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2009年3月31日 (火)

銀輪疾走・桜三昧

Rimg17820 Rimg17830 Rimg17856 日曜日は、久しぶりにニールズヤードの井口さん http://www.nealsyard.co.jp/ と、平河門に9時30分に待ち合わせし、銀輪疾走・桜三昧と相成りました。今月20日過ぎに桜開花宣言したものの、その後の、寒さの連続で例年よりも遅れていることを充分承知の上での桜見物です。

平河門近くで、武蔵小山・HI ROADの店主、青山さんの一団と遭遇。井口さんを紹介したあと、神田から本郷通りを抜け、一路六義園のしだれ桜見物と洒落てみました。朝も10時前ですと気温も7度と身のしみる感じですが、走ってしまえばすぐ暖かくなり、意外と風も強くなく、快適な銀輪疾走であります。六義園はまだ混雑していなく、桜名所であるしだれ桜前でお決まりの記念スナップ。庭園内は、間もなく輝き出すであろう新緑やつつじ・サツキの晴れやかな光景の前兆が僅か見られる程度で、まだまだ地味な光景が展開しています。此処を管理している植木職人さんに聞いたところ、例年よりゆっくりとした春の訪れに植物たちものんびりと成長しているとのこと。こういう年は、つつじ・サツキの彩りも美しいということですから5月が愉しみであります。ぐるっと庭園を一周、入口に戻ってくると、あっという間に来園者が長蛇の列となっていて、ほんの30分差の優越感を味わったのでした。

帰りは、この時季のお決まりスポットである千鳥が淵まで直行。本郷通りの弥生町信号を右折し、白山通りを抜け東京ドームを右折、牛天神下信号を左折して飯田橋に出て、神田川土手沿いを通り早稲田通りを左折すると、もう靖国神社です。信号を渡ると桜は三部咲き程度というのに、人出はラッシュアワー並み。千鳥が淵の展望台から武道館方面を俯瞰しても、爛漫状態はまだまだ。人の波の間をそそくさとすり抜け、井口さんが愉しみにしていた御茶ノ水・エチオピアにてチキンカレーをいただき、一服後、皇居の自転車開放ゾーンでスピードラッシュを堪能し、午後一時過ぎ、駒沢まで戻りました。この日の走行距離は65キロでした。

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2009年3月30日 (月)

立ち飲みでなくバール!

Monocle2 再開発が止め処も無く続く東京でありますが、千代田区・中央区のハイエンド・ビジネスブランド地区に目立つのが立ち飲み・立ち食い系統のお店です。

週刊誌的表現を使えば、新橋などに代表されるいう『ディープなB級ゾーン』とは基本的には何も変わらないのですが、其処にたむろしている人のランクやグレードで情報のイメージや象徴記号が一人歩きして格差を生んでしまいますから、恐ろしい話であります。

立ち飲み・立ち食いを商売する方は新たに建物を建てたり設備投資するということもなく、殆ど、既存の物件の有効利用に相乗りするといったことが多く、そうなれば、初期投資がメニューや人事などのソフトに集中できますし、撤退の経費も掛からず、一挙両得といった訳ありのようでもあります。

外国人比率の高い場所では夕方辺りからこのようなバール系統の店が繁盛で、半インテリア・半エクステリアといった客の分散している様子は人間が周囲の街並を活気づける一役を買ってますが、車などの二酸化炭素排出量が目の前でなければ、最高なのですが・・・。

それにしても、安くてちょっとお洒落な場所があれば何処でも飛んでくる好奇心旺盛な女性陣に押しかけられ、限られた一等席を占拠された静かな男性諸君は、今宵も孤独に一人酒のようでありますね・・・。

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2009年3月29日 (日)

Hawaiian Whisky Bottle

Rimg17679 Rimg17686 目黒区青葉台から上目黒にかけての、目黒川沿いは、お洒落でありながら、今風のちょっと質素・簡素な店が軒を並べていますが、あっという間に飲食店舗が目立ちだし、以前の美容院の乱立にも似た状況であります。中目黒駅からこの周辺の飲食店の競争ぶりは如何なものか・・・、などと勘繰ってしまうような林立・乱立なのです。

そのような狂騒下、この写真を撮らせていただいた「HALE O PUA」はノスタルジック・ハワイをベースにカジュアルなファッション・雑貨のオーナーセレクトショップです。

ハワイの浜辺で柔らかい風に乗ったウクレレの音は増幅して、大きな音となっても優しく届いてきますが、この店の中では、アメリカンミュージックが幅広いジャンルで静かに流れています。

この写真に写っているものは全くのオーナーコレクションで売り物ではありませんが、元来、この手の雑貨に眼のない私としては、この店の前を自転車でスーッと通り抜けたにも関わらず、一番奥に見えるレジカウンターの棚のガラス瓶がパッと眼に入り、昔取った杵柄とばかり戻って、此処が女性のお店とは知らずとも・・・、入店してしまいました。気になった時、絶対その場で検証するという癖を徹底的に教え込まれたことがいまだに抜けきれず、これも良し悪しの性であります。

上の写真はウイスキーボトルですが、もしかすると、四日市あたりで作られていたモノかも知れません。以前、仕事の出張で四日市に陶器の企画で伺った問屋に、これと良く似たタイプのものが並べてありましたから・・・。

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2009年3月28日 (土)

和紙の新世界・杉原商店の挑戦

Rimg17518 最近、日本の伝統産業が各地で頑張り始め、それも、売れ筋を巧みに狙った世界と、クリエーティブ志向の世界が夫々、切磋琢磨して、従来にない素材・仕様の新機軸が打ち出されています。

