町は、いかに安全・安心な町なのかを物語っているようでありますし、事実、桜新町の商店街は警察・消防との連携・まとまりもよく、さらにサザエさんキャラが町のシンボルという御利益もあって、毎年春に開かれる桜祭りなどは一商店街のそれといえないほどのスケールと内容であります。http://www.sakurashinmachi.net/

いまや、時代の流れが都市化・国際化し、結果、長閑な村の延長のようであった多くの都内の町にも様々な人が混在することとなり、残念ながらその流れと反比例するように安全・安心でない状況・事件が生まれています。

ここの店主も古くから桜新町にお住いでしょうから、少しずつは時代の趨勢というものをひしひしと感じていると思われますが、私などはこんな開放感のある昭和残像のような光景が身近にあるだけでも、安心して暮らせる町の贅沢さとありがたさを覚えざるを得ないのであります。

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2008年11月17日 (月)

ひたすらモダニズムの追求。

081103rado1クラシックな 機械式時計が主流の腕時計において、ひたすら斬新なモダニズムを追求しているのがRADOブランドです。

最近、直島において、 RADO V10K コンセプトモデルの発表があったそうで、東京のセレブを招いての貸し切りの発表会がお決まりのファッション業界とはずいぶん、発想が違うようです。

世間の時代認識などをものともせず、ひたすらプロダクトアウトの典型を見せられているようで、どうしても市場動向を優先しがちな、多くのプロダクトにとっては、このぶれないRADOの生き方は一つの指針でもあります。詳しいスペックなどは分かりませんが、画像を観る限り、細かい部分に匠の技が隠されているような気がいたします。

軽くもなく、重くもなく、完璧なプロポーションと素材の選択も訳ありそうで、早く、情報公開を願う次第であります。

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2008年11月16日 (日)

世田谷の切通し

Rimg6816_3 Rimg6820 世田谷の上野毛から目黒通りに抜ける「上野毛通り」は、渋滞時の抜け道としても有名です。一昔前まではこの通りから長閑な田園風景というか畑が其処彼処にあって、世田谷の中でも、ほのぼのとした光景が観られたのですが、この10年ですっかり宅地化してしまいました。

それでも、このような切通しがまだ一箇所残っていて、此処を通ると何故か懐かしい気分に浸れるのです。それというのも、私の小学校時代に住んでいた久我山の駅から南口を出ると急な上り坂となって左右はこのような切通しが覆いかぶさるようにあって、その印象が今もしかりと脳裏に住み込んでいるからかも知れません。

世田谷区中町・玉川署信号近くにあるこの切通しは、関東ローム層の地肌が野趣に富んだ景観を造っていて、この界隈の住宅街とは全く趣を異とするのですが、切通しの奥は、若い松の木がいつ注文がきても準備万端、完璧な養生を以って連なっています。

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2008年11月15日 (土)

原宿の店

Rimg14211 久しぶりの原宿を歩き周りましたが、参道から一歩奥に入ると、このご時勢なのか、空き家の店舗がかなり目立つようになってました。暗渠となってしまった通称、キャットストリートも、新旧の入れ替わりが激しいようですが、それでもストリート系の元気な気配は其処彼処に、漂っています。

そんな中、渋谷に近いPATAGONIAショップの周辺は、コバンザメのように同業のアウトドア・ショップがひしめき合っていますが、その中でも、一番この環境にあった店がGREGORYのショップでしょうか・・・。ここは以前、左右の小道がぶつかり合うY字の角地で薄暗い一軒家がありましたが、この7月に、ランドマークであった一本の木もきちんと残して、店舗として再生しました。場所柄、店舗スペースは広いわけではありませんが、周囲の店舗とは一線を画す、快適な物件です。木々に吊るされたザックもVMD(ヴィジュアル・マーチャンダイジング)として秀逸ですし、階段を上って、店舗に入るわくわく感が充分な、この地域では傑出した、店舗です。

今年の秋冬は、ヘビーデューティなウエアがどこも、幅をきかせていますが、ザックや靴、小物が店頭を飾っていると、似た様な品揃えにも関わらず、ついついと入ってしまいます。

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2008年11月14日 (金)

