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2009年1月23日 (金)

1869年・二重橋の姿!

1869 ベアト撮影による1869年(明治2年)の皇居二重橋の姿です。明治20年に現在の石造となってしまいましたが、この写真のような木造を復活して頂きたいと願っている方が案外と多いと聞いてましたが、確かにうなづける姿であります。平河門にかかる木造の橋を見るたびに私もその美しさに感動しますから・・・。

維持管理費・安全性など、現実を考えれば、木造の姿に戻すことはなかなか困難を伴う話であることは充分分かっていますが、今の姿がどうみても不自然に見えてしまうことは、どうやら何方も認識されているようです。

明治の西欧化に便乗して石造の建築物が東京に台頭した頃、何の躊躇いもなく、木造を石造に変更することを決めてしまったようですから、日本橋復興に併せて二重橋を木造の姿に戻すことも、機会としては具合よろしいのでは・・・、などと思ってしまいます。

さて、二重橋復興よりも江戸城の復興を願うのが本当ではないかという意見を申している皆さんも多く、様々な団体が懇願活動をされているようであります。確かにそちらからの全体構想から詰めていくことも、東京の中心が高層ビルばかりが話題を呼び、皇居をいつまでも空洞化、あいまい化するわけにもいかず大切なのでしょうが、私のような単眼人間には、なんといっても二重橋の木造復興が願いなのであります。

ベアト (1834-1904?) BEATO, Felice
 イギリス領コルフ島(イオニア海の島、現在はギリシャ領)出身の写真家。クリミア戦争、インドのセポイの反乱、中国のアロー号戦争など、報道写真家としてアジアを転々とする。文久3年(1863年)頃来日。下関戦争にも従軍し、開国の様子を記録する。ワーグマンと組み横浜にスタジオを開設、写真を販売。その傍ら、日本各地の風景、日本人の風景・習慣を精力的に撮影し、多くの日本人撮影技師を育成。明治10年(1877年)、原板を含めた写真館の一切をスティルフリードに譲渡、明治17年(1884年)離日。

江戸城史跡めぐり http://homepage2.nifty.com/oohasi/edo.html

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