この写真は先週、青山にある福井県のアンテナショップ・『ふくい南青山291』http://fukui.291ma.jp/で開催されたビジネスマート協賛特別販売会で見つけた、和紙の問屋『杉原商店』http://www.washiya.com/の商品です。まるで、戦車を敵の戦闘機から見えなくしているカムフラージュ・ネットのようでありますが、この新製法による和紙の表現は、タペストリーや、室内の設えにも応用出来そうな商品です。この会社の代表でもある、杉原吉直さんは、既成の和紙というイメージを越え、その可能性を探っている志の大きな方で、越前和紙に自由な表現力を与えるべく、日々、試行錯誤されています。

さて、私も知らなかったのですが、実は杉原商店の職人・沖茂八さん(故人)が作りだしたMOと呼ばれる水彩画用和紙は、イギリス・フランスなどの最高級水彩画紙と比較しても全く遜色ない、むしろ、吸い込み・滲み・発色ともに独自の表現が出来、世界最高と評価している画家も多いのです。今はご子息の沖桂司さんが引き継がれて作られています。この紙は神田・文房堂や、ミューズを通して購入することが出来ます。

此処、福井県に限らず、石川県・富山県の地場産業には連綿と繋がる素晴らしい伝統工芸の世界があり、しかも、守旧世界に埋没することなくお互いに競争しつつ、協力しあう姿勢も見え隠れしていて、越前・加賀・越中の今後は、他所には見られない方向性を生み出すエネルギーに満ち溢れています。

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2009年3月27日 (金)

水彩絵具のおさらい。

Rimg17617 Rimg17618 水彩絵具の面白さは、かたや精密な建築や機械部品の細部を精緻に表現できることでしょうし、かたや水の流れに委ねた、たらし込みから偶然表れる色彩の奥深さを、味わえることでしょうか・・・。

この間、しばらく休んでいた水彩画材を引っ張り出し、テーブル上の全てを片付け、大きな水彩紙に向かって、日本画で使う「彩色」という筆で円弧を描くように、暖色から寒色までパレットから適当に選び、描きました。この「彩色」という筆は水をたっぷりと吸い込んでくれ、ムラなく色調も安定するので、色の検証をするときはこれ以外の筆を使う気にはなりません。

実際は、色同士の相性で滲み具合にも好き嫌いが生じますが、あまり、頭の中で作為せず、ひたすら無心になって、流れと勢いに任せて一気に描ききりますと、これはこれで、色彩見本帖とは別の滲み見本帖をつくる元の目安になります。

以前、陶芸家の河井寛次郎が釉薬研究の基として、水彩画材による色出しに没頭していたことを、何かの本で読んだ記憶がありますが、確かに、このおさらいは気持ちを沈静させてくれると同時に、その時々の自分の好みなどが、まともに表れてしまうので、侮れない儀式なのです。

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2009年3月26日 (木)

網代町のメインストリート・1950年頃

2 こんな場面に出会ったら、木村伊兵衛さんなら一軒一軒の家を訪ねては夫々のベストショットをモノにしたのでしょうが、GHQカメラマンのディミトリー・ボリアは報道写真家らしく何の作為もなく、網代町の中心街をただ撮り続けただけです。

昭和25年の桜が満開の頃ですが、写真からは干物の魚が各家にあって、この頃は干物が小遣い稼ぎの筆頭であったような状況が読めます。関東でもいち早く春の息吹が感じられる伊豆半島ですが、子供たちの様子を見てもしっかりと妹の面倒見のよいお姉さんも歩いてますし、誰も見てないと思いうっかりいたずらなど仕出かせば、明治生まれの現役の漁師の爺さんに奥からドスの効いた剣幕で、ドヤシ突かれそうな時代の雰囲気が残っています。

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2009年3月25日 (水)

広重・隅田川水神の森真崎

029 広重の画風の中でも極めて装飾的ニュアンスの濃い一作です。八重桜が満開の真崎稲荷神社境内から筑波山を望むこの作品は、まさに江戸名所案内に相応しい分かりやすいモチーフにあふれています。

隅田川を渡る筏がさらっと描かれていますが、スーッと流れているかのように観えるのはどうしてなのでしょうか。ここにも広重の現場を凝視して、体感した記憶がきちんと表現に落とし込まれています。さらに筑波山に霞む雲の表現がまったくの白抜きのままというのも、ちょっと腑に落ちないのでありますが・・・。きっと八重桜に焦点を当てたので、他はサラッと行こう!・・・などと急に思い立って加筆することを止めたのかも知れません。

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2009年3月24日 (火)

桜新町・街角桜

Rimg17699 Rimg17702 今朝(23日)、用賀駅の傍にある山本文具店でスクラップブックを買いに出かけました。この店は、古くから文具一筋で、そのせいか、デッドストックの日本定番というべき商品が棚の奥から顔を見せていたりするものですから、最近のコンビニの品揃えを快しとしない私は、わざわざ、駒沢から出かけていきます。

帰り道、旧玉川電車の走っていた道を桜新町に向かって上っていくと、途中、このような艶やかな桜が満開でした。桜新町の遅咲きの桜と間逆な早咲きの桜の種類ですが、新築の眩しいコンクリートの白鼠色とみごとにマッチングした、色香を放っていました。最近の建築の外壁や外構は無彩色な素材や仕様が少なく、樹木・花と建築がぴったりとはまっている景色にお目にかかることは稀でしたが、此処は今朝の快晴を背景にみごとなハーモニーを奏でていました。さらに、桜と外壁に映り込んだ『影桜』さえも、みごとな画面を展開していました。

街角とはいえ、感性の鋭い施主と建築家との響き合いが功を奏した好例であります。

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2009年3月23日 (月)