広重・下谷廣小路 1856

036 1856年 http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1856.html

に描かれた上野・広小路の様子には、既に侍と思しき輩が袴から代わってダン袋(西洋ズボン)を履いています。ペリー提督が来航して三年後、ハリスが下田に領事館を開き、巷には少しずつですが、海外とのお付き合いをどうするか、試行錯誤し始めた頃でありますが、巷の新しもの好きな連中はもう堂々とこの有様です。この揃いの笠で行列している女性群は具体的に何処の団体を指しているのか分かりませんが、鈴の音と香り袋から漂う粋筋の香りなどなびかせて、今とは比べようのない静かな町の薫香・音色を紡いでいたかも知れません。

この頃、広小路は江戸でも有数の繁華街で、上野・湯島を控えた絶対的好位置にありましたから、夕方から明け方まで、職人・町人から武士にいたるまで呉越同舟・・・、おおいに盛り上がっていたそうであります。確かに当時は階級社会であったものの、西欧のそれとはまったく違って、夜な夜な町の衆と武士達が一緒に膝突合せ、最新の海外情報などを交換していたようです。

現在もこの版画と同じ場所にある上野・松坂屋は、関東各県からのお客が中心でしたが、秋葉原の隆盛によって、アジア・ロシアをはじめとする外国人がこれまで以上に増えてきているようです。そのせいか、山手線沿いにある宝飾・貴金属卸から洒落たメガネ・スポーツ店に至るまで、それぞれが小奇麗になって来たような気配があります。

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2008年11月13日 (木)

長閑な交番

Photo その昔、交番のお巡りさんが子供たちの遊び相手をしてくれた時代もあって、小学校の頃は、帰り道に久我山駅前の交番に寄っては、町内会の回覧板を見たり地元の地図を見たりして社会勉強をこっそりしたものでした。今と違って、ガラスの引き戸は開けっ放しにされてましたから、誰でも自由に出入りできた集会所のような役割も兼ねていたのです。

今では、時代も変わり派出所も扉を閉め切ってしまうところが多く、人影もまばらですし、余程のことがない限り、ここにお世話になることなど、ありません。

1950年頃の雪谷大塚駅前の交番などは、おそらく冬の光景かと思われますが、長閑なものです。樫の木で製作された堅牢な椅子と鉄の火鉢とやかん・・・といった三点セットも、今のようなスチール家具に囲まれた空間と異なって微笑ましく、温かい陽射しをあびて、するめでも炙りながら居眠りでもしてしまいそうな様子です。ここは日当たりもよさそうですから、町の顔役から長老まで三々五々集まっては秋の例大祭の相談なども、持ちかけていたかも知れません。今ではまったく見ることのできない町の風景です。

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2008年11月12日 (水)

エドワード・ホッパー、ハイロンサムな街

Ed24 エドワード・ホッパーの描く世界は、なんといってもその静寂感・孤独感が都市の情景と相まって独特のハイ・ロンサムサウンドが聴こえてきそうな作品が秀逸です。

どこにでもありそうな風景や街角の細部などもエドワード・ホッパーの手に掛かると全く違う世界が現われ、都市で生きる人間にとって、どきっと思わせる画風には、一度虜となってしまうと・・・もう、止められない・・・のであります。

都市で生きるとは価値観の異なる組織・集団・地域で共に生きることを意味するのでしょうが、ふと立ち返って自分の立ち位置を考える余裕のない人にとっては、このホッパーの示唆する意味はまるで謎解きのようなスリリングなメッセージをも含んでいるようです。

ホッパーの人気が衰えないのも、単なる美的絵画ではなく、ばりばりに都市で活躍するエグゼクティブ・ビジネスマンの孤独な不安要素を、鋭く啓示しているからかも知れません。

今のような状況下、ホッパー人気は益々、うなぎのぼりとなるかも知れません。

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2008年11月11日 (火)

伊勢丹・最高のウインドゥ

Rimg14120 Rimg14136 普段から使い続けているラウニーのRimg14124 固形水彩絵具とWHATMANの水彩画紙がなくなり、以前ですと銀座・伊東屋で購入できたものが、どうやら経営方針が変わってしまったのか、専門画材の品揃えが極端に減ってしまい、こうなると新宿・世界堂に出向くしかありません。

