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2009年1月15日 (木)

山口瞳・銀座チロルのコートを着る

Photo 目の衰えとともに、以前ほど読書も、少なくなりましたが、それでも、時々無性に本を読みたくなる衝動に駆られます。このような気分の時、山口瞳さんの辛口・洒脱・艶文・・・など、バラ寿司のように様々な素材が散りばめられたアンソロジー本が気を休めてくれます。

河出書房から2003年に刊行された『総特集 山口瞳』を適当に捲っていると、何と偶然にも、山口さんが、銀座・チロルのトレンチコートを着ていることに気付きました。右手の方は、私世代には巨人軍の天敵、西鉄の監督・三原脩さんですから、寿屋(現・サントリー)の宣伝部に所属して、取材でもしている頃かと思われます。

銀座チロルのトレンチコートは観てもお分かりのように、両肩から覆うように、「雨よけ」、家でいうと「庇(ひさし)」が下がっています。元々、トレンチ・コート自体は塹壕で寒さと風から身を護る用途から生まれた高機能なものですが、銀座チロルの洒落者・高山次郎さんはそれを充分理解した上、都市生活に見合ったディテールのアイディアをこのような形にしたのです。通常のトレンチコートは後ろにこの雨よけがあるだけですが、この通り、前にもあることによって、余程の大雨で無い限り、帽子が揃ってさえいれば、『全くの傘いらず』なのです。山口瞳さんは、洒落者としても、なかなかの一家言をお持ちの方でしたが、この写真を観て、再度、納得したのであります。

このコートは銀座の洒落者の間では、人気アイテムで、私が銀座・秀山荘でスキー販売のアルバイトをした1967年頃、お客さんの何人かは、このチロルのコートを挙ってべた褒めでした。その後、会社に入り、10年ほど経ってから、私も念願のチロルのコートを購入しました。スイス・フィスバ社製の表・裏地も洒落てましたが、着てみてその快適なのにびっくり。50歳近くになるまでの20年の間、襟・袖、ともにぼろぼろ状態のまま着続けました。

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