桜便り・芝 増上寺

Rimg17662 Rimg17671 21日の日中、4時間ほど都心の桜状況を観てきましたが、一気に蕾がはじけ、桜が開花していました。

駒沢から一度南下して、自由通りから洗足池に抜け、中原街道を一気に白金に向かい、慶応義塾大学経由、日比谷通りから先ずは、芝・増上寺の大門をくぐりました。桜の樹木全部とはいえないものの、程よい開花の雰囲気は満開とは違った軽さが売り物で、この雰囲気をお好きな方々も多いそうです。

その後、皇居に出て、北の丸から国立近代工芸館脇を抜けて、千鳥が淵の様子を対岸から覗いてみました。18日のブログに載せたボートハウスも開花に向けて必死の突貫工事も、ようやく完了の様子です。こちら側から観れば、まあそんなに目くじらを立てるほどではなさそうですが、もしかして、あの屋根にとんでもない色が塗られることなどないでしょうね・・・。

好天が続いてくれれば28日頃が最高でしょう。

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2009年3月22日 (日)

今週の優れもの・アライテントのザック

Rimg17352 神田・御茶ノ水のスポーツショップも、汗臭い山屋ばかりを相手にしていた時代がずーっと続きましたが、一億総健康志向のトレンド、女性の顧客層の増大など、時の流れに逆らうことも出来ず、徐々に、華やかでカジュアルなショップの比率が高くなっています。そうなって来ると、ウォーキング・ハイキングなどの比較的手軽な歩くスポーツに焦点が当たりだし、商品も所謂、女性らしさを前面に出した店が幅を利かせ、それを良しとしない山系の店などは、閑古鳥が鳴いている・・・、という噂が聞こえてきます。

久しぶりのICI石井スポーツに入ると、流石に、伝統の品揃えはしっかりしたもので、女性の品揃えにも隙が無く、さりとて、固定客の山屋も納得の新製品も怠り無くといった、充実ぶりであります。

二階では、他店でなかなか置かなくなった軽量のザックもきちんとあるのが嬉しくなり、ちょっと観てみるとアライテント製の優れものであります。以前にはよく観られたスタイルのものですが、ちょっとしたお出かけなどに、便利で、神田古書店巡りには必須アイテムであります。テント屋の商品だけに、細かい部分のまとまりに無駄がなく、つぼを押さえた仕様はご立派です。そして、なにより、6,000円でおつりがくるというのが良心的であります。最近のザック類は、新素材の利用・軽量化と共に、毎シーズンのモデルチェンジも激しく、正に、アウトドア・スポーツの隆盛を象徴するものですが、価格も上昇気味でいささか、納得いかないのですが、よく探すと良心的な道具としてのザックを開発しているメーカーもあることが、分かります。

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2009年3月21日 (土)

アルフレッド・ウォリス『緑の野原の側を横切るブリガンディーン』

25 ケンブリッジ大学 ケトルズヤードに所蔵されているアルフレッド・ウォリスによるこの絵は、帆船のもつ魅力的な美しさが素直に表現されています。

彼の、天然で実学的に身に付けた色彩感覚はここでも十二分に発揮されていて、このイギリスのライトウェイト・スポーツカーの色見本帖のようなグリーンと、海として表現されたセルリアンブルーとライトグレーの混色との対比が素晴らしく、この色の対比は他の絵描きには見られないウォリス独特のセンスです。さらにグリーンと補色関係にあるブリックレッドの色の使い方などはグラフィックデザイナーの感性であります。

漁師・船乗りとして、毎日海の生活を厳しく過ごしてきた男だからこそ表現できる、深みのある配色が彼の絵の魅力の全てですが、それにしても帆布が風を受けて膨らんでいる感じも出色ですね・・・。

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2009年3月20日 (金)

鈴木信太郎のモダニズム

26 鈴木信太郎の洒脱なモダニズムに溢れた画趣は、生まれと育ちが大いに関係しているようで、俄かのお勉強では到底追いつけない、ゆとりと遊びがあります。ある人はそのスノビズムを嫌うのでしょうが、今や絵画といっても、一昔のようなお宝でも何でもなく、一介のヒーリング・グッズでありますからこそ、鈴木信太郎のような自然と生まれたカジュアルなモチーフがありがたいのであります。

1958年(昭和33年)に描かれた『札幌の時計台』と題されたこの絵にも、鈴木信太郎らしい軽快で明るい画趣が溢れています。『銀座百店』誌の表紙を描いた佐野繁二郎にも似通ったモダンな画面は、いつ見ても飽きることのない生活感もあって、微笑ましささえ覚えます。こういう軽めの画趣を日本のアカデミック画壇では認められない傾向もあって、鈴木信太郎はカジュアルな画壇として二科会・一陽会に関係していたわけです。

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2009年3月19日 (木)

多摩川便り・洒落たカフェが突然!。

Rimg17036 Rimg17044 Rimg17040 Rimg17045 多摩川を登戸から川崎方面まで自転車で行ったり来たりして、駒沢に帰るルートとして、多摩川駅から田園調布を抜け、自由が丘経由というのが定番ですが、このところ、ご無沙汰でありました。

さて、連綿として都心の店舗の栄枯盛衰にともなう七変八化は凄まじいものがあり、新店舗が瞬く間に開店しますが、まさか、こんなところにも・・・、と思わせたのが、丸子橋傍、浅間神社脇のこのCAFEであります。何しろ隣にはずーっと昔からのリゾート万屋が鎮座していて、その懐かしい姿には、ついつい吸い寄せられる中高年世代が多く、過ぎ去った昭和の慎ましい釣網などが、出番の時季を待っています。

