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2009年9月22日 (火)

PPM マリーさんの死。

Ppm61 Trio1 B41 この一週間ほど新聞を隅から隅まで見ることなく、流し読みの日々でしたが、昨日はスクラップブックの貼りこみも兼ねて、じっくりと目を通しました。そして、あらぬことか、私世代の憧れでもあった、PPMのマリー・トラヴァースさんが白血病で72歳の生涯を閉じた記事が16日の新聞に掲載されていた事に気付いたのです。

1964年頃から私の通っていた高校でも、軽音楽の新しい流れが授業間の休憩時間に話題となっていました。方やビートルズ、方やベンチャーズといった元気な主流派とは別に、ややおりこうさん的フォークソングも徐々に大勢を占めるようになり、私もその流れに便乗して高校最後の文化祭ではバンドを作り、他の女子校生も駆けつけた超満員の教室で、男子生徒のむせかえるような臭いと窓を閉め切ったため酸欠になりそうな中、汗だくで歌いまくりました。当時、PPM,The Kingston Trio,The Brothers Fourがフォークソング界の御三家で夫々が独自の音楽観と表現の違いがあり、音楽以外のファッションにもその違いが色濃く表れていて、にわか仕立ての私達は一番無難そうなブラザースフォーを選びましたが、目の前で食い入るように見つめる男子達に気をとられながらも、何とかやりぬきました。1965 私は、キングストントリオの野趣に富んだ音色と、カリビアンの隠し味が気に入って、その後のブルーグラス・フリークにはまる糸口ともなりましたし、その兄弟分のようなブラザースフォーも爽やかなカレッジフォークの魅力を高校生にも浸透させてくれました。一方のPPMは、ややノーブルでビートニックなセンスが音楽に行き渡り、感覚的には、やや距離を置いてましたが、日本公演を観て、マリーさんの迫力ある歌いっぷりに、日本の学生フォークの歌手との表現力の差に愕然としたのを覚えています。

不思議なことに、この三つのバンドの影響を受けた団塊世代のコピーバンドはいまだに東京を中心として全国に多く点在していて、毎月ライブハウスなどでも自らの顧客集客の高さも含め、その営業の上手さといったら、なかなかのものであります。

PPMの名曲、Leaving on a jet planeです。http://www.youtube.com/watch?v=Fa3h3pnhg8s&feature=PlayList&p=E8A345D62806B604&playnext=1&playnext_from=PL&index=5

1960年代のPPMです。http://www.youtube.com/watch?v=GXOmSlcG3I0

キングストントリオです。高校時代によく歌った曲です。http://www.youtube.com/watch?v=Lz0DySippak&feature=related

ブラザースフォーです。この曲のようなマイナーコードが主流であったため、私は威勢のよいブルーグラスに転向していきました。http://www.youtube.com/watch?v=cYD3pkbgnKA&feature=fvst

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