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2009年5月31日 (日)

何様式と呼べばよいか 香港藝術館は。

090521rp1_2 Louisvuittonpassioncreationhongkong 写真:鈴木芳雄

香港藝術館http://www.lcsd.gov.hk/ce/Museum/Arts/english/aboutus/aboutus.htmlの建物をリチャード・プリンス氏の作品でラッピングしてしまった写真です。たとえ高名な建築家の作品といえども、純文学のような確固たる創造者保護の著作権などなく、その建物の運用に関しては、もう建築家の手を離れた、違う世界の勝手な出来事でありましょう。

しかし、見方によっては、この手法によって新しい広告媒体が誕生したとも云えるわけで、その時代のトレンドを発信するエネルギーをこの場をお借りして、表現できるとしたら、これはこれで、都市の装置として良しとしましょう。少なくとも、大型映像装置による電飾もどきのオプティカル装置よりは知的で美しいかも知れませんし、広告写真や映像表現に新機軸が誕生するかもしれません。

ふとしたことから大化けすることの多い都市のイリュージョンマジックこそ、現代の、はかなき華、なのであります。

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2009年5月30日 (土)

いいちこのメッセージ

Rimg20081 自転車で町の散策をしていると、徒歩とは違う速度もあって、印象・残像がずいぶんと異なりますから、たまに、徒歩で町を歩きませんと感覚のバランスに偏りが生じます。この日は久しぶりに東京メトロ半蔵門線で表参道を降りて、最近の店舗・商品から商店街の流れまでをじっくり歩きまわりました。

天下の表参道も昨年来、客足が遠のいていることもあって、参道は気持ちよいほどの開放感があり、あの亜細亜系の団体客の嬌声も今や皆無に等しい状況です。

週日とはいえ、どこも閑散としていましたが、人が吸い込まれていく話題の店は安くてカワイイ品揃えのアパレル系ばかりのようで、http://www.collect-point.jp/index2.html  http://www.forever21.co.jp/ その賑やかなショッピングバッグが町中を席捲したかのようです。その元気なパワーに食傷気味で表参道駅地下道を歩いていると・・・、ありました。長年に亘り、たんたんとゆるいメッセージを伝えてくれる焼酎・いいちこ http://www.iichiko.co.jp/ のポスターが。

1970年代から80年代はグラフィックデザインのアートディレクターが企業のソフト面の舵取り役を委託されたことが多かったのですが、殆ど消え去り、今や、このいいちこだけが河北秀也氏 http://www.k-system.net/butsugaku/pdf/108_report.pdf のアートディレクションにより、(焼酎の広告でなく)、完全に独立したメッセージとして定着しているといっても過言ではありません。ポスターをスポットとしての点でなく線としての時間を掛けたシンボルメッセージにしたことは、当初、三和酒造内にも賛否両論が湧き上がったに違いないのでしょうが、そこは営業センスにも長けた河北さん、商品開発面にも参画し、焼酎に対する新しいイメージを作り上げていくのでした。凡そ、30年間で売上は当初の3億円から600億円と上がり、その間、連綿としたメッセージ広告を中心に旬の季節感も取り込んで、公共の場で展開しています。

ゆとりとあそびを理解した経営者とアートディレクターの戦略は既に記録的な長期となってますが、マンネリのひとかけらも無く、河北氏の創造力は更にブラッシュアップしていきます。

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2009年5月29日 (金)

Whole Earth Catalog

We_cat_11 Bluegrass401 人間というものはかくも勝手なものなのか・・・、と思いたくなるほっど、あれだけ使い捨て文化に慣れきったと思いきや、今や、一気に「もったいない」がステータスを勝ち取ってしまった昨今であります。

上の写真は秋山東一さんhttp://landship.sub.jp/stocktaking/に拠るものですが、私世代の上下にも生活価値観的に大きな影響力のあったWhole Earth Catalogであります。

これまでの権威・権力から離れた価値の世界を築こうという大義でまとめられたこの一冊には、1960年代後半から1970年代後半までの「自らこの地球上でどこでもいつでもだれでも自由に行動するためのノウハウと道具」が列挙されていて、この分類などはこの後の小売店舗のネタ本ともなったほど、画期的でありました。又、伊勢丹が70年代初期「人間の年」と謳った年間キャンペーンを打ち、「木綿と木」「こんにちは土曜日君」などの70年代を代表する生活主体の広告キャンペーンのコンセプト作りにも一役買ったのが、このWhole Earth Catalogなのでした。

一方、アメリカの東南部を中心とした地域で生まれた保守系の皆さんに愛されるブルーグラス・ミュージックも、1970年代中頃から守旧派の勢力から飛びぬけた過激な演奏者の台頭、サザンロックと称される分野との融合などで、田舎町のフェスティバルにもご覧のような都会の若者が押し寄せ、http://www.youtube.com/watch?v=FfPN1nDsyog 会場周辺は正に、映画・イージーライダーの最後のシーンのような南部魂のオヤジとの一触即発も少なくなかったそうです。(撮影・小森谷信治氏)

さて、今をときめくApple、Googleなどの誕生さえも、このカタログからインスパイアされた創業者があったからこそで、そういう意味ではこのカタログは20世紀を代表するバイブル中のバイブルなのであります。

このカタログはネットでも見られます。http://www.wholeearth.com/index.php

アップルの創業者、スティーブ・ジョブス氏の2005年6月12日、スタンフォード大学における名演説にもこのカタログからインスパイアされたと思われる箇所があります。http://homepage.mac.com/mkiyoshige1/iblog/B927194124/C922213363/E20050802113558/

この演説のYou Tube翻訳画像です。http://jp.youtube.com/watch?v=qQDBaTIjY3s&eurl=http://sago.livedoor.biz/archives/50248740.html

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2009年5月28日 (木)

鈴木信太郎・バス通りの道 1961年

25 3_6 まだ幼い頃、バスという乗り物が不思議なものに見えていました。というのも、あの江戸川乱歩の少年探偵団の読みすぎのせいかも知れませんが、黙って乗ればどこか怖いところにでもに連れて行かれるのではないか・・・などと勝手に想像力を膨らませていたからです。