その隣にあっという間に出来たこのCAFEですが、自転車族にはありがたいヘルシーメニューも多く、これからのスポーツ季節になれば、背景の鎮守の森に護られ、両店とも共存共栄、時代の波に影響なく繁盛間違いなしといった絶対ロケーションなのであります。不思議なもので、この背景の樹木が無ければまったく趣きの異なう店がその良さを出し切れないのでしょうに、緑のオーラがこの異なるふたつをやんわりとまとめてくれています。

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2009年3月18日 (水)

千鳥が淵便り・余計な建物が!。

Rimg17349 Rimg17350 Rimg17348 日曜日よりさらに気温上昇となった16日の月曜日、花粉・黄砂の注意をしきりに早朝の天気予報が伝えていましたが、思い切って早めに自転車で桜前線を確かめに、千鳥が淵に向かいました。まだ寒い7時半、駒沢をスタートし、僅か、40分程で到着。此処、桜名所の現場は、突貫工事で緊張した現場監督の号令下、ボートハウスが、これまでの長閑な姿から一変し、なんと、モダンな安藤忠雄ばりのコンクリート姿に大変身であります。桜の開花は予想より早くなりそうですから、工事現場は一日も早い完成がノルマとみられ、関係者が慌ただしい様相でありました。間隙を縫ってずうずうしくも、こっそりとボートハウスの上に新設された展望台に上ってみると、お濠にせり出した分、絶景がさらに至近距離となり、絶景が手に取るようであり、これでは満開時には混雑間違いなしでしょうが、予想外の狭さに、われ先と急ぐ輩のトラブルなどが多々ありそうな気配がいたします。

こういう展望台なるもの、全国の名所にはつきものであるものの、何故、千鳥が淵までもが・・・、と云いたくなってしまいます。おまけに、景観とマッチしないモダンなボートハウスの姿・・・。以前はボートハウスの入口の坂からも絶景スポットの撮影が出来ましたが、新しいボートハウスの余計な屋根が出しゃばってしまいパノラマの桜景色が分断され、展望台以外はナイスなスナップなど、望めそうもありません。

今日は、北の丸側からボートハウスを観ませんでしたが、間違いなく、空々しい景観となってしまったことだけは、確かであります。残念!!!。

さて、そのまま靖国神社方面に向かうと、更に、インド大使館もが青山通りの商業施設と見違えそうな、最近流行のサッシとガラスのビルに大変身でありました。

こと左様に、モダンな建物が一番相応しくないというか、あえて言うと、絶対ダサイこの場所に、何故か、突然のモダンな建築物が吹き荒れています。そのままのすっぴんな自然の姿が比較的良好に残されていたこの界隈でありますが、あまりに環境とのバランスを欠いたボートハウスが、物議を醸しだすのは間もなくであります・・・。

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2009年3月17日 (火)

頑張るJ・COOK 神宮前の名店

Rimg17370 Rimg17374 日曜日は最高の自転車日和でありました。携帯電話で日中の気温・風速などをチェックすると、ほぼ春支度で問題なしですし、武蔵小山の、プロバイクショップ・Hi  Road http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/3119/ の青山宏康さんに確認すると「春支度でも問題ないでしょう。」とのこと。9時に駒沢をスタートし、都心に最短である玉川通り・青山通りを抜け、三宅坂経由で皇居に向かいました。このルートは渋谷までの15分間、首都高の下を走るため、陽射しの恩恵を受けず、ひたすら暗く冷たいルートを走るのです。さらに大橋・渋谷・赤坂と上り坂が待っていて、急ぎでない限りは、あまり好みのリートではありませんが、この日は皇居に少しでも早く向かうために、このルートを選択しました。宮益坂を抜けると快適な青山通りが赤坂まで続きます。朝はとくに正面から陽を受け、それまで冷え切っていた体が一気に温かくなります。東宮御所界隈は舗装にも他とは格段の差があるようで、路面から受ける振動が全く静かであります。  皇居で青山宏康さんグループに合流。美味しいティーを二杯もご馳走になり、その後、定番の本郷・小石川散策を経て、市ヶ谷・信濃町を抜け、久しぶりに、神宮前・J.COOK に寄り、名物のトマトスープを堪能。神宮前の此処一年の栄枯盛衰の話を伺い、確かに走っていても、軒並み空き家といった場所が目立ち出したことに納得。この店を取り仕切る中尾年秀・敦子夫妻の世間に動じない、マイペースのスタンスと話の内容に、改めて、胸のすくような気分でありました。

この店、渋い駐車場の跡をリホームして作ったお店で、入口も分かりにくく、かなり、マニアックな様相を呈していますが、中に入ると明るい日差しがガラスを通して差し込んでいます。ランチメニューも十年一筋、まったくのワンパターンながら、プロの料理関係者にも絶大なる人気の隠れ処であります。

J-COOK http://www.harajuku.jp/com/kichen/jcook/jcook.htm

住 所 渋谷区神宮前3-36-26 
アクセス 東京メトロ銀座線外苑前駅より徒歩8分
営業時間 8:00~22:00/日11:00~18:00
定休日 月休
TEL 03-3402-0657

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2009年3月16日 (月)

アルフレッド・ウォリス『Old House』1932

4 ウォリスの絵には、彼独特の色彩感覚が十二分に発揮されていて、なまじっか絵画の専門教育を通過していなかった事が幸いして、自由奔放な構図とともに、観る者をその画面の中に引き込んでいきます。

普通の画家のようにキャンバス生地に描いたものなど皆無に近く、その殆どが、身近にあるダンボールや郵送物の紙箱の端切れなど、今で言えば、ストリート・アートなのです。

遠近法なども、当然認識外でしたから、逆に不思議な視覚的重力が働いて、叙情的画面であるにも関わらず、暗示的な不安感さえ感じてしまいます。

この絵にしても、コバルトターコイズの色を中心として白・緑が絶妙に響き合って、画面が光り輝いています。正面のお家の窓の奥からは温かい家族の団欒が垣間見れますが、全体を包むちょっとした不安感が、この絵を単なるメルヘンというくくりでないレベルに昇華しています。

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2009年3月15日 (日)

骨太の本!

