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2009年9月20日 (日)

広重・大伝馬町呉服屋

110 今では東京・大丸といえば東京駅内というニュアンスがあるのですが、寛保3年(1743年)から明治43年(1910年)まで大伝馬町で商いをしていたものの、一度東京から撤退して、戦後に今の場所で商売を始めたそうです。

安政5年の刷りによるこの作品には不思議な集団がこちらに向かっています。紋付袴姿が着慣れてなくて様になっておらず、さて彼らは何の集団かと思いきや、大工職人の集団が棟梁を自宅まで送っている様子だそうであります。『棟梁送り』という新築の家の上棟式を終えたあとの儀式だそうで、木遣を唄いながらの行列は江戸の風俗としての定番でもあったようです。私はこの世界には疎いのでありますが、この儀式は姿・かたちを変えたとして一体いつごろまで継承されたのでしょうか。

先頭のしっかりした風貌の男が棟梁だそうで、何故か大工に担がせず自ら背負っている幣串には何か特別の意味があるようで、たいへん興味深い装飾意匠です。

なにしろ江戸の街は一年中様々な催しで彩られていたようで、飾り物や旗指物など多様な装飾物がそこらじゅうでたなびいていた模様ですから、時代が変わりすっかり外国のイベントに凌駕された今も、浅草橋界隈を中心にイベントや行事ごとに関わる細かい装飾屋が軒を連ねているわけですね・・・。

江戸は、木造の都市であった。火事で焼ければ再建された。それを何度となくくり返した。ために大工は、この都市において幅をきかせた職人の雄であったが、雰囲気の一端は、「棟梁送り」と言われるこのにぎにぎしい行列に看て取ることができる。このお練りは、新築の家で行なわれる上棟式に続く儀式である。左手の建物は、大伝馬町の繁華街にある下村大丸屋呉服店である。江戸で商いをする者と江戸を建てる者とを一緒の画面におさめることで、両者の羽振りのよさを、それとなく巧みに描き出している。
 この棟梁送りの儀式は、棟上げされた屋上に設けられた祭壇で、神主が祝詞を上げることに始まって数時間行なわれる。その儀式で使われた道具がずらりと並んで、行列を作っている。先頭は大幣で、頭に紙の幣束を頂き、目出たい旭日の扇子を3本つなぎ合せてその中央に鏡を掛け、女性の髪結いの小道具(櫛と赤い手絡(てがら)と髢(かもじ))をあしらい、五色の布を吹き流しにしたものである。この女性の小道具は、若い女性を人柱とした古代の慣行を象徴化したものという。次には、破魔矢が2本続く。これらは、屋根の棟に立てられた破魔弓に掛けられていたものである。前を行くものは、鏑矢をかたどり、根元がふくらんでいて、空を飛ぶ際にブーンと音を出す。後方に続くものは、二股に開いた形状の雁股を象ったものである。前者は陽あるいは「天」の矢として知られ、東北の表鬼門をにらみ、後者は、陰あるいは「地」の矢として南西の裏鬼門をにらむ。これらの矢には、長寿の目出たい鶴と亀の彫り物が施されている。
 上棟式が終わると、建て主から引出物が贈られ、酒が大盤振舞いされる。大工の棟梁を家まで送るこの行列の騒々しさも頷かれよう。行列のなかで口を開けている者は、大きな声で木遣り節を歌っているのである。裃という礼装(刀を1本差している)にもかかわらず、どことなくちぐはぐである。行列の先頭を行くのは、大工の棟梁で、武士の礼装である鳥帽子に、違い杵らしい紋のついた素襖をつけている。その後に続くのは、やはり武士の礼装である裃姿の鳶の頭、左官、屋根師、畳屋、建具屋たちである。
 絵師の気配りは、この棟梁の行列だけでなく、大丸屋の店先にも惜しみなく注がれ、互いの繁栄を描いている。大丸屋も、大方の江戸の大店同様、下村彦右衛門(家名が暖簾に見える)が享保二(1717)年に京都に創立した店の支店で、江戸へは寛保三(1743)年に進出したといわれている。
 左上の大丸屋の店の看板には、興味深い標語が書かれている。「現金掛値なし」とある。この商習慣は、天和三(1683)年にまず三井越後屋の三井高利によって始められ、これに大丸が挑戦した形となった。
 広重の時代には繁盛していた大丸屋も、明治になると、乗り物の往来が北側へ移動し、この通りが目抜き通りでなくなったために、地の利を失った。明治四十三(1910)年には、東京支店を閉鎖し、関西へ撤退してそこを中心に商いを続けた。戦後の1950年代になると、大手百貨店へと成長を遂げた大丸は、ふたたび東京へ進出してきた。今回は東京駅の東側入口の一等地を確保した。今日もそこで繁盛している。

(ヘンリー・スミス『名所江戸百景』)

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