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2008年12月17日 (水)

広重・日本橋の雪景色

もし、014 この美しい景観を当時の国土省や東京都の官僚が見ていたら、1950年代後半から1960年辺りの悪しき首都高速道路の発想など出てくる筈などなかったのに・・・などと思うのは、いささか情緒に走りすぎと笑われてしまいそうですが・・・、こと左様に、日本橋は東海道の振り出しに相応しい天下一の橋であったのですから、今となっては後の祭りであります・・・。

今の学生と話をしていても、昭和10年まで、ここに魚河岸などあったことを知らない若者ばかりですが、何故今でも日本橋界隈に海産物に関係する老舗が多いのかを説明すると、誰もが納得なのです。

現在、この近辺の日当たりの悪さは悲しいもので、おまけに自転車で駆け抜けると、ビル風で思わぬ方向から風に巻き込まれることがあります。

昭和30年代初めまでは、比較的高層ビルもなく、明るい日差しに溢れていた日本橋は1964年を以って、今日の姿となってしまいましたが、『美しい水の都』と言っても良かったこの時代の景観を戻そうという動きが顕著となり、都庁内に諮問委員会も設置され、検討段階に入ってきたようですから、この動きがやがて全ての首都高速道路に波及してくれれば、豊かな水の景観の東京が蘇りそうであります。

いよいよ自転車で徘徊するのに最高の『水と風と薫り豊かな東京』が復活することを期待し、その実現を願うばかりであります。私は全てにおいて攘夷思想など持ち合わせてはおりませんが、ことが街づくりともなると形相が一変して、水戸浪士となってしまいがちであります。

さて、広重の『日本橋の雪晴』と題された商売繁盛のご利益がありそうな版画は手前の賑わう商いの様子が色彩豊かで人の動きも具体的で風俗画としても素晴らしい作品です。一転、奥に進むにつれ、白銀の世界であります。絵画の色彩構成の手本のような作品ですが、こんな版画を掛けていると、気持ちが良さそうであります。

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