Img_7031 活字中毒にも近い日々を過ごしていたのは、30歳代から40歳代にかけてでしたが、その後視力の低下に伴って、今やすっかり本とのお付き合いも、遠のいてしまいました。

しばらくぶりに、本棚に入りきりだった本の風通しをするために、棚から引きずり下ろして、一冊一冊中をパラパラとしましたが、指先の脂肪分はお腹周りと相反して無くなってしまったので、捲るのに手間の掛かることとなってしまいました。今や、古本も目方で売買されるような時代ですから、自分にとって残すべき本の見極めも出来ないでいますが、この画像の三冊は私にとって、絶対に捨てられない本であります。

柳宗悦・永井龍男・河合寛次郎というなかなかの曲者ばかりの本でありますが、それぞれに経験・実学を通して観た観点・哲学に私もずいぶんと勉強させてもらいました。当時は、どろどろした商業関係の仕事をしていましたから、この著者のような現実社会と一歩離れた視点からの感性に、寛ぎを求めていたのかも知れません。日々、どたばたと新商品の選定や開発にと追われていましたから、振り子の論理と一緒で、反作用の方向をとってバランスを保っていたのではないかと思います。

今から思えば、若かったからこそ乗り切れた、毎日限りなく朝に近い午前様というバブルの絶頂時にも、、狂乱の罠に掛からず、悪魔の誘いにも惑わされることなく、今日も元気で居られるのは、この類の本があったからこそ・・・のようなものです。

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2009年3月14日 (土)

今頃、巷で、はやるもの。

Rimg16661 Rimg16677 Rimg16678 Rimg16682 ここ数年の傾向なのでしょうが、ここにきて、ますます、止まらない感覚の旗頭が、この画像に観られる一連の傾向です。方や、ラグジュアリーでゴージャスな傾向も一時ほどの盛り上がりは失せ、趨勢はこの汚らしいといっては誤解を招きそうですが、Ragedな粗野で荒っぽい方向に来てます。

豊かな社会の終焉を向かえ、次のステップに移る時代には、このようなアバンギャルドな感覚のものが受けるのでしょうか。たしかに、ピカピカ・ツルツル・テカテカの商業ビルの中にこのような感覚や仕様のものがポツンとあれば、その対比からか、これまで道端に転がっていたようなものでも、新鮮に見えてくるのですから、分からないものです。

千利休の閃いた「侘び寂び概念」も、金の茶室などが当たり前となっていた室町のバサラ文化・風俗に僻々して、朝鮮の雑器などに心がなびいていったのが発端のようですから、同じ心境が今も不滅である証かも知れませんね・・・。

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2009年3月13日 (金)

赤坂丹後町・1958

1958 徳川家康が江戸入りする以前の、永禄10年(1567)に開拓が実施されるまで、この地は山林や畑が多く、人家はあまりありませんでした。
 大永4年(1524)、小田原北条軍が江戸城攻略に成功し、「一ツ木原」で勝どきをあげた記録があります。
 赤坂の起源は、見附から四ッ谷へのぼる「紀伊国坂」のこととされています。坂上に茜草(あかねぐさ)が生えており、「赤根山(あかねやま)」と呼ばれたことから、赤根山にのぼる坂を赤坂と称するようになったというもの。「染物屋が坂に赤い絹を干したから」という別の説もあります。しかし元赤坂町があったのは千代田区側で、赤坂見附の造成により現地に移されました。
 赤坂の名は、明暦3年(1657)発行の地図に、はじめて登場しますが、このときは千代田区側に記されていました。このことから、元は麹町へのぼる坂の名だった可能性もあります。
 江戸期のこの地域は大半が武家地で、町らしい町は、田町、新町、裏伝馬町あたりでした。
 明治11年(1878)の「郡区町村編制法」により、赤坂、青山地区が赤坂区となりました。昭和22年(1947)に港区が成立し、赤坂区に所属した各町はすべて“赤坂”を冠称しました。昭和41年(1966)の「住居表示に関する法律」により、赤坂溜池町、赤坂田町、赤坂新町、赤坂一ッ木町、赤坂丹後町赤坂表町、赤坂台町、赤坂檜町、赤坂中之町、赤坂氷川町、赤坂福吉町、赤坂霊南坂町などの全域または一部に、麻布谷町の一区画をあわせて、現在の「赤坂」となりました。

現在の青山通り沿い、赤坂署の裏道の界隈は、その昔、ビルも殆ど無く、素晴らしい景観が望めました。1956年の夏、父に連れられ、祖父が世話になった吉村さんの御宅を訪れたのは、菓匠「とらや」の先の坂の界隈でしたから、丁度、この写真の坂辺りだと思われます。街中を横断するその急な勾配が異常に見え、その頃夢中になりだした少年探偵団の小林少年の気分になりきり、大人と一緒に居るのが飽きればその御宅から出て、近所を探索していました。子供心にも、落ち着いた本瓦の連なる町並からは、豪奢ではありませんが、きちんとした正統な佇まいの素晴らしさを感じとり、その後、この御宅に伺うことを愉しみにしていました。