賑やかな繁華街のバスは生活に密着してますから、そのような印象などもつ訳もないのですが、父や母の郷里に行くと、一日に何便しか来ないような長閑な風景の中、遠くから煙のような砂埃を舞い上げながらこちらに向かってくるバスの印象がいまだに焼き付いていて、これはまるで宮崎駿の描く世界と酷似してます。

さて、鈴木信太郎の描く『バスの通る道』と題されたファンタジーワールドには、まさに私が描いていたバスの印象のようなものを感じてしまいます。スーッとどこか遠くに吸い込まれて行きそうなストーリーさえ浮んでしまいそうです。この絵、何処で描かれたのか定かではありませんが、抽象化された樹木の豊かな量感とバスのワンポイントとのコントラストにはアニメーションの絵コンテのような画趣が漂います。また、スピード感たっぷりのスケッチには完成した作品とは別のモダンな軽いタッチがあって、これもなかなかの出来っぷりであります。

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2009年5月27日 (水)

縞模様・日本の意匠

Rimg12102 日本の縞模様は素朴な中にもキラリと光る鋭さがあり、素朴な制作環境から生まれた民芸の中に、特に優れたデザインが眠っています。

縞模様は言い換えるとストライプ柄でありますが、男衆はこの柄、とくにネクタイとシャツでお馴染みであります。白をバックであれば、何の問題も無く、収まりのよい柄ですが、ストライプ同士を組み合わせたり、他の柄と重ねたりするには、それ相応の失敗経験が必要で、そうでないと、平凡な収まりに終ってしまいます。この写真のような、複雑な縞模様を着る機会などそうあるものではありませんが、初夏にかけて、粋な無地帯を組み合わせて、夕方、柳橋・向島辺りに出かけてみたいものです。

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2009年5月26日 (火)

カントリー懐メロ 聴き比べ

Gyui Fdux カントリーミュージックは、1960年代の中頃から都会的サウンドに味付けされたナッシュビルサウンドが一世を風靡し、仕掛け人のチェット・アトキンスを筆頭にビクターレーベルのコンセプトが大当たりしました。その中でもJim Reevesのヴェルヴェットボイスは今日でも色褪せることなく輝いていますし、その歌の上手さは別格です。しかし反作用として、テキサスのMoon Mullicanなどはブギウギピアノを駆使して、酒場の雰囲気たっぷりにホンキートンクサウンドを全開して、こちらも守旧派の皆さんには大うけでありました。

最近、You Tubeをいたずらしているとご両人が名曲「There's A New Moon Over My Shoulder」を歌っているのでお聴きいただくとその違いがお分かりかと思います。方や、Jim Reeves http://www.youtube.com/watch?v=mS-dMjFe2Hs&feature=PlayList&p=B785D4E05274A1C3&playnext=1&playnext_from=PL&index=66 は都会のセンスに溢れ、チェット・アトキンスのギターとビブラフォンのサウンドが上品なコラボレーション効果を生み出しているのに対し、Moon Mullican  http://www.youtube.com/watch?v=Pe067_0bKf8&feature=related は余計な装飾音なしにブルーステーストをたっぷりとブギのリズムに乗せ、紫煙に煙る酒場の気配を濃厚に表しています。バックに見える1950年代と思しき女性の風貌がよろしいですね・・・。

1970年代後半となると、Moon Mullicanの流れを源流としたウイリー・ネルソン等の世代がアウトロー・カントリーというラギッドなサウンドを採り入れ若い世代を中心に大人気となり、エレガント路線のナッシュビルサウンドは中途半端な都会向きの感覚がマンネリ化し、衰退していきます。

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2009年5月25日 (月)

更衣 (ころもがえ)

Rimg16619 「庵に在りて風瓢々の夏衣  河東碧梧桐」

食材のバイオ工業化・自然環境の縮小化、年中エアコン頼りとなってしまった都市生活においては季節感も鈍ってしまい、映像やら、毎日のように届くDMなどを通して、辛うじて、季節の移ろいを感じとることができますが、だんだんと薄れてきているのが実態のようです。

こと左様に季節ごとのメリハリも鈍ってきた昨今でありますが、日本の風俗・ならわしの基盤でもある季節感に対する日々の暮らしの切り替えというものは、例えば「衣更え」http://www6.vis.ne.jp/~aichan/edo/shiki/04_koromogae.html などは、生活のリフレッシュという意味でも、合理的な以上に人間も環境の一部であることを実感する、素晴らしい知恵でもあります。

さて、和菓子のKING、とらやの『更衣』 http://www.toraya-group.co.jp/products/pro08/pro08_004.html と銘々されたこの逸品、5月30日から6月1日までの極めて限られた販売期間でありますが、じつに、安永四年(1775年)関白近衛内前公より銘を賜ったというものです。羊羹に和三盆糖をもみ込み、上面に薄くまぶした和三盆糖が、絽の衣を思わせる姿から、この銘となった・・・、ということです。

シンプルながら奥深く、無常観さえ漂うその姿に、メリハリの微塵も無いダレきったこの国の幼稚な舵取りの面々が、ついつい浮かび上がってしまうのであります。

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2009年5月24日 (日)