久しぶりの新宿は、以前にも増して元気な街となっているものの、その落ち着きのなさは天下一品です。そんな中、伊勢丹のウインドゥディスプレーがあまりにも美しく、凝っているのにびっくりです。業界というか、世界で初めてかも知れませんが、この時季の一番のハイライト商品でもある、クリスマスケーキにインスピレーションを頂き、ファッションや雑貨とのコラボレーションという粋な計らいを展開しています。予算など詳細は分かりませんが、新宿通り・明治通りの全てをこのモチーフで展開していて、この気合の入った企画はセンス・コンセプトともに、この数十年の中では最頂点といっても過言ありません。伊勢丹は考えてもみなかったであろう、三越を傘下に収め、三越が得意とするロンドンを隠し味にしたのか、ロンドンファッションが連綿として繋いでいるクラッシックとポップスの融合の薫りも漂っているかのごとくですし、なにより、その見目麗しさが周りの喧騒をしばし忘れさせ、一瞬の夢時間として最高のロケーションを提供してくれています。

なにしろ、ちょっと間違えれば野暮臭くなってしまうモチーフを、その類稀なアレンジセンスでみごとにウインドゥの持つ街の機能・意味を投げかけているところに、ファションデパートメントストア・伊勢丹としての魁の力量が十二分に発揮されています。

伊勢丹は若さとカジュアルなライフスタイルを通して、1950年代後半からサイズの基礎研究、世代別・関心度別の分析、時代による嗜好変化、店頭商品の分類ノウハウ、そして季節ごとのシーズンプランに至るまで、地道な積み重ねがあり、そのコンテンツは自分たちだけで抱え込むのではなく、取引先にきちんと公開したからこそ、百貨店業界の底上げの牽引となってきたのです。この日のウインドゥを観ても、方向性・先進性・訴求性・など、伊勢丹が百貨店業界のダントツのノウハウを今も蓄積しつづけていることを確信しました。Rimg14130

さて、世界堂に話を戻しますが、ここは扱い商品の全てが20%引きでさらにカード利用で5%引きということもあり、普段も大変な混み様ですが、この日は特に大混雑で支払いの順番待ちで25分も掛かりました。

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2008年11月10日 (月)

晴天の向井潤吉アトリエ館

Rimg13824 Rimg13821 Rimg13807 世田谷の弦巻にある向井潤吉アトリエ館  http://www.mukaijunkichi-annex.jp/main_j/index.htm に伺って以来、その環境と建物の品の良さに魅かれ、犬の散歩がてら、時々お邪魔していますが、この日は、早朝からの陽射しが良く、開館と同時に入館しました。

佐藤秀三 http://www.satohide.co.jp/hidezo/index.html によるこの建物は民家を描き続けた向井潤吉に相応しい、清清しい姿をしていて、部屋のどこからも採光の具合が良く、この手の建物に多く観られる、暗さを全く感じません。又、部屋の隅々の設えも華美に溺れず、きちんとした収まりとなっています。

入口の一部を改装した程度で、あとはすべて向井潤吉が生活していた当時をそのままにしてありますから、普通の御宅にお邪魔させていただいた気分になれます。秋の紅葉も今年は温暖のせいか、色に輝きがなく残念でありますが、暖かい陽射しをまともに受けながらの一杯のお茶は贅沢至極であります。受付の方々も、よそよそしくなく、フレンドリーであることも、通う要因のひとつかも知れません。

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2008年11月 9日 (日)

再生グッズばかりが目立つ。

Rimg13263 豊かな時代と言われたのもつかのま、この一ヶ月で世界中がほころび始め、先行き不安ばかりがメディアの冒頭を飾っています。

それでも、日本はまだまだのんびりした人の様子ばかりで、駒沢公園などは週末ともなれば、お犬様のラッシュ状態で、エスカレートした犬の着せ替え人形のような風景が、何ともはや・・・とほほ、と言いたくなるほどのノーテンキな状態です。

駒沢公園通りはこの二年間でピンスポット・マーケティングの結果なのか、お犬様を相手にしたショップが林立し、カフェ・レストランなどは犬連れオーケーでなければ、場違いと言われる有様です。その中の一軒に、なかなか洒落た額がありました。