祖父と同じ明治5年生まれの吉村さんの御宅は、お線香の香りが漂っていて、当時の私には、古めかしい家のような印象がありました。住んでいた久我山の環境は緑に囲まれた比較的暗い印象でしたが、この赤坂丹後町界隈は緑が少なく、陽射しの強さの影響なのか・・・、今の青山通りが、やたら白く眩しかったことを強烈に覚えています。

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2009年3月12日 (木)

ちょっと昔の表参道は・・・。

Rimg16373 写真:本城直季

東京オリンピックが開催された1964年頃から、それまで行ったことのない原宿にちょこちょこ同級生と行くようになり,その最初に知ってしまったインパクトの影響か・・・、探索癖は今日まで続いています。

当時、井の頭線の久我山という長閑な農村のようなところに暮らしていて、せいぜい吉祥寺が買物の中心でしたから、原宿に来ると一気に、外国の街みたいな薫りがむんむんとしていました。とくに、現在のラフォーレあたりには、エドワード・ホッパーの描くようなガラス張りのガソリンスタンドがあって、給油する車は殆どアメ車といった状態でした。

その交差点にある白亜(のように見えました)のマンションには、その後、若輩には容易に手の届かない価格と風格の正統メンズトラッドの店・CREWが出来、洒落者の中で一番人気だったオレンジ色に近い赤茶色のローファーをアルバイトで稼いで、やっと手に入れることが出来たのは1969年の夏でした。まだまだ原宿も木造住宅が多く、長閑な雰囲気が町中に残っていて、この頃になると週末は自転車でこの町まで出かけて行きました。一歩奥に入ると木造の住宅が密集していて、その雰囲気はちょっと離れた元麻布とよく似ていて、今から考えれば、写真に記録しておけばよかった景色がたっぷりあったのです。

その後、会社に入ってからも商品の取引先との関係上、頻繁にこの街に出向くようになり、小さなマンションを訪ね、又、宣伝関係の仕事となるとセントラルアパートに出向き、吹き抜けの空間に感心したり、多くのクリエーターがうろうろしているのを目の当たりにしました。その後、1980年以降の原宿の豹変振りの凄さには仰天でしたが、此処数年前からの変貌ぶりは、さらにその上を行くものであります。唯一、昭和の気配が濃厚であった隠田商店街も、少しずつ、今様の店に侵食されてしまい、周りの場所と大差ない、生活感のないフラットな街並となってきつつあります。

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2009年3月11日 (水)

多摩川便り・春よ来い!

Rimg17025 Rimg17032 この日は久しぶりの無風状態となり、気温も12度前後ということもあり、多摩川に自転車で出かけました。しばらくご無沙汰ルートであった、駒沢・深沢・瀬田の抜道を通り、二子玉川駅に出て、登戸方面に向かいましたが、この土手を走るランナーの数もいつもより多く感じられました。登戸をユーターンし、川崎方面に向かうと、急に風が出てきて、安全策のために持っていた最新のウィンドブレーカーを着ざるを得なくなりました。このジャケットはロンドンの消防隊や警官も使っているというもので、コンパクト性も素晴らしく、手のひらサイズになってしまうほどです。繊維の密度も細かく、バタバタというこの手のジャケットにありがちな音も気にならず、じつに快適であります。

春が近づき、土手の土筆を摘む近隣の家族も多く、そのおだやかな光景は嬉しいものですし、片や、野球グラウンドでは、高校生が練習に励んでいました。私は一年中、高校生が多摩川で野球の練習をしている姿を観るのが好きですが、とくに、この時季の練習姿は格別、春の到来を待ちかねている気分に駆られます。ハイテクマシーンを駆使した練習は、我々世代のそれとは別格でありますが、バットの快音と独特の若人の声が鳴り渡るのは、気持ちよいものです。

さて、今年の桜開花は25日頃といわれ、例年より早咲きのようですが、確かに、下丸子の土手にある桜並木にもほんのりと蕾が出ていて、このまま、暖かい日が続けば、もっと早まる可能性も大有りではないかと思われるほどでした。

この日は新丸子から池上本門寺に向かい蕎麦と葛餅で一服、呑川側道を北上しながら、自由が丘経由で駒沢に戻りました。走行距離は凡そ、50キロ。若干、体重の増えたことが気になりましたが、何とも気分の良い4時間でありました。

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2009年3月10日 (火)

デュフィのコンサート

0213 ラウル・デュフィー(1877~1953)http://www.depo.jp/art/dufy_inv_001.html は、異邦人の多いフランス画壇においては生粋のフランス人として、フランス国内はもとより世界にも絶大な人気があって日本でも多くのコレクターがいます。その魅力はなんといっても南フランスの明るい色彩と、画風に表れる豊かな生活スタイルであり、その持って生まれた感性は絵画の修業もそうでしょうが、むしろ子供時代から周囲の環境を自分の目でしっかりと見据えていたからに他ならないでしょう。

このシンプルな筆勢で描いた室内四重奏の様子も、見事なバランス感覚で仕上がっています。とくに演奏者一人ひとりの画法が異なっていて、夫々の楽器の奏でる音色の微妙な違いさえも聴こえてきそうです。会場の雰囲気は決まり過ぎともいえるほどですが、スピード感のある筆使いと書き残し的な部分が功を奏して、余韻とリズムのあるモダンな画趣となっています。

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2009年3月 9日 (月)

