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2009年8月 4日 (火)

Field Ballでありたい!

Chkuio  あれほど子供の頃は野球少年だったものの、いつの日からか、興味対象の選択肢がスポーツ以外の文化・芸術にまで広がっていきました。

小学校高学年から中学一年頃までは父と神宮球場や後楽園球場と巨人戦を主に観戦していました。まだ管理野球の萌芽する以前で、各チームに独特のキャラクターを持った人気選手が多く存在していましたから、個性的なフォームのピッチングやバッティングの姿を観ているだけでも、勝敗を度外視しても楽しかったのです。

それと何よりも、広い芝生と澄み切った空というスポーツの舞台の王道である自然環境の中で、繰り広げられる試合だからこそ、風や光に影響されて思わぬ試合展開に変化していくのですから、今のような比較的自然影響を受けにくい全天候型スタジアムでは味わえない爽快感があったのです。

野球はまさにField Ballであって塁球(Base Ball)ではありませんから、今でも米軍基地の近くを通ると鮮やかなグリーンの芝生に囲まれたグラウンドを観るとゾクゾクしてしまいます。

今でもたまにではありますが、神宮球場に六大学野球大会を観に行きますが、やはり青空の下で観戦するほどご機嫌なことはないと、いつも痛感するのです。

Rimg1284 古いアメリカの野球の本を捲りますと、トレーナーやT・Shirtsなど、素晴らしいキャラクターが満載されていて、これらもFieldだからこそピッタリのものであるし、そうでなければ、特に東京ドームでの巨人戦のように改札入口でオレンジ色のスポーツテースト皆無なすっぴんタオルを配られるなどという、野暮なことは起きないでしょう・・・。野球場は健康ランドではないのですから・・・。

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