今や、ファッションから鞄・生活雑貨まで、リノベーション・リサイクル・リユース・・・、所謂、「RE」のプロダクツが席捲していて、なかには、新製品なのにわざわざ古く感じさせるテーストのものも大流行で、その象徴が高価格ジーンズかも知れません。

さて、この額ですが、どこかの廃材に手を加え蘇らせたものですが、なかなかの雰囲気の出来上がりです。このような時代感覚が街中に溢れだすと、もはやピカピカ・ツルツルの感覚が古臭く観えてくるのですから、わからないものです。それでも、建築関係は、いまだにツルツル・ピカピカばかりが一等地を我が物顔で出しゃばっていて、街並の流れを分断することが多く、自転車で街を流していると、そのことばかりが気になります。

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2008年11月 8日 (土)

1973 スイス・スキー旅行

19738 19735 1970年に某百貨店の研究所に就職したものの、春には一週間の休みをしっかりとっては、相変わらず志賀高原を中心にスキーライフを謳歌していました。ところが3年程経過した1973年に、学生時代アルバイトでお世話になった銀座秀山荘が主催するスイス・サンモリッツ・スキーツアーが格安であることを知り、念願の本格的海外スキー旅行を実体験することとなりました。

1967年に、やはり秀山荘のご縁で初めてのヨーロッパ旅行を体験し、このときもほんの僅かながらスイスでのスキーは体験済みでしたが、今回は何といっても『世界のサンモリッツ』でしたから、大興奮でありました。

行ってみれば、国内のスキー場とは圧倒的に違うスケールや、リゾートとしてのスキーエンターティメントがふんだんに街中に散りばめられているところなどは、どちらかといえば温泉を中心として発展してきた国内のそれとはどう見ても比較のグレードが違うのでした。さらに、ちょっと滑ってはまたリフトの繰り返し・・・という国内のスキー場とは違い、一回滑り降りるのに30分以上というゲレンデばかりでしたから、昼過ぎにはへとへととなって、午後は寛ぎタイムとなってしまうのでした。

この旅行で、世界のリゾートの桁違いの威圧感を見せ付けられ、この後はしばらく国内スキーからは遠のいてしまいました。19733 197313

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2008年11月 7日 (金)

勢いには美しさあり。

01 一昨日の日本シリーズでは、西武の岸投手の快刀乱麻が痛快でした。今や、がっちりした投手陣の多い時代で、細身でしなやかな体形から生まれる緩急自在の球種には、目をみはるものがあって、テレビでも、その球種の素晴らしさが分かります。

その昔、テレビの野球中継はネット裏から映され、投手の投げる、ストレート・カーブ・ドロップ・フォークなどが、バッターの目線に近く、プロ野球の凄さというものを、魅せてくれましたが、今では、センター側からの映像ばかりですから、投手の緩急の差も感じにくく、バッターが見るボールの感覚も分かりません。昨日のゲームなどは、バックネット側から中継しtれいれば、岸投手の凄さが実感できただろうに・・・、と思うと残念です。さらに飛躍してしまえば、F1レースでさえ、ドライバーにマイクロカメラを付け、その臨場感を視聴者に感じてもらうご時勢ですから、野球でもバッターのヘルメット脇にマイクロカメラを付ければ、その迫力はぐっと上がり、低迷する視聴率も回復するのでは・・・、などと想像したくなります。

さて、俗に、ピッチャーはキャッチャーのミットを見るのではなく、むしろ、バックネットに向かって投げるのだ、と言う事を聞きかじったことがありますが、岸投手のスピードボールの軌跡を観ていると、正にその表現が当てはまります。唸りを上げそうなそのスピードボールの勢いは完全に西武ナインに味方し、眠っていた中村選手のホームランと併せ、巨人軍は苦戦を強いられるという観方が大方なのも、頷けるのです。

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2008年11月 6日 (木)