同じスポーツでもこの違いは・・・。

Rimg20086 Rimg20092 昨晩(金曜日)は、以前関わっていた環境団体の方と銀座のおでんやさんで旧交を温め、大いに盛り上がった結果、いつものように早朝というより、明け方に目が覚め、やむなく朝刊(土曜日の)を見ると、最近には珍しいインパクトのある、折込広告がありました。ブルース・ウエーバーもどきのシンプルな写真に沿った広告文は「日常はスポーツだ。歩く。なにかに急いで走る。階段を駆け上がる。水たまりを飛び越える。爪先立ちになって高いところのものを取る。しゃがんで落としたものを拾う。ガードレールをまたぐ。重いものを持ち上げる。人は毎日動いている。試合や競技のような激しい動きではない。しかし、日々の生活において、人は動き続けている。動きには個性があり、動きの快適性は生活の快適性に直結する。生きること。それは動くこと。だから、わたしたちユニクロはこう考える。日常はスポーツだと。今日という一日をカッコよく、きれいに動こうと。」・・・、日常の具体場面を通し、先に商品ありきをちらつきさせながら、なかなか読ませるコピーであります。勝ち組の雄、ユニクロの時代感覚をメッセージとして掲げたのですが、残念ながら中に差し込まれたチラシが哀しいかな、・・・、いつもと同じであります。売りにつながるチラシ広告を思い切った切口で展開すればこのメッセージとシンクロして、一歩踏み出した企業姿勢の広告として評価されるものを、担当の縦割りのせいか、ちょっとしたミスマッチでありました。むしろ、売りのチラシをパッケージにしてしまったのが、この会社のある意味のダササなのかも知れません。

この広告を観て、1979年の伊勢丹の傑作シリーズ「ああ、スポーツの空気だ。」をちょっと思い出したので引き合いに出しましょう。197012_2 広告文は「大統領が庭を走る。長い髪を束ねた若者が道を走る。いま、地球の朝は、熱いスポーツの空気とともに明けていくと言ってもいいでしょう。ことしこそ、わたしたちの暮らしもスポーツのある365日。ファッションだって、そうです。衣類は、もう、ボタンをきっちりはめることで体に合わせるのではなく、むしろ、肉体のしなやかさが、着るものと一体化すること、つまり、フィットネスとよく言われるそこに評価の目が向けられるのですね。衣も、食も、住も、そのすべての場に清新な、若い、スポーツの空気をいっぱいとり入れてみたい。ことし、1979年。」・・・、みごとな文脈と読み手に広いイメージをインスパイアさせるその全体観のみごとさ。伊勢丹宣伝部とライトパブリシティの喧々諤々から生まれたシーズン広告のメッセージです。ここに何の商品も訴求していません。あるのはメッセージの全段広告だけですが、この時代の半歩先のライフスタイルとしてヘルシーライフを先取りした、秀逸なシリーズ広告の最初です。この時代の伊勢丹は広告から商品展開・販売計画にいたるまで、みごとなまでの一貫性と全体観の共有化があり、それまで以上に他の百貨店との差をつけていったのです。

それにしても、時代の差こそあれ、この二つの企業のスポーツに対する表現がこうも違うのであります。

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2009年5月23日 (土)

街角の景色

Cti 穏やかな景色と街並が程よく溶け込んでいるか否かで、大規模商業施設から小さな個人商店の外観にいたるまで、その地域に行きたくなるかどうかが決まってしまうような、世代を越えた感性の変化が生まれてきつつあります。

長い間、商業環境の平準化・テナントの寡占化に危機感を持った良識ある商業企画専門家の中に目覚めだしたのが、地域の全体観を意識して、理想に向けて地道な運営管理をしていくという極く当たり前のことなのです。花火のように立ち上がりばかり目立ち、その後は萎れるように衰退してしまった全国の商業施設をはじめとする地域開発は今やダサイの一言で済まされないほど、ゴーストタウン化の流れが止まらず、各県の中心となる商業地域の不気味さは、そのまま、ノーコンセプトの行政・業者の馴れ合いのなれの果て・・と言われても返す言葉がないのでありましょう。

パリの街角には、100年以上変わらぬ、人が時を過ごす愉しみのハードとソフトがあり、他には見られない独自の趣きもあって、その密度の濃淡が観光人気と比例しているようです。賢い観光目的がメジャーな場所巡り中心から、小さな町にゆっくりと滞在する方向に傾いているように、この緩やかな嗜好を中心とした人の価値観の変化は、即ルーティーン化してしまった観光事業の当事者にも栄枯盛衰の津波を被る羽目になるか否か、夫々のトレンドをどう読むか、えらい時代となってしまったものであります。

綺麗な白いテーブルクロスに薄焼きのトーストとシンプルなスクランブルエッグ、そして使い込まれた銀器に容れられた芳ばしい珈琲・・・、1967年、初めての海外旅行で体験した、身近で簡素な上品さこそが、平凡な毎日の過ごし方に洒落っ気を浸透させてくれた身の丈周りの景色なのです。

此処日本にも身近ながら景色の良い町と界隈が、ひとつでも増えていくことを願っています。

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2009年5月22日 (金)

鈴木信太郎の『ざくろ』・1939年

6_2 鈴木信太郎の静物画は、お得意の色のバラエティーショーで、複雑な色相同士の組み合わせが鈴木でしか出来ない芸域に達しています。

この『ざくろ』と題された一枚は、対象を凝視した上で自分の境地に仕立て上げる芸術の真髄とも言えそうな一枚で、私の好きな静物画の筆頭であります。とりわけ、半抽象化されたざくろがそのシズル感を観る側に運んでくれて、すっぱいざくろの酸味が目から喉に移行しそうです。ざくろの皮の黄色が白・バーミリオン・コバルトマゼンダ・グリーンなどの色同士を有機的に結びつけて、美しく格調の高い画趣にまとめられています。

コントラストをつけながらも、ソフトランディングさせている鈴木信太郎の構想と技量は、やはり格別です。

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2009年5月21日 (木)

憧れのFRENCH CURVES・LINEX

Rimg12574 Rimg12577 1966年にプロダクトデザインを専攻して以来、専任教授の課題に追われ、深夜、いや明け方まで製図板と、ドラフターに向かい合う日々となりました。当時のプロダクトデザインはまだまだ、生産者指向でしたから、たとえ課題のラフ案提出であっても、線引きの太さ、数字の書き込み方向なども、厳しくJIS規格に則っていないと、やり直しとなってしまいました。デザインをもう少し自由な表現と思い込んでいたその頃、いずみやというデザイン用品を販売する店で購入した、FRENCH CURVESという雲形定規には、この世のありとあらゆる曲線が、この定規の中にある!・・・、などと云われ、いわば神聖化された、道具でありました。課題ではアール指定などの箇所となると、円定規とコンパスの併用、又は、鉄道定規などを組み合わせて、自分のイメージに合った曲線を導いていたのです。考えてみれば、先にイメージする曲線を何度も描いて、あとから定規でその線に合わせるという簡単なことも気付かず、単純に、適当な定規を出しては、折り合いのよさそうな曲線を引いていたのでしから、笑い話のようであります。

