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2009年6月28日 (日)

明治中期・日枝神社より赤坂を望む

Photo_13 ベアト撮影と言われていますが、定かではありません。明治の中頃に撮られた一枚でありますが、まだこの時代ですと完璧に江戸の風情がたっぷりであります。

この手前の川のように見えるのが外堀で溜池と呼ばれていました。今、溜池といえば交差点の印象しか御座いませんが、この時代はまだ赤坂見附からの外堀一帯を称していました。今は、弁慶橋周辺に僅か、昔の名残が残っています。

右奥には紀之国坂に面して赤坂離宮と思しき洋風の建物が確認できますが、この写真の撮影場所といわれる日枝神社との距離がずいぶんと至近に感じますね。

Photo_14 やがて、政財界のお歴々が夜な夜な情報交換と称してお遊びに興じていた時代がこの溜池の向う岸で展開され、昭和30年代には日本一の高級歓楽街となったわけですが、あっけなく1990年代後半には跡形も無くなっていきました。

この時代の話は安部譲二さんや、亡くなった百瀬博教さんの遺した著作を読んでいただくと抱腹絶倒とスリル・サスペンスが入り乱れて、赤坂のスリリングな日々が記録されています・・。

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