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2009年3月12日 (木)

ちょっと昔の表参道は・・・。

Rimg16373 写真:本城直季

東京オリンピックが開催された1964年頃から、それまで行ったことのない原宿にちょこちょこ同級生と行くようになり,その最初に知ってしまったインパクトの影響か・・・、探索癖は今日まで続いています。

当時、井の頭線の久我山という長閑な農村のようなところに暮らしていて、せいぜい吉祥寺が買物の中心でしたから、原宿に来ると一気に、外国の街みたいな薫りがむんむんとしていました。とくに、現在のラフォーレあたりには、エドワード・ホッパーの描くようなガラス張りのガソリンスタンドがあって、給油する車は殆どアメ車といった状態でした。

その交差点にある白亜(のように見えました)のマンションには、その後、若輩には容易に手の届かない価格と風格の正統メンズトラッドの店・CREWが出来、洒落者の中で一番人気だったオレンジ色に近い赤茶色のローファーをアルバイトで稼いで、やっと手に入れることが出来たのは1969年の夏でした。まだまだ原宿も木造住宅が多く、長閑な雰囲気が町中に残っていて、この頃になると週末は自転車でこの町まで出かけて行きました。一歩奥に入ると木造の住宅が密集していて、その雰囲気はちょっと離れた元麻布とよく似ていて、今から考えれば、写真に記録しておけばよかった景色がたっぷりあったのです。

その後、会社に入ってからも商品の取引先との関係上、頻繁にこの街に出向くようになり、小さなマンションを訪ね、又、宣伝関係の仕事となるとセントラルアパートに出向き、吹き抜けの空間に感心したり、多くのクリエーターがうろうろしているのを目の当たりにしました。その後、1980年以降の原宿の豹変振りの凄さには仰天でしたが、此処数年前からの変貌ぶりは、さらにその上を行くものであります。唯一、昭和の気配が濃厚であった隠田商店街も、少しずつ、今様の店に侵食されてしまい、周りの場所と大差ない、生活感のないフラットな街並となってきつつあります。

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