その頃、建築家・磯崎新さんが、マリリンモンローのヌード写真の身体のラインから見出した定規がモンローカーブという名前で販売された時、神聖・硬派な設計の世界にも風俗・軟弱な風が吹き出した感があって、間もなく、Whole Earth CatalogなどのNew Age Movementを日本橋・丸善や銀座・イエナの洋書売場で知ることとなりました。

このLINEXの曲線定規は、今日もよく使う道具で、例え便利なPC SoftのIllustratorがあろうとも、悶々と手を通して感じてくる曲線の妖しい誘いこそ、美しさを生み出す真骨頂なのです。

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2009年5月20日 (水)

Bluegrass 1970年代

Bluegrass801 写真撮影 小森谷信治

それまで聴いたことのなかったキングストントリオhttp://www.youtube.com/watch?v=3VMSGrY-IlUのシンプルなサウンドに魅かれたのは中学生の頃でしたが、彼等の音楽を聴いているうちに、アメリカの音楽の根っこの分野にまで興味を持ち出し、当時、ラジオ関東(現・ラジオ日本)のシティ・ライツというカントリー音楽中心の番組を聞きかじっていました。この番組のオープニングは五弦バンジョーの華やかで乾いたテーマ音楽http://www.youtube.com/watch?v=icMTVV5Lwaw&feature=relatedで始まり、この華やかな音楽は何というジャンルなのか気になりだし、やがてそれがブルーグラス音楽というジャンルのあることを知りました。高校時代になり、フォークソングと並行して学生に人気のあったブルーグラス音楽はアメリカ中東部から南部を中心としたアパラチアン山脈周辺の白人の音楽でしたが、1960年代後半になると音楽のみならず、建築・絵画から生活文化にいたるまで、都市の若い世代を中心に自然回帰指向が顕著となり、その影響か、ブルーグラス音楽もアメリカ全土に飛び火して、ウエストコースト、とくにカリフォルニアの乾いたサウンドと切れ味のご機嫌なリズムとコーラスが抜群なバンドが台頭してきました。

この写真はさらに後の1970年代初め、ブルーグラスフェスティバルのジャムセッションの様子です。当時、大人気だったウエストコースト派のニッティグリッティダートバンドhttp://www.youtube.com/watch?v=sLD85G2jr-o&feature=related・カントリーガゼットhttp://www.youtube.com/watch?v=Za4SEaPVlcs・ザディラーズhttp://www.youtube.com/watch?v=LzOWTNMruXU&feature=relatedが揃った貴重な写真です。この時代、アメリカよりも日本の学生を中心としたブルーグラスフアンの方が、組織・動員ともに上である・・・などといった話もあって、私も初めて経験した軽井沢ブルーグラスフェスティバルなどは、北軽井沢の林の中で開かれ、野趣に富んだ素晴らしいひと時でありました。

今年も間もなく、朝霧高原・箱根 夕日の滝などでブルーグラスの宴が始まります。

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2009年5月19日 (火)

神戸屋レストラン・成城

Rimg19670 Rimg19666 今は成城・野川沿いの瀟洒なマンションになってしまいましたが、一昔前にはそこにサッポロビールが運営していた成城・グリーンプラザというテニスクラブとゴルフ練習場がありました。

縁あって、私がそのテニスクラブの会員になったのは30年以上前で、当時の環境は極めて自然に恵まれたところでありました。夏場ともなれば、ゲームを終えたあとの生ビールが楽しみで通っていた感も拭えず、ついつい飲みすぎて、午後のゲームはリタイアする御仁も多かったクラブでありました。ビール会社が運営しているので料理もほぼビアホール指向のものが大半でしたが、近場にあった、神戸屋レストランに行くと、ヘルシーメニューも豊富で、徐々にテニス仲間もランチはこちらにシフトしだしました。

この神戸屋レストランは現在も健在で、先日自転車で通り、懐かしさのあまり、自転車のカラフルジャージのまま入ってしまいました。ようやく競技自転車乗りの不思議な姿も一般に認知されだしたのか、以前のように、周囲の皆さんが引いてしまうような気配はなくなり、こちらも、ランチの場所に気兼ねすることもなくなり、ありがたいことであります。

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2009年5月18日 (月)

国立徘徊

Rimg19590 Rimg19583 Rimg19585 この4年間、ほとんど都心中心の銀輪徘徊でしたが、たまには東京の西部の学園町を走りたくなり、駒沢から往復60キロほどある国立の町まで銀輪疾走してみました。

途中、東八通りに出、ただひたすら直進すれば、国立に出てしまいますが、野川公園内を走り、その快適なことが嬉しくなりました。砧公園と同様、ここも以前は国際キリスト教大学が運営していたゴルフ場跡がほぼそのまま、景観が維持されていて、肩に抜ける空気が実に気持ちよいのです。早い時間でしたが、近隣の皆さんはこの公園が気に入られているようで、羨ましい環境が傍にある贅沢さにはかなわないな・・・、などと感じいったのです。

野川沿いを国分寺方面に向かい、途中をちょろちょろ徘徊して、国立に出ると、やはりこの広い環境は、都心では見られない素晴らしいものだと納得します。最近は他所の町と同様、駅周辺はお気軽飲食店の乱立ぶりが目に付きますが、少し移動すれば、趣味の良い雑貨店、それも和系の骨董屋からモダンな日常雑貨店まで、此処に相応しい店舗の構えが連なります。また、一橋大学周辺の住宅もきらびやかな姿の物件は皆無に近く、成城の現況とは相当な差が見てとれます。

毎年、此処の桜を観に来ようと思いつつ、都心にばかり向かってしまう習性は直らずじまいですが、新緑も落ち着いて梅雨に向かう僅かの時季は、学園町らしい正統な重みというものが薫っています。

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2009年5月17日 (日)

トンネルも売場!

