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2009年4月30日 (木)

宮脇檀・船橋ボックス

Rimg19272 Rimg19264 Rimg19282 Rimg19287 Rimg19291 1975年の宮脇檀さんの名作『船橋ボックス』の取り壊しを目前にした見学会が28日の午後、文京区向丘でありました。爽快な日で、自転車で行こうかと迷ったのですが、集まるお歴々からして、見学会後の飲み会も当然ありそうでしたので、南北線で出かけました。

現場には既に口コミで広がったのか、学生さんと思しき方々も多く、この名作を名残惜しそうに外から観ていました。

都市で周囲に気遣うことなく暮らすことをコンセプトに、躯体をコンクリートで固め、内部は木造の温もりを可能な限り表現したハードとソフトの素材感のコントラストがいかにも1970年代のカジュアルなライフスタイルの台頭を象徴しているようです。一階は寝室・個室を中心に閉鎖的空間ですが、二階はトップライトからの陽光を浴びて一転、開放感に満ちたキッチン・リビング・和室・バストイレが回遊性を伴ってまとめられています。

又、(建築家以前に)都市生活者としてくらしを楽しむ粋人でもあった宮脇さんらしい洒落っ気が細々した部分に登場し、例えばキッチンから飛び出すコンクリートの棚部分などは、1970年代から流行りだした観葉植物を置くためだけのミニ装置のようにも受け取れました。それは無機的になりがちなコンクリートの壁面に、アドリブのようなスパイスが掛けられたような効果でありました。

Rimg19227 現在の日本は此処以外にも、モダン都市住宅の取壊しが頻繁なようで、見学会を公開する機会も少ないのですから、この日は貴重な一日でありました。

このあと、根津神社境内でつつじを肴に屋台で盛り上がり、ついでに根津・車屋でしっかりと船橋ボックスに関して喧々諤々・・・、とうとう熱く濃い中高年の集団と化し、皆さん帰りの電車で反省しながらのお帰りであったことは間違いなさそうでありました。

宮脇 檀

1936年、名古屋生まれ。東京芸術大学建築科で吉田五十八、吉村順三に学ぶ。
61年、東京大学大学院修士課程修了後、’64年、一級建築士事務所 宮脇檀建築研究室開設。
80年、「松川ボックス」で日本建築学会賞受賞。
91年より日本大学生産工学部建築工学科研究所教授に就任。
作品集として『日本現代建築家シリーズ1 宮脇檀』(新建築社 ’80年)、『宮脇檀の住宅』(丸善 ’96年)。
また、著書として『父たちよ家へ帰れ』(新潮社 ’96年)、『男と女の家』(新潮選書 98年)など多数。
98年10月21日、62歳で死去。

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