あざみ野のホームコンサート

Rimg17115 Rimg17239 今から45年程前の高校一年生の時、とびっきり可愛い(吉家京子さんという)女の子が入学してきました。小学生・中学生時代は、武蔵野の自然に恵まれた環境の中で、元気いっぱい遊びに励んでいた連中も異性が気がかりとなる年頃になり、その女の子をほぼ全クラスの男子が意識することとなったのです。男女共学とはいえひとクラス45人ほどの中、女子は多くて5~6名という比率は共学という概念のバランスを欠いたものでしたから、女子の話題には極めて敏感であったのです。当時の高校校舎は3年生を除き、全クラスが自由に往来できる通路がなく、遠いクラスともなれば、その女の子の姿を見に行くにも、わざわざ、階段を下りたり上ったりしなければならず、たいそう手間のかかる環境でしたが、苦労の甲斐があってあまりある、彼女の素晴らしき立振舞いでありました。そして、期末試験のたびに、その女の子の頭脳明晰ぶりが開示されると、男子は「ウォーッ!」という雄叫びをあげるのでした。

それから45年、彼女も今では、横浜市青葉区のあざみ野でホームスパン工房http://yoshiie.seesaa.net/を主宰し、既に30年以上の月日が経ち、仕事の合間を縫いつつ地域の交流の一環として、凡そ4年に亘り11回の幅広いホームコンサートを続けられています。

というわけで、3月7日の土曜日、フォークシンガー・小林啓子さんhttp://www.kobayashikeiko.com/のホームコンサートが、あざみ野の吉家京子さん宅で開かれました。吉家さんと小林さんは小・中学校の同級生で、そのご縁がもとで2006年から年一回のコンサートが開かれています。私世代の定番曲として、北山修さんのメドレー・フォークソング・アイリッシュソング・日本の唱歌など15曲を通しで歌われ、小林さんの澄み切った歌声は最近の閉塞感を払拭するような清清しさでありました。吉家さんの工房の生徒や地域の皆さん、そして、50年前に吉家さんに憧れていたオールドボーイも会場一杯押し寄せ、コンサートのあとの宴会はほぼ、同窓会と化していました。

幸いなことに、ひとつの音楽で同時代の記憶が蘇る私世代ですが、現役の新聞記者である岡田さんに至っては、すっかり封印されていた青春の記憶がこのコンサートで解かれたようで、次から次へと鮮明に1960年代中頃から70年代前半の出来事を、職業柄とはいえ、みごとな解説つきというおまけもありました。

鈴木工務店http://www.suzuki-koumuten.co.jp/によるきちんとした住居空間も素晴らしく、春の季節らしい吉家工房の皆さんの彩り鮮やかな手料理をはじめ、ほのぼのとした春爛漫を彷彿させる一日でありました。

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2009年3月 8日 (日)

間の取りかた。

Rimg16272 最近の地下鉄の座席に、いささか納得いかないというか、何でだ!、と言いたくなるのであります。

日本人の下手な間の取りかたというか、三人座れるところを二人座りの比率が徐々に増えたのか、あるいは時代が個人主義を要求しているのか、計り知れませんが、何とも、微妙な盛り上がりの仕切りデザインが気味悪いのであります。最近の、メタボ系の皆様などはこの結界にも似た仕切りには、気分を害している方も多かろうと思います。此処までくれば、一人用のシートを並列にした方がよさそうであります。さらにこのパイプの位置が最悪の処にあり、膝がぶつかり、イライラしてしまいます。私は何とも間抜けな公共デザインの代表と思い込んでますが、如何でしょうか・・・。

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2009年3月 7日 (土)

小石川商店街

Rimg16436 Rimg16420 Rimg16438 水道橋から白山通りを経由して茗荷谷方面に抜ける界隈は本郷・西片・小石川の合間を縫い、まだまだ落ち着いた佇まいが随所に観ることができます。そのへそのような位置にある小石川商店街 http://www.d-art.co.jp/enma/enma-index.html は、『きちんとした大丈夫な店』が此処彼処に点在していて、戦前の山手の風格が残されています。都内でも屈指の文教地区なだけに、塾の数もおびただしくありますが、夫々、歴史と実績のある様子が外からも、うかがい知ることができます。

それにしても、この界隈は地下鉄大江戸線・南北線・三田線・丸の内線が夫々駅名を「春日」・「後楽園」・ちょっと離れて「本郷三丁目」と密集していて、訳ありで不思議な場所でもありますが、やはり後楽園というエンターティメントエリアの集客をどの路線も考慮しての結果なのでしょうか。

小石川商店街には古書店から由緒ありそうな御茶屋さん、その名もずばりな青果店など、バラエティに富むものの、この品格ある街を連綿として守旧している住民の意識の高さを、初めて訪れても感じとれます。

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2009年3月 6日 (金)

Edward Hopperは記録魔なのだ。

Rimg16921 Rimg16914 Rimg16917 アメリカの荒野を描けば、カントリーミュージックがその画面から流れてきそうですし、都市を描けば其処に暮らす人々の寂寥感が画面に溢れ、ジャズの音しか聴こえてきそうもない画趣がたまらないのです・・・。

今も衰えない人気の画家、エドワード・ホッパーさんの仕事を記録したノートが復元されていますが、なかなかの高価格であります。ところが、偶然に見つけた古書サイトにAmazonで売買されている五分の一程の価格が提示されていたので、即決しました。はやくも翌日にきっちりした梱包で届けられ、中を観たところ、これはもう映画のカット割の記録簿のような詳細なデータが書き込まれています。画材はWinsor&Newtonをお好きなようですし、この部分には何色と何色を混色したなどという記載もあり、ホッパーマニアの私としては、これで又、愉しい時を過ごすことのできる一冊が増えてしまいました。

勝手ながら、ホッパー的音楽を・・・。http://www.youtube.com/watch?v=rM2Xa4RUBCk

http://www.youtube.com/watch?v=IpZbnh4TT9E

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2009年3月 5日 (木)