無彩色の豊かさ。

Rimg12278 地方に遺された蔵などを観ていると、しろ・黒コントラストの明快なモダンなモノトーン世界は、周囲の樹木の緑・快晴の空などの条件が揃うと更に、素晴らしいものだ・・・、と思うのですが、方や、このような写真を観ていると、ソフトなフィルターを被せたような中間のモノトーンこそが、日本的な感覚の本質なのかも・・・、などと考えてしまいます。

どっちつかずと言われてしまえば、もう二の句が出ないのですが、間違いなく、昨今の日本の世界に向けた、メッセージや国内における惨憺たる諸問題に対する政治の反応など、間違いなく、どっちつかずのグレートーンなのであります。

この画像だけを観れば、実に、柔らかい無彩色の豊かさと読み取れるのですが、現実社会の無彩色な貧相・無思想人材ばかりの国・経済界だけは、一刻も改めねばなりませんね・・・。

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2008年11月 5日 (水)

モダンフォーク2008・草月会館

Rimg14002 Rimg13970 Rimg13983 Rimg13949 11月2日に赤坂・草月会館でモダンフォーク2008というコンサートが開かれ、久しぶりに懐かしい顔ぶれに出会えるかと思い、出かけました。いわゆる私達、団塊世代を中心に青春時代の音楽の一方の旗頭であった、カレッジフォークを未だに続けている「お好きな方々」は想像以上に多く、中にはオヤジバンドの闘いで優勝するものも、あったりと、ますます、お盛んな様なのです。

午後2時の会場というのに、1時過ぎには長蛇の列となり、まるで、40年以上前の杉野ホールの会場前を彷彿とさせます。会場は赤坂・草月会館、此処最近はさしたるイベントもなく、この日も飲食スペースはお休みということで、ちょっとコーヒーでも・・・、などと思っていた私は考えが甘かったのです。この日の目玉は6月に再結成したニューフロンティアーズで、そのエネルギッシュサウンドとアメリカ人もびっくりの完璧な米語に魅了され、30分の持ち時間があっという間に過ぎ去ったのでした。このコンサートはキングストントリオのカバーバンドを中心に集結したイベントでありましたが、大阪からやって来たレーニーブルーが独自のバンドコンセプトで、攘夷思想を柔らかく歌いこみ、他の元気一杯、脳血栓直前が気になってしまいそうなバンドばかりの中、静かで穏やかな曲趣を会場に降り注ぎました。

懐かしい仲間にも会うことができ、皆さん、好きなことを持っている素晴らしさをお互いに褒め称えていました。今年はキングストントリオのメンバーが二人亡くなるなど、時代の趨勢は残酷なものですが、此処、東京は、まだまだキングストントリオのカバーバンドの潜伏率も高く、各バンドが日々歌いこみ、弾き込んでいますから、目をつぶっているだけで、あの、フーテナニー時代にぱっと、戻ることができます。

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2008年11月 4日 (火)

スゥイング感抜群!Melissa Collard & Janet Seidel

Rimg13871 自分の好みの音楽ジャンルを規定してしまうと、井戸のように深く狭く趣味としては達人の域に到達するのでしょうが、私のような浮遊指向ですとプールのように、やや浅く広く、その時代時代の感覚に浸る方が楽しいのですが、ことブルーグラスミュージックに関しては、中学以来すっかり深堀してしまいました。

最近は、古いジャズ系のサウンドをBGMとして専ら、流していますが、先々週、神宮前の意固地な店『J・COOK』の店主に薦められた、Mellissa Collard  http://www.melissacollard.com/Reviews.html が抜群のヴォーカルセンスとバックミュージシャンのサウンドセンスに、久しぶりの豊かなひと時を愉しみました。全曲、ポピュラーなものばかりですが、そこに、繊細な現在の感性を織り込んで、ご機嫌至極であります。もう一枚のJanet Seidel http://www.janetseidel.com/ のCDは「Melissa Collardを好きな人はこのCDも買っています」というAmazonの口車に軽々と乗せられ、クリックしてしまったものですが、偶然とはいえ、こちらもドリス・ディの名曲ばかりで、スローなスタンダードが心地よく、この時季にみごとにはまる音楽であります。