XmgreyC0022163_21404931 南イタリアのアマルフィは、海岸に面した崖を背中に背負った町ですからおのずと町中にこのようなトンネルが掘られていて、独特の風情があります。

この町は景観そのものが観光資源でありますが、住民が作る工芸品にも優れた出来栄えのものが多く、人気のスポットでありますが、子供じみた商品が少なく、手漉きの紙製品や生活雑貨に気の効いたものが其処彼処に転がっています。

この画像では、トンネルを上手に利用した壁掛け関連の商品がジャンルに関係なく掛けられています。おそらく、この場所を巡っては様々な利権も絡んで、決定するまでには、キナ臭い噂の一つや二つは飛び交ったのでしょうが、今では、なかなか洒落た抜け道のようにも見え、殺風景で暗いこの場所を楽しくしてくれていますね。

そうかと思えばもっとエスカレートして、路面ではない自宅を商売にしている方なのでしょうが、壁一杯に民芸柄の陶器を埋め尽くして、何とか階段を上ってきて欲しいという願いが見え見えであったりと・・・明るい南イタリア人気質は、こんな場所にもしっかりと根付いていますね・・・。

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2009年5月16日 (土)

熱海・大火前の海岸通り2

22001698_1089_122  今や、殆どコートダジュールのリゾート地のような景観と見間違える伊豆・熱海でありますが、1950年4月13日・熱海大火の直前の写真には、戦前の政治家・実業家・文化人の別荘地であった保養地としての熱海から、鉄道・道路整備によって大衆観光地化し出した賑わいが分かります。

その後、東名高速の開設によってすっかり影を潜めた感がありましたが、一昨年は海岸を白砂にするなどの努力が功を奏し、ガソリン高騰の追風をあり、『安・近・短』の代表格として人気回復し、さらに海外からの顧客も一気に増えています。

さて、この写真ですが、バスも米軍の払い下げを塗り替えたと思しき何台かが走っていますし、アメリカ軍人関係者もちらほら見えます。海岸通りも完全に舗装されておらず、このような埃にまみれた中を、日本独特の温泉地風俗である、「どてら集団」が闊歩しています。

いい悪いは別にして、この風俗はその後全国の温泉・保養地の定番姿として延々と続き、ついには海外にもこのニッポンルックの勢いが伝播し、日本の農協団体が、さすがにどてらは持参しなかったでしょうが、「甚平・ステテコ姿」でフランスの一流ホテルのロビーを悠々と歩いていた1975年は、初めての出張の時でもあったので、さすがに辛いものを観てしまった・・・と思わざるを得ませんでした。

どてらの着流しに例えられる日本の風俗もその地域風景・風土・風習などと調和していれば、それはそれでひとつの生活文化なのでしょうが、場所を踏まえてないと、とんでもないトラブルの元となってしまうことになりかねません。時代が変わりファッションも変ったものの、よく状況を観て気くばりしないとなりませんね・・・。

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2009年5月15日 (金)

Over The Rainbow

Over_the_rainbow 撮影・友枝康二郎

車を運転していて、偶然、目の前に虹が被さるように見えた経験はいまだありませんが、この写真を撮影された友枝さんhttp://blog.goo.ne.jp/tomodesmoが羨ましい限りです。

友枝さんは八ヶ岳の近く、原村に住まわれ、東京の往来をしながらグラフィックデザインの仕事をされて、この写真もその行き来の途中で出くわした瞬間、シャッターを切ったと思われる一枚です。ずいぶんと低い位置に虹が見えていて、不思議な感じがしますが、手前の畦道と思しき長閑な景観との画面構成がみごとです。虹の先にはまだ見たことのない新世界があるような気持ちにさえささてくれる写真です。http://www.youtube.com/watch?v=X96sdKIxbdc

私は1963年に自転車でこの界隈を初めて通過したとき、穏やかな丘の連なる雰囲気が自分の嗜好に合っていることに気付き、それ以来毎年、春の時季ともなると車に自転車を載せて出かけます。とくに五月の下旬までは新緑と草木が光り輝いて、その空気を吸い込むだけでもありがたい気分となり、標高的にも体に優しい八ヶ岳周辺には、自転車好きが集まり始めます。http://www.yatsugatake-club.com/ http://www.keep.or.jp/ja/

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2009年5月14日 (木)

壁のまとまり!。奥沢

Rimg12522 耐震偽装のあおりを受け、建設業界にも、施工の速度に急ブレーキがかかり、以前のようなラッシュはなくなり、都心も静かな状況が続いているという噂のようです。

早朝のサイクリングを終え、定番の帰路に着く途中、奥沢の一角に、東南の角地を完全に壁で囲んだ一軒が現われました。

何らかの理由なのか、あるいは施主の仕事柄なのか、計りかねますが、その美しい壁に写る木々の葉が揺れる様子にしばし、休憩となりました。

通常、東南は採光・家相などからも、絶対的、家の重点位置でもありますから、よほどの自動車嫌いなどの要因なのか、不思議な物件ではあります。東南のみをこのようなあしらいにした以外は、開放的な造形をしていますから、外国人の住まう物件であろう・・・、などと一人合点して、家路に急いだのでした。

さて、壁をテーマにしたカントリーミュージック1960年代の大ヒット曲、Hello Wallsをファロンヤングの伸びのある美声で・・・。You Tubeから観える画像は1960年代のアメリカの内陸風俗がよく表れています。 http://www.youtube.com/watch?v=HMSWAUAKJn0 

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2009年5月13日 (水)

