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2009年7月 2日 (木)

すぐ休憩の癖が・・・。

Lrtr 以下は45年も前の話ですから、そこかしこに記憶の落とし穴があって、つじつまの合わないこともありますが、読み流してください。

1964年当時http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1964.html、スポーツタイプの自転車など、全く見かけない時代でしたが、稀に井の頭通りをパールのように輝く綺麗なスポーツ自転車が疾走していて、羨ましい気持ちで眺めていました。何の因果か、久我山の家と吉祥寺の高校を行き来するほぼ中間点に東京サイクリングセンターがあり、その美しい自転車の出所も此処であったことを知りました。雨の日以外は、ほぼ毎日自転車通学でしたから、帰りには必ずといってよいほどこの店に立ち寄りしては傍耳を立てて、出入りする自転車好きな人の一挙手一動を見逃さないようにしていました。井の頭通りに沿って在ったこの店は、当時芝生が一面にありピロティ方式の建物は一階がセットバックしていて、周辺の商店がまだまだ日本瓦ばかりなのに、ずいぶんと進んだモダンな木造建築でした。店内には、見たこともないフランス・イギリス・イタリアの自転車をはじめ、この店のオリジナルブランドであるゼファーや世界中の最高級部品がガラスケースに博物館のように展示されていて、その中でも、彫刻のような姿をしたカンパニョロの部品には単なる部品でなくアートのような感性さえ感じ、ぞっこんでありました。日本の部品はまだまだ情けない状況で、サドルは使い物にならず、変速機にいたっては美しさの微塵も無く、ギアチェンジの度に、ガリガリとぶつかる音が神経を逆撫でし、イライラ感がつのるばかりでありうました。

そしてこの店に入り浸っているうち、創業者・板倉修氏にスポーツ自転車を振興している諸先輩に引き合わせていただき、週末にはお邪魔虫のようにその先輩の後を追って走りながら、走法・姿勢・ペダリングのコツを盗みつつ自転車のもつ魅力にとりつかれていきました。

高校生でしたから、むやみに飲食関係の店に一緒に行く事も出来なかったのですが、先輩たちが楽しそうに、自転車で色々な店に出入りする様子を観つつ、羨ましさだけが先行していきました。皆さん、どうも休憩好きのようで、洒落た店があれば一服、また一寸走って一服と、走りたいだけの私などは皆さん休憩中でも独り周りをきょろきょろしながら徘徊していたのです。

どうやら、この時代の経験が今も無意識にでて、知らない街でも平気でうろうろしながら、町・街・人・店の考現学に熱中してしまいます。

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