さて、私以外にも、ブルーグラスフリークスの皆さんの中には、ジャズ、それもシンプルなものを愛する方々が多く、古くはホーマー&ジェスローから、ライ・クーダー、マリア・マルダー、そしてマンハッタン・トランスファー、ブライアン・フェリー、ノラ・ジョーンズ・・・などをお気に入りで、ジャンル越えがご法度のようなブルーグラス界において、ジャンル越えの達人たちが隠れキリシタンのように点在しています。

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2008年11月 3日 (月)

懐かしのガーデニングセット

Rimg13237 一気に色づき始めた駒沢公園の一角では、植木屋さんが樹木の剪定で大忙しのようでした。

作業の場の隅になにげなく置かれていた諸道具の配置バランスがあまりにもみごとでしたから、スナップしました。何といっても三本の箒・熊手の方向が教科書のような構成をしていて、一直線上にぴったりと焦点があっていて、和むばかりの道具が、妙な緊張感を保っています。

この道具の皆さんも、荒物店が消滅してしまったのと同時に最近ではなかなか観られなくなり、周囲に大きな屋敷・公園などが無ければ、必需品ではありませんから、今では、こんな道具が揃っている店を偶然見つけると、急ブレーキをかけてでも、店に入って、覗いてしまいます。

子供の頃、久我山の農家の畑や山林を近所の友達と一緒に隅から隅まで、これと全く同じリアカーに乗せてもらい、ふかふかの草木のクッションの上でご機嫌至極な時を堪能していました。今では住宅の密集する場所となってしまいましたが、50年以上前はまったくの田畑でしたし、夕方には富士山もしっかりと観えてましたから、季節の変わりを、その光・空気・薫りで子供ながら感じ入っていました。今でも秋の薫りが漂ってくると、その当時が、ふっと頭を過ぎります。

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2008年11月 2日 (日)

珈琲も民芸のこころだ!

自転車で都心の徘徊をしていると、急にRimg13788 酸味の効いた美味しい珈琲が飲みたくなることがあるのですが、普段から行きつけの店以外に入る勇気もなく、結局は馴染みの店になってしまいます。自由が丘の九品仏緑道沿いにあるこの店は、周りがいわゆる女性好みの洒落た雰囲気のなか、唯一、木のソリッド感が嬉しい一軒です。風に晒されたごつい木のテーブルに登場する器も、それ以上に民芸風のぶこついものですが、実はこの民芸調といわれる世界が、若い世代を中心に大ブレーク中で、駒場の民芸館などは、いっときの伯母様だらけの館内から少しずつ世代の若年化が顕著となってきました。どうやら簡素・誠実・生活の用・・・、など時代の追風が普通・普遍性をバックボーンとした暮らしの見直しをせざるを得なくなってきたからこそ、民芸の世界が極光をあびたのでしょうか。あのMUJIでさえも新しい民芸として捉える時代ですし、フランスでは初めての『日本の民芸』展はケ・ブランリー美術館で開催されていますが、その影にはここ数年で蘇った柳宗理さんの存在なくしては語れないでしょう。片や、渋谷区・港区地域を中心に「東京デザイナズウィーク』も始まり、こちらが先端性・流行性を取り込んだイベントですから、丁度、それぞれの感覚を楽しむには良い連休であります。

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2008年11月 1日 (土)

エドワード・ホッパー、岩と車 1927

Ed6 都会の孤独感というか、所詮人間はたった独りでしかないのだ・・・というテーマを追い続けていたエドワード・ホッパーは、明るい海岸に沿った岩を描いてみても、そのシルエットで表わした車によって、又、孤独なメッセージが頭を持ち上げます。

1927年(昭和2年) http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1927.html の作品でありますが、もう既に大恐慌の予感さえ察知していたような不気味な気配さえ感じてしまいます。それは妙な流れの雲のカタチのせいかも知れません。

それでもこの車のカタチとなると映画『俺たちには明日はない』で流れていたブルーグラスの名曲・Foggy Mountain Breakdown  http://jp.youtube.com/watch?v=icMTVV5Lwaw  が浮んできてしまいます。草原を疾走するシーンでのこのタイプの車は、大衆化しだしたアメリカの自動車産業の黎明期の象徴でもあったようですし、今も根強いマニアの皆さんがいらっしゃるようです。Rimg6616

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