自転車で新川方面に。

Rimg19552 Rimg19546 Rimg19549 この日、午前9時に駒沢をスタートし、一度は駒沢通りを都心に向かいかけたのですが、ふっと気分が転換し、ユーターンしました。まず世田谷通りに出て、東京農業大学先の千歳通りを通り、千歳船橋駅をくぐり環状8号線を渡り塚戸十字路をそのまま直進、榎五叉路を仙川に向かい甲州街道を横断、白百合女子大学脇を抜けて新川方面に北上すると吉祥寺通りに出ます。その先は新川2丁目の信号ですが、その手前右に昔から立派な農家があります。

このあたりは、45年前、私が吉祥寺にある高校から自転車で久我山の家に帰る途中、わざわざ寄道して走っていた自然環境の豊富なエリアでありました。今もこの界隈は雑木林が僅かながら残っていて、当時の長閑な環境の中を疾走していた自分にリバースすることが出来ます。そばにはユニクロの店、東八通りもあり、やがてはこの環境も変っていくのでしょうが、ふと思いついて来たのには、何か霊感でもあったのかも知れません。

この納屋も、昔、走っていたときと殆ど変らず、母屋の立派な茅葺屋根は無くなってしまいましたが、高校時代はここで涼ませてもらったりしましたし、親切な皆さんに、お茶と羊羹をいただいたりしたこともありました。

私の自転車徘徊は都心中心ではありますが、たまに、自分の記憶に残っている武蔵野エリアに向かいたくなり出かけてみるものの、殆ど、当時と同じ環境は皆無に近く、此処などは、私にとって貴重な場所であります。Photo

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2009年5月12日 (火)

Paul Smith Rose

Rimg19778 Rimg19781 青山通り界隈を早朝自転車で徘徊していると、陽射しが正面から浴びて心地よい気分です。南青山から・神宮前には細い路地が複雑に絡み合っている場所が少なくなく、袋小路に追い込まれるときも稀にあるのですが、これこそ、自転車の愉しみの真骨頂でもあります。

以前、偶然に見つけたPaul Smith Spase http://www.paulsmith.co.jp/space/index.html の前を通るとバラの香りが過ぎったので、自転車を止めてみると壁際にいかにもイングリッシュ・ローズと思しき花が咲き乱れていました。ショップスタッフに聞いてみると、このバラはロンドンのポールスミスの自宅の庭とここしかないそうで、Paul Smith Roseと呼ばれているバラの種類だそうです。今や、SIRの称号をもつポールさんですから、自分の名前を冠したバラなどあってもおかしくありませんが、確かに深みのあるコバルトヴァイオレット色のイングリッシュ・ローズには品格とある種の野趣性があって、しばらく、陽射しの強さを避けて、見入っていました。

切花ばかり見慣れてしまった感のある昨今ですから、このように群生しているバラが東京の真中で見られるというのも、粋なポールさんの計らいがあってのことでしょう。

まだ咲いていますから、お好きな方々はご覧になられたら如何でしょうか。

Paul Smith SPACE
営業時間: 11:00-20:00 定休日: 水曜

東京都渋谷区神宮前5-46-14  TEL: 03-5766-1788

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2009年5月11日 (月)

ルーシー・リィー展より安藤忠雄展?

Rimg19641 Rimg19633 Rimg19636 ルーシー・リィーを中心とした三人展http://www.2121designsight.jp/utsuwa_about.htmlの招待券を鞄に容れて、東京ミッドタウン21_21 DESIGN SIGHTに出かけました。

今から20年前、赤坂・草月会館で開催された展覧会で初めて彼女の作品に触れ、そのイノセントな造形と卓越した技術が控えめな細部との構成力に感動し、それ以来、仕事上なにかと悩んだときなどは、ルーシーリーさんの作品集を観ては、心を平常心に戻しています。http://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_3232.html http://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_5377.html

彼女の作品は根っこに『用の美』を継承しているものの、作品によっては用より美を優先していると思えるものもありますが、その美しさたるや尋常でなく、これは「神の手技」から生まれたといっても過言ではありません。

しかしながら、今回は会場構成が安藤忠雄氏ということもあって、会場そのものが氏の思考を主張しているようで、ゆっくりと一つ一つの作品の素材感を至近距離で吸収したいと考えていた私には、ちょっと残念でありました。ライティングコントロールも闇と光のコントラストが強すぎ、これではルーシー・リィーさんはどう観ているのかな・・・、などと勘繰ってしまいました。

安藤忠雄という、ひとつのメディアが久しぶりに勘違いしてしまったというか、出しゃばってしまった展覧会、という皮肉な見方も出来るひと時を過ごしてもらいました。

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2009年5月10日 (日)

リズムギターの教則本

Doi Sti

ある程度上達するまで辛抱しなければならないのは、どんな世界でも当たり前のことでありますが、とくに楽器の場合、独りで愉しんでいれば、さほどではないのでしょうが、バンドを組んで合奏を楽しむまでには、各人弛まぬ練習が不可欠でありまして、ちょっとでも練習を怠れば誰にもその態度が伝わって気まずい雰囲気となってしまうのであります。バンド解散の原因には感性の相違とともにこの個人と集団という普遍のテーマが隠されているのです。

と云ったところで、最近購入したカントリー系のリズムギターの教則本です。師匠はエンターティメントたっぷりのバンドRiders in The Sky (http://www.ridersinthesky.com)のバンドマスター、Dougさんであります。私はこのバンドのサウンドとコーラス 、全員の醸しだすゆるいニュアンスhttp://www.youtube.com/watch?v=Dv-faHqmiVM に魅かれていますが、同世代にも多くのフアンがいるようで、ライブハウスなどでの幕間話題にも時々登場しています。この本、なかなか丁寧な内容で、コード進行は勿論のこと、新しいリズムのコンセプトなども書かれているようですから、少しじっくり熟読することにします。

ほどほど趣味の域を脱しない私の音楽歴も47年を迎え、ここでもうひとつ、ギターのセンスを磨こうと思って購入したからには、時間を掛けてでも、自分のものにしたい決意であります。

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2009年5月 9日 (土)