時季の施し。

Rimg12101 水流や雲流を象徴的に表す表現を少しアレンジし、しかも春の新緑の野原に応用したこの器は、盛り付け効果をも計算しつくし、完璧な器としての機能も兼ねそなえています。土筆のあしらいなど、新緑とのコントラストを配慮し、しかもヘタウマ的構成を計算したがごとく、春のおだやかささえ、薫ってきそうです。

器の世界のことは詳しく分かりませんが、琳派的抽象・具象の対比、色調のバランスなど、非の打ち所の無い、逸品であります。

角皿は、使ってみると、食材同士の間の取りかた次第で粋にも野暮にもなってしまい、結果、あしらう人間の感性の程度がばれて親しみがありませんが、野趣に富んだ早春の野菜などを小細工なしに大胆に盛付けること以外、この器にはぴったりなまとまりは、ありません。

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2009年3月 4日 (水)

神田須田町は親爺の桃源郷

Img_6763 Img_6768_1 Img_6764 神保町に古書を探索に行ったのですが、希望していた本が見つからず、その足で須田町に向かいました。以前、自転車で何気なく通り抜け、その雰囲気が『正しい親爺の居そうな街』にぴったりでしたから、何時か夜にでも行ってみようと思って述べ延べになっていました。未だ明るさも少し残っている時間帯でしたが、小さい界隈にもこのようなきちんとした店が掃除も打ち水も済ませて、客待ちの態勢であります。気が付いたのですが、何処の飲食街も明るい照明に当てられた所が多い中、此処は暗めですから小さい街にも関わらず、陰影が生まれて深みがあります。

小料理店が何軒も軒を並べていて、神田駅周辺のサラリーマン相手のグレードよりも若干高いイメージと思われますが、値段はさほど変わらない様ですから、きちんとした身なりのサラリーマンが続々と吸い込まれていきます。こういう街が近場にある環境というものは、悪くないですし、とんかつの名店『勝慢』一帯には独特のオーラが流れています。

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2009年3月 3日 (火)

安野光雅・スイス雪景色

509 雪山の景色は、人工的環境で日々の生活をしていればこそ、その感動的な光のコントラストに心身ともにリフレッシュさせてくれます。

生まれて初めての1967年の海外旅行は、スキー板の買付けも兼ねてましたから、当然スキー場にも出向いて、クナイスル・ケスレー・エルバッハなどの板を履き比べてみたものの、一番年下の私は、そんな事よりも広大・壮大なスイスアルペン地方の景色ばかりに気をとられ、その印象を頭に焼き付けることで一杯でした。

さて、この安野光雅さんの水彩画をみると、極めて短時間に描かれたと思いますが、雪山の光の反射感がみごとに表れていて気持ちよい画趣となっています。さらに、おそらく当日の陽は燦々としているものの、当然風は冷たく即興のように描かねばならない状況下、4色ほどの混色センスを駆使して描かれたのにも関わらず、暖かい優雅な日中のひとときを表わしてくれています。

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2009年3月 2日 (月)

カレンダーです。

Rimg16370 本城直季

1978年生まれ。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院芸術研究科メディアアート修了。人物や建造物をミニチュアのように撮る独特の手法で人気を集め、現在雑誌や広告の分野で活躍中。これまでスウェーデン大使館のポスターや、三井不動産「Shibaura Island」の広告、雑誌では「コマーシャル・フォト」「広告」「PAPER SKY」「BRUTUS」などに写真が起用されている。2004年にはスウェーデン大使館にて展覧会「swedish style」、2005年5月にはsuperstoreにて展覧会「small garden」を実施した。2003年富士フォトサロン新人賞奨励賞、2003年エプソンカラーイメージングコンテストスチューデント賞、2004年写真新世紀佳作などを受賞。

港区の某不動産屋さんの2009年カレンダー写真が、本城直季さんの写真であることを小石原耕作さんより教えていただき、その場でずうずうしくお願いしたところ、ちょっと前に届きました。本城直季さん独特のあおり写真は、その新鮮な空間デフォルメが話題を呼び、誰でも即座にパソコンに入っている写真が「本城もどき」になるネットのソフトも登場して、http://tiltshiftmaker.com/どうやらこのあいまいな幻想気分をお好きな方々が少なくないことを証明しています。

表参道・青山通り交差点を空撮したこの写真にも、不思議ニュアンスな空間が切り取られています。谷内六郎さんの壁画が見える山陽堂書店http://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_2ba1.htmlの建物も右隅に見えますし、この交番などは、ずいぶんと懐かしい躯体なことが解り、改めて驚きであります。

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2009年3月 1日 (日)

1956年・今日の日記「どろんこみち」

32404 1956年2月29日になっているこの年は閏年で、京王井の頭線・久我山駅から吉祥寺の小学校に通っているときの様子です。

舗装されていない、久我山の駅に向かう坂道は雨・雪となると悲惨な状態となり、通勤・通学には難所の道とうって変わります。坂道の勾配は案外厳しく、下るよりは上りが大変で、雨となれば滝のごとく道いっぱいに川のように流れ、泥流を浴びながら、目的地に向かうのです。

久我山には舗装された地域とそうでない地域の格差が激しく、その差は、久我山を二分する大地主さんの区役所へのコネクションがあるかどうかに、かかっていた・・・、などという噂が飛び交っていた頃です。私の家の前の私道が舗装されるのは1972年ですから、ずいぶんと長閑な状態が続いていくのです。

この坂を下り、人見街道に出れば一安心ですが、駅に着く前に泥だらけになるのは、何とも嫌な気分でした。

この頃、久我山駅から井の頭公園駅あたりまでは、田圃が線路脇に広がり、水田の水が光を反射して美しい光景を展開していましたが、1960年代の中頃に起きた神田川の氾濫で田圃は全滅!。あっというまに宅地造成となって、今に至っています。

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