« きんつばの姿。 | トップページ | 広重・愛宕下藪小路 »

2009年2月14日 (土)

1957年2月14日の日記『駅まで10分』

32304 小学校4年になる年の今日の日記です。

当時は吉祥寺駅から成蹊学園までは徒歩が義務付けられてましたから、怪我などの例外時を除いて毎日の行き帰りは、子供にとって社会勉強の積み重ねでありました。駅までは今のような外来者を対象とした商店も少なく、地元の日々の生活に関係する商店ばかりが目立ちましたし、すれ違う大人には友達のお母さんも多かったのです。ブロック塀の家などまだ皆無で、生垣と大屋石という正統日本のカタチがきちんとした街並を形成していました。

駅まで10分というタイトルのように、走って帰ることが一時期流行していて、吉祥寺の街中はすばしっこい小学生にさぞ迷惑であったに違いありません。

それでも、少しずつでありますが、今の東急界隈は長閑な郊外町にしては斬新な店などもぼちぼち出来始め、子供なりに、今までと違う町に変わって来たな・・・、などと感ずいてきた頃であります。

|

« きんつばの姿。 | トップページ | 広重・愛宕下藪小路 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29019/27196163

この記事へのトラックバック一覧です: 1957年2月14日の日記『駅まで10分』:

« きんつばの姿。 | トップページ | 広重・愛宕下藪小路 »