鈴木信太郎の『靴屋』・1931年
1931年(昭和6年)http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1931.htmlの鈴木信太郎にしてはごく珍しい都会の風景です。
この時代、銀座にはモボ・モガと呼ばれるかなり生活レベルの高い層の坊ちゃん・嬢ちゃんが最先端の恰好をして闊歩していた頃でもあります。http://www.waraku-shachu.com/ojichan/daigaku/01.html今も変わりませんが、「身だしなみは足元からといったメッセージはこの頃作られた」と、銀座の旦那から聞いています。
この絵にもその時代の流行発信であった靴のお店の雰囲気がみごとに描かれています。奥の方にちらっと見える女性の膝下がこの当時としては斬新な画面構成であったと思います。このお店の外観を見ると二階のバルコニーの螺旋模様やグリーンとホワイトのテントのモダンな雰囲気が新しい風俗文化の台頭を予測しているかのごとくです。
しかし歴史的には、あまり誇れない日本の軍部が主導する筋書きに則って、最悪の時代に入る黎明期でありますから、こんな楽しい雰囲気が町に溢れていたのも僅かな期間だったに違いありませんね・・・。
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