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2009年9月18日 (金)

夫々が自由自在。

01 PHOTO by Casa BRUTUS

いわゆる、お造りの夫々に異なった極上の味付けを施し、絶対バランスとして盛付け、その違いを視覚的にも予知させてしまうような卓上の展開を楽しめるのが、豆皿の世界でしょうか・・・。フレンチ・イタリアンのシェフが挙ってコピーしようとしている『祇園 さ々木』http://food4009.exblog.jp/4281282/の和食の美学・・・、「食材のもつありのままの造形を作為なさそうに表現する」のにもってこいなのが、手のひらにも収まる豆皿の世界なのかも知れません。

洋食器のような単純構成・同一柄と異なり、和食器の世界は、日本の優れた料理ソフトを前提として、使われる素材・色彩・サイズは自由奔放であり、おまけに四季の移ろいまでもが絡み合い、そのアンサンブルとハーモニーのクラシック感からアバンギャルド感の幅たるや、唯一無二なのであります。元々、自由に発想していた日本の器が、時の為政者の目に叶い、その後は様式として固定化され、様々な勢力・団体の絡み合いも被さって、その反面教師としてバサラ好みから枯淡好みまで、昨今は、そのバラエティたるや増幅する一方であります。

昨今は、目敏い海外ファッションブランドの若手デザイナーなども、古典ながら自由奔放が隠れ忍ぶ京都伝統工芸への日参が顕著であると聞きますが、京都の剛毅さと奥深さは、そんな俄仕立ての人間を受け入れるほど、単純ではありません。

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