多摩川・ほのぼの野球

Rimg19345 春の気配がいっそうご機嫌となってくると、多摩川野球練習場は小学生から社会人にいたるまで、気分が軽やかになるのでしょうが、声も大きくなり、動きもシャープになっているように観えます。

休日ともなれば、各練習場も試合順番待ちのチームが土手にずらーっと観戦していて、中には躾のなっていないチームもあって、私のように自転車で抜けていく者にとっては、ダッフルバッグやバットケースなどが散乱している方が気になります。

さて、昔から伝統あるチームは「土手の観戦者が増えればファールボールによっては、怪我のひとつもあるであろう・・・、」というわけで、このような球拾いと安全管理を兼務する下級生が土手に点在しています。通常はじっと動かず、ボールがフェンスを越え土手に迫ると、切れの良い高音で「危ないでーす。」と叫び、落下地点に向け疾走しますから、余程のことが無い限り、安心して昼寝も出来そうであります。

麗らかな無風の多摩川でバットの快音と若人の元気良い声が飛び交っていると、それだけで青草の薫りとともに、のんびりとした気分が充満します。

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2009年5月 8日 (金)

1967・スイス ベルンで一人過ごす。

71967_3 1967年のヨーロッパ旅行は最後にモナコでのブラックジャックに大勝したスタッフのおかげで、スペイン旅行というおまけ付きで、途中のてんやわんやの珍道中も、佳き思い出です。

この旅行自体がスポンサー付きのヨーロッパ自動車レースやスポーツ業界の展示会取材も兼ねていましたから、一番の若造だった私は、ほとんどが使い走りの役か、コースを見失う失敗ばかりのナビゲーターとして、元気なスタッフの笑いの種として、役立ってました・・・。

それでも、途中の一週間ばかりをスイスのベルンhttp://www.youtube.com/watch?v=FsepHflSk-A&feature=relatedで一人で過ごすという、絶好の息抜きになることとなり、私は小躍りして、この中世の町を若くして徘徊三昧していました。新品のニコンF3を肩からぶら下げ、手当たり次第に、町の風景・風俗を取りまっくっては、「こんな色見たことない」ほどの美しい出来上がりになるAgfa Colorの写真をDPEに出し、この落ち着いた町の隅から隅まで、記憶に留めようとしていたのです。

日本と違い、消費を喚起させるような町ではありませんし、何しろ全てが落ち着き過ぎるほどの、オーセンティックな環境ですから、男の子にしても、このような、クラシックなジェントルマンなのでした。

この町のスイスフォンデュの店の屋根裏に縁あって泊まることが出来たものの、毎晩の店の賑やかさが天井から伝わってきて、寝不足気味でありました。それでも、毎朝この店のオーナーが気を遣ってくれて、美味しい朝食とたっぷりの牛乳、そしてバスケット一杯のパンが楽しみでした。この店で、初めて、パンについてくる小さな容器に入ったジャムを知ったのでした。

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2009年5月 7日 (木)

文京区向丘 K. パスタと世界のビール

Rimg19236 Rimg19242 先月28日、宮脇檀さんの『船橋ボックス』のお別れ見学会の集合前に文京区向丘界隈を散策してると、そっくりさんのような住居が数棟あるのに気付き、思わず笑ってしまったのですが、本郷通り界隈の落ち着いた雰囲気は時代に取り残された感じとは異なり、ここが本当の山手であるという気配が濃厚でありました。

さて、地下鉄南北線『東大前』出口2を上り、本郷通りの歩道橋を渡り、保全不動産の角の小路を入ると、良さそうな店のオーラが飛んできました。『パスタと世界のビールK.』という名前のお店で、通り過ぎると、路面の雰囲気とまったく違う店内が目に入りました。この日は全席予約という事で準備に怠りないその姿勢に納得。図々しくも、お忙しい中、スナップさせていただきました。第一印象では昔、新宿にあったカントリー系のライブハウスのような気配でありますが、あのがさつさはなく、丁寧なテーブルセッティングがこの店の感覚を伝えています。

店主の荒家クニ子さんは三愛みゆき店店長さんから脱サラし、パスタ専門店・サンドイッチ専門店・欧風レストランで6年間修業され、この店を開店させました。ですから、店の隅々まで間延びしたところなど皆無で、ぴりっとしているのでしょう。

壁面には、此処に来店した著名人のサインがあり、驚くなかれ、ソプラノ歌手林康子、指揮者井上道義、池田理代子、ジョン・デンバー、エルンスト・ヘフリガー、作家ボリス・アクーニン・・・、ここは著名人の隠れ処かお忍びか、と思ってしまいます。

いよいよ、ビールの美味しい季節となります。常時、60種類の世界のビールのあるこの店に是非一度お邪魔したいものですが、私世代の多くがことビールに関しては攘夷思想でこちこちなのが、頭にキズです。

今時は、根津神社のツツジの散策後にでも辛い上り坂を上れば、美味しいビールが待っています。

尚、ランチは和風スパゲティ・日替わりの二品から選べ、なんと驚愕の650円!。

『K.』の住所 東京都文京区向丘2-8-4

        電話03-3813-5224 営業時間 11:00から20:00 定休日 日曜・祭日

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2009年5月 6日 (水)

熊のプーさん・挿絵

1309クマのプーさんとは

1926年以来,世界中の子どもと大人に愛されつづけてきた名作『クマのプーさん』。
 イギリスの劇作家A.A.ミルンは,幼い息子クリストファー・ロビンと子ども部屋のぬいぐるみたち(クマのプー,コブタ,ロバのイーヨー,ウサギなど)を主人公にして,家族で休暇を過ごした田舎の森を舞台に,楽しい魔法の世界を紡ぎだしました。
 画家E.H.シェパードは,ミルン家の別荘のあるサセックス州ハートフィールドの森を何度もたずねて,念入りにスケッチしました。シェパードの描いた美しい森の風景は,いまでも当時の面影をとどめており,多くの観光客がおとずれています。 (岩波書店)

