« 三田四丁目の不思議!。 | トップページ | 京都の中勢以が田園調布に。 »

2009年1月17日 (土)

『スケート』 東山魁夷・1931

01 1911954 東山魁夷さんが1931年、東京美術学校・日本画科を卒業する年に描いた、信州・青木湖のスケート風景は、何故か、不思議な画趣を伴っています。

手前のスケートに興じる人々はまるで海外の絵本の挿絵のようですし、奥に展開する景観はまさに、日本画の教科書的画法であります。

風景画家として自立する1947年(昭和22年)以前は、『少年倶楽部』などの挿絵で家計を助けたり、1930年代の洋画家の留学先ならば当然パリを選択するのでしょうが、ヨーロッパ美術が系統だてて収集されているドイツ留学をあえて選ぶなど、混沌とした東山さんの、心情と当時の生活状況がこの一枚の中にも溢れているようです。

この作品などは、担当教授から「和と洋の組み合わせとは何だ!」などと厳しい辛辣な言葉を通して、罵倒されたに違いありませんし、逆にそのことが、後半の、東山流とでもいうべき、独自の画境に到達したのでしょう。

モノクロ写真は、この画の描かれた1931年から24年後の1955年、父の故郷・長野県に旅行した帰り、諏訪湖でのスケートの恰好ですが、東山さんの描いたスケート風俗とあまり変わっていないのに、びっくりです。きちんとした革靴を履いていますが、地元の子供たちの殆どが、下駄スケートだったことを、今でも鮮明に記憶しています。

|

« 三田四丁目の不思議!。 | トップページ | 京都の中勢以が田園調布に。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/20622333

この記事へのトラックバック一覧です: 『スケート』 東山魁夷・1931:

« 三田四丁目の不思議!。 | トップページ | 京都の中勢以が田園調布に。 »