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2009年7月15日 (水)

日本的ハワイの薫り

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『憧れのハワイ航路』http://www.youtube.com/watch?v=EgxDnhUyIKc&feature=relatedという明るい歌謡曲がヒットした1948年(昭和23年)からだいぶ経った夏の頃、家の中から四六時中、この曲がラジオを通して聞こえていたのを記憶しています。ヒットしてからおそらく6年ほど経過していたでしょう・・・、岡晴男の鼻に抜ける高音は、その後知ったカントリーミュージックの男性歌手のそれともよく似ていて、今でも脳裏に焼きついています。

この曲、妙にモダンな薫りのする曲ですが、伝統的な歌謡曲の旋律や途中で聞こえる木魚のようなリズムが高田浩吉の股旅物の映画のBGMのようでもあり、妙に、和と洋が上手くかみ合っていて、独特の折衷感覚は今も新鮮であります。

この頃、小学校の4年生になり、夏の学校でしっかりと水泳訓練をさせられ、水泳の苦手な私は遠泳などもってのほかとばかり、ただひたすら、最終日の遠泳選抜に落ちる事しか念頭にありませんでした。水泳師範は殆どが学園の大学水泳部・ラグビー部の先輩ばかりでしたから、日中は厳しく、夕方からはちょっと大人の世界を教えてくれる良き兄貴となって悩み相談の窓口となってくれました。岡晴男の時代は終り、石原裕次郎の洒落た旋律が主題歌の『狂った果実』 http://www.youtube.com/watch?v=pSlsdYSDLLg が映画になった頃ですから、夏の街は無論、全国いっせいにアロハシャツを着た「太陽族もどき」が右往左往し、その影響を受け、日焼けした先輩達が自慢するそのアロハシャツのかっこよさに、おませな男子生徒は早く大人の仲間入りがしたかったのであります。当時、ウクレレを弾けることが夏の男のモテモテ必須条件でもあり、甘く切ないラグビー部の先輩の歌声に、たかだか10歳のおませな男子生徒達は、たまらなくなるのでした。

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