クマのプーさんの挿絵を描いたE・Hシェパードさん (http://www.asahi-net.or.jp/~ka3i-mztn/shepard.htm)は写真以上に一瞬の動きを捉える眼力に卓越した天賦の才があり、これだけは真似ようと思っても出来るものではありません。

ジロットの平凡なペン軸を使って描かれた一連の挿絵にはイギリス独特の画趣というものがあるようで、これは博物学・生物学の精密描写から建築外観表現に至るまで共通している何かのようですし、私の好きなFrank Pattersonさん(http://www.wallbike.com/holidaygifts/pattersonprints.html)の自転車を楽しむ一連の絵にも、同じテーストが流れています。大胆に言ってしまえば、全てが時間・動きを止めて描いたように見えるのですが、その前後の動時間・空間がきちんと読み取れるところが、恐ろしいセンスなのです。何方の遺伝子がこうも各分野の皆さんに拡散したかは解りませんが、一堂に集めて閲覧でもしたいものです。

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2009年5月 5日 (火)

広重・下諏訪の寛ぎ

2101 広重は今でいうならば観光振興協会のお抱えイラストレーターのような役割だったのでしょうが、あっという間に大ブレークして、特に日本中がお伊勢参りの大流行の時代となると、もう日本全国観光ガイドブックの製作・編集・絵師の三役を独り占めしていたようなものです。

東海道五十三次のご当地シリーズなどは温泉宿場が顔を出して、その振興にも加担していたのではないかと思うほどの力が入っています。この下諏訪の絵は善光寺参りなどに往き来する人を描いたものですが、おそらく今で言えば午後五時頃の早い夕食をとっているところですし、左奥では今、到着したばかりなのでしょうか、ひとっぷろ浴びている旅人もいます。のんびりと豊かなライフスタイルを謳歌していた江戸時代の男には、ゴージャスではないものの、密度の濃い、贅沢三昧があったようです。

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2009年5月 4日 (月)

維新とフランス展・東大総合研究博物館

Rimg19101 Rimg19186 Rimg19194 洒落た展示手法と展示資料・標本などの分類の視覚伝達が格別な、東京大学総合研究博物館 http://www.um.u-tokyo.ac.jp/ で開催中の『維新とフランス』に出かけ、またまた、美しい展示の雛形を見せ付けられました。

維新の前夜、徳川幕府の要請を受け派遣されたフランスの軍事顧問団の末裔によって保存されていた今回の資料・写真・物品を観るにつけ、当時のフランス軍事顧問らが他国の外国人とは別格の扱いを受けていたことが分かりますし、その貴重な展示資料の殆どがあまりの綺麗さに感嘆するほどです。1867年、パリ万博の日本館展示に尽力を惜しまなかったフランス軍事顧問によって、広く西欧に日本の存在を知られることとなり、日本国内では維新後の新政府の世界情勢の把握、近代化事業の出発点ともなったなど・・・、今回の展示は日仏交流150周年記念特別展示に相応しい非公開資料の規模と内容、そして展示表現であります。

さて、さすがフランスと思ったのは、会場の中にある展示什器の色彩がエルメス・オレンジであったことです。

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2009年5月 3日 (日)

高岡 徘徊便り

Rimg19494 Rimg19462 Rimg19465 Rimg19467 Rimg19469 富山県・高岡市に行っていた間、5月1日は高岡市が誇る祭り重要有形・無形民俗文化財『御車山祭』http://www.senmaike.net/mikurumayama/の奉曳の日とあって朝日の昇る頃から、皆さん、準備にそわそわ状態でありました。

豊臣秀吉より前田利長公が拝領した山車を高岡町民に与えた1609年が祭りの始まりとされ、華やかな桃山様式の高岡名工の意匠が金工から漆芸まで、八台の山車に施されています。今年は開町400年という節目ということもあり、例年にない力の入れ様だということです。

私は月一回の割でこちらに出向いて仕事の打ち合わせをしていますが、10時の会議の前にこれまでしていなかった徘徊を、朝六時から開始。此処が蔵の町であることも改めてよく分かりました。土蔵は立派な構えの蔵から洋風アーチとの合体まで、夫々の都合に合わせ、古典派から現代派まで点在していて、楽しい景観を展開しています。

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2009年5月 2日 (土)

藤森さんの建築はびっくりして優しい。

Vcfty Bgfyguy 『普通の人』との接点を建築に持ち込んで、その解決プランが『普通の人』の期待を嬉しく裏切る確信犯が、藤森照信さんです。

建築界の符丁を無視するかの如く、自由奔放ながら、天才・赤瀬川原平さんの裏千家も驚愕した侘びさびの解釈や、芸術原論も採りこんで、もうその素材構成・表現には、並みの評論家の出る幕などないのです。

2000年に作られた熊本県立農業大学校学生寮の、質素でありながら優美な空間は、実に絶品です。食堂の柱に挿されたのか、最初から残したのか・・・、枝のあしらいなど、微笑ましい現在感覚というか、アカデミックでないエコセンスのサンプルといえますね。こんな空間でお勉強できる学生諸君は穏やかな性格となって、きっと地球に優しい・人に優しい食材の研究や栽培が実を結ぶこと、間違いなしです・・・。

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2009年5月 1日 (金)

モネ・ブージバルの橋

186903 1869年(明治2年)に描かれたモネの『ブージバルの橋』と題された油絵は、モネにしてはメリハリの効いたシャープな画趣を漂わせています。

最近の都心では、なかなかこのような透明感のある景色にお目にかかることもないのですが、時たま大雨が降った日の夕方や、台風一過の翌日などに、輝くような太陽の光と雲の配分が絶妙に絡んで空が見渡す限り輝いている絶景に出くわすことがあります。そんな時はしばし時間を忘れてただひたすらに眼前に展開する一時の清祥感に酔うのです。

モネの作品のなかでも、光の階調・反射をあたかも自分が其処にいるがごとく、掴んでいるこの作品には、晩年の睡蓮シリーズに見られる水面の反射効果を、既に垣間見